2016年9月1日木曜日

水の中にドボンと飛び込む感覚

両手の平を合わせて指先からそろりと水の中に入り込む。肘、肩、額。徐々に水に同化させていく。ゆっくり目を開ける。そこは白と青と緑色を薄く薄く水でのばした色の世界。足をゆっくり片方ずつ上下に動かす。魚の群れの中をゆっくりと進んでいく。
朝起きて、コーヒー飲んだり洗濯物を干したり、それから外に出て近所の人たちに挨拶なんかして、じりじりと陽に焼かれながら歩いて、買い物したり、仕事に出かけたり、友達とお茶したり、Cyrilとワイン飲んだり。
でも、ただ一歩日常から水の中に入ってしまえば、こんな世界が広がっている。体はその中でただただ浮いて動いている。なんて気持ちがよいのだろう。


思えば去年はフランスに来たばっかりで、Cyrilとその家族以外本当に誰も知り合いがいなかった。それから約10ヶ月くらいずっと知り合いがいない状態が続いて、しかもフランス生活の洗礼を受け過ぎてもうへとへとだった。今なら笑えることばっかりだけども。

自分でローケーキの仕事を始めるようになって、それを介してぐんとわたしの生活は広がった。「この間あなたのローケーキ食べたよ!」で、見ず知らずの人と会話が始まる。そのうちのひとりとはすごく仲良くなって、彼女が昨日の朝早くお祝いのメッセージをくれた。わたしの誕生日だったのである。

新作イチジクのキャラメルシナモンローケーキ

誕生日の朝、ローケーキの配達があったので家を出た。その店を経営している友達はFacebookの通知機能でわたしの誕生日を知ってくれていて、お祝いしてくれる。結局ランチに行こうよとなる。ランチに行った先はわたしがニースでお気に入りのローフードのカフェ。そこはこれが全部生??と信じられないくらいの美味しさのレベルでお店はお昼時はたいてい満員。とくにベジタリアンじゃなくても満足する味なのだ。そのカフェのオーナーカップルともローケーキ繋がりで仲良くなってお互いのローケーキを食べ合いっこしたりなんかした。そこに到着すると、まもなくばったり別の友達たちが入ってくる。結局みんなに誕生日のお祝いの言葉をかけてもらう。帰り道、友人カップルのカフェの前を通ると、これまたFBで知っていたらしくおめでとうと声がかかる。結局ノワゼットをご馳走になる。

帰り、近所のオーガニック食糧店に立ち寄ると、そこで働いているくだんの朝一でメールをくれた友達が誕生日の歌を歌って出迎えてくれた。

こうやって少しずつ少しずつ知り合いや友達というのは広がっていくんだな、ってなんだかすごく感慨深かった一日。誰も知っている人がいなかった去年のわたしに”大丈夫、大丈夫、そのうち知り合いも友達もできるよ”って声をかけてあげたい。年をとっていてもやっぱりおめでとうと声をかけてもらうのは嬉しいものである。

日本の親友から届いたピアス

フランスの生活は、日本で暮らすのとはかってもリズムも違うけれど、一番違うのは、毎日無意識に頭と心をフル回転させていることだ。頭はもちろん語学で。やはり自分の母国語ではない言語で毎日毎日暮らしていくというのはもちろん五年、十年経つと慣れるのかもしれないけれど、来てそうそう慣れるはずがない。今のわたしの頭は常に語学の神経を張り巡らしていて、時々どっと疲れることがある。心も、例えばその語学によって。いろんな人と出会って、当たり前だけどレベルは違うとはいえ、みんながみんなフランス語を話す。それであー、わたしはなんでこんなに話せないんだろう!なんて落ち込むのだ。子供みたいな会話しかできない自分のレベルにフラストレーションがたまる。波の強い海を小さなボートにしがみついてひとり浮かんでいるように、毎日何回も心が浮いては沈んで浮いては沈んでと、日本で経験する以上の浮き沈み具合で、船酔いが酷い(笑)

比べ出したらきりがない。人と。だいたいは自分の弱い部分とか目を背けたい嫌な部分とかそういうところにパッと焦点を当てて、で、それに対する他人の輝かしい部分だけをつまみ出してそれとこれを比べて劣等感の湯船にどっぷり浸かる。そんなことはほんとにほんとにエネルギーの無駄遣いだとわかっていても、それでも気づいたら人と比べて落ち込んだりしている自分がいる。浮いて沈んで沈んでぐっちょりとなる。
だからもうボートになんかしがみつくのはやめて、いつからか、海に飛び込んで泳ぐことにしようと決めた。もうじゃぶじゃぶ周りなんか気にしないで水しぶきおおいにあげて、犬かきでもなんでもいいから泳いでしまえばいいやと思うようになった。実際に、一人で海に出かけ、水の中に体を入れると、なんだか何もかもに受け入れられて自由な気分になる。魚だってわたしがいることをまったく気にしていないようにうようよとそのへんを泳いでいる。泳ぐのに少し疲れたらプカプカとただただ浮くだけ。

35歳の扉

昨日の夜、”この一年君にとってなんて変化ばかりの年だったんだろう。全部ゼロからのスタートになるのに、よくフランスで暮らすことを決断してくれたね、ありがとう”と書かれた誕生日のカードをCyrilがくれた。わたしの精神的な船酔いの酷さ具合を知っていて、諦めずに支えくれている彼こそにありがとうなのに。

月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。

今何かをぎゅって悩んで動けないと思っている人や、何もかも人と比べてしまって自分の体の感覚があやふやになってしまっている人へ。

愛しい日々の連続を♡

シリーズ:”色の旋律”
Blue:冬の裾の色
Violet:紫のニュアンス
Entre Rose et Rouge:前髪から宇宙まで
Rainbow:魔女の色彩
Rouge:赤の分量
Rouge:赤のデザート