2018年5月18日金曜日

カンヌ映画祭、滑稽さと礼儀、ある視点

「Ayami、明日の夜何してる!」
仲の良い女友達ジュリアが興奮して電話をかけてきた。明日は日曜日、たいてい日曜日の夜というのは静かに家にいるものだ。特になんにも予定はないと答えると、イェーイと電話先で奇声をあげている。たった今日本人監督の新作「万引き家族」のカンヌ映画祭ガラ上映の招待状をもらったので一緒に行こうというのである。カンヌ映画祭では他の映画祭と違って、一般向けにチケットを発売しておらず、招待状かプレスパスなどがない限り観ることはできないらしい。

カンヌ映画祭については、年に一度開催される有名な国際的映画祭であること、スター(この言い回し...)がレッドカーペットを練り歩くことはもちろん知っている。最高勲章パルムドールを受賞した映画は友達と話題にして、興味が湧けば見に行く。けれどもわたしは実のところ今の今までそれ以上とくに大きな思い入れがなかった。隣町だというのに観光でさえ訪れたことがない。それでも、好きな監督の最新映画をしかも監督や出演している人たちと同じ空間で鑑賞できるということはわたしにとって大きな大きな興奮だ。もしも樹木希林が来たら最高!!


「もちろんドレスコードあり。Tenue correcte exigée (正装必須)。男性はSmoking(喫煙服:タキシード)、noeud pap(蝶ネクタイ)必須。エレガントな格好していかなければならないよ。Ayami、何着ていけばいいの!!」ジュリアが電話先で悲痛な声をあげている。
ジュリアの叫びのとおり、何を着て行こうか迷う。大阪にいた頃はその頃の仕事柄もあり、着飾って出かける機会がふんだんにあったのだけれど、それもとうの昔のこと。今は完全にジーンズとスニーカー生活である。ニースでは今まで一回も履く機会がなかった裏ソールが赤いパンプスをぜひ履いていけと、シリルが押してくるw 日本に居たころはこういう助言の役目はうちの祖母だったけれど、今はシリルが担っている 笑
ひとえに正装といってどのレベルのドレスコードなのか。カンヌ映画祭のドレスコードは厳格らしい。夜のガラ上映には取材のための報道陣も正装が必須。男性が蝶ネクタイってことは本気のイブニングドレスを着て行ったほうがいいのか。いやいや、スターでもあるまいしただ映画を鑑賞するだけなのに浮くのやいやだし...

ひとしきり考えた結果、ロングドレスはスターにまかせるとして、デコルテが開いたデザインの白シャツ、アルベールデザインの黒のミニスカート、ラメ入りのタイツ、それにタキシードジャケットを羽織っていくことにした。そしてシリルゴリ押しの黒パンプス。久しぶりのモノトーンコーディネート。くしゃくしゃだよ、とアイロンが下手なわたしの代わりにシリルが白シャツにアイロンをかけてくれる。ミニスカートでも大丈夫か一瞬不安がよぎったが、スターでもミニドレスを着ている人もいるし、というここでスターを引き合いにだす勝手ないい訳でいざ向かう。



現地に付き、招待状を手に列を並ぶ。同じように列に並んでいる周囲の人を観察してみると、男性陣はタキシードを着ている人と普通のスーツの人が半々ぐらい、蝶ネクタイが多い。見るからに若い学生の男の子グループもいて、その子たちは普通の棒ネクタイだ。女性はというと、思っていたよりも案外カジュアルなことに驚く。もちろんイブニングドレスを着ている人たちもいる。けれど、上品なワンピース、星付きレストランで食事というような装いの人たちも多い。実は自分のことは棚に上げて、なんとなく全体的に上品さがかける感じに少しがっかりした。イブニングドレスを着ているにもかかわらず、そのドレスは見るからに化繊、派手な原色ばかりが目立ち、なんだか下品でチープな印象。ワンピースの上に普段着の紺色のトレンチコートを羽織っている人もいる。と思えば、わたしたちと同じ席に座る招待客の女性は、結婚式の花嫁が着るような、もしくは舞踏会にでも出席するかのようなふわふわの裾の長いドレスを来ている。「主役でもないのにやり過ぎだね」的な周りのささやき声が流れていた。とても素敵なドレスだけれど、少し気合いが入り過ぎているかもしれない。
そして何よりもわたしを落ち込ませたのは、下着の線が原色の化繊のドレスに浮いている女性が多いことだった。ドレスアップすることとは自分が目立つより何よりも、まずは「下品ではないこと」というのが必須ではないのか。
先ほどの若い男の子たちのひとりはスエードの茶色のカジュアルシューズを履いていて、セキュリティの人に、「その靴は正装ではありません。本当なら許可できませんよ。今夜だけ特別に通します。」と注意を受けていた。男性の正装は女性と違って基準がわかりやすいだけに厳しいようだ。

ジュリアとあれやこれやと話ながら列で待ち、いよいよ入場という段階になって、入場のためにレッドカーペットを歩かなければいけないことを知る。なぜわたしたちがレッドカーペットを!!ジュリアも知らなかった。わたしたちの座る席はそこを歩いて入場するシートだったのだ。シリルがせっかくアイロンをあて直してくれた白シャツにはまたシワができているし、ジュリアと喋りすぎて口紅だって落ちてるかもしれない。まさかあの上を歩かないといけないなんて!




もうここまで来て、知りませんでした、別の入り口から通してくださいというわけにもいかない。はい行って、みたいな感じでレッドカーペットの脇に通される。
シャツがしわくちゃでも口紅が剥がれ落ちていても、とりあえずわたしなんて誰も見てない!と考えを改め、とりあえず背筋だけは伸ばして少なくともパンプスだけは綺麗に見えるようにだけを念頭において歩いた。ジュリアの腰に手を回し、アジア人とヨーロッパ人のレズビアンカップル風に。

ふと少し前を見ると、わたしたちの前を歩いている招待客の男女グループが「我こそはセレブリテなり」というように(ただのわたしの勝手なアフレコ)、階段の最上階で360度に歩き周り手を振っている。別の招待客の若い女性はイブニングドレスの裾を片手でまくりあげ、これもまた360度にポーズを決めている。そしてカメラのフラッシュ。わたしはそれらを見て、薄っすらと何か得体の知れない感覚を覚えた。レッドカーペットのど真ん中、途方に暮れるような感覚。
...この世界は一体なんだ。

ある視点

映画祭の仕組みは、ガラ上映会に招待されている観客がカーペット上をまず歩き、先に上映会場に入場する。そして最後に監督や出演者がカーペット上を歩き、先に会場内で着席している招待客が彼らが入ってくるのを迎えるというものである。このレッドカーペットは上映映画毎に新しいものに引き直される。すなわち1日3回お色直しされているのだ。

上映会場内のスクリーンには監督や出演者たちがレッドカーペットを歩いて入場してくる様子が映し出されている。かつての24時間テレビの芸能人のマラソンのように(今もまだある?)、そのままカメラとともに会場内に入ってくるのだ。

拍手とともに監督たちが迎えられ、22:30過ぎ、静かに映画が始まった。

「万引き家族」はとてもよい映画だった。終わると一斉に拍手が響き渡った。自然に立ち上がってしまう。会場を見渡すと全員が立ち上がり拍手をしている。スタンディングオベーション。監督や出演者たちは日本のおじぎを繰り返している。会話もなくただただ拍手だけが鳴り響き、それは情熱と感動の拍手というよりも、映画を通してわたしたちが共有した何か家族のような何か暖かいものを作者へ送り、そしてそれを一緒に共有するための拍手のように感じた。とても暖かな空間だった。

下をのぞくと監督たちがいる。

翌日、その夜の一部始終とそしてわたしが感じたことをシリルに話した。「招待客が主役でもないのにレッドカーペットを歩く意味がわからない。何者でもない人たちがレッドカーペットで得意げにしている様子と、周りにずらりと囲む報道陣、そしてわたし自身、違和感とある種の滑稽さを感じた。」というわたしに、シリルは苦笑しながら
「まあ日常で何度もする経験ではないわけだし、そのタピ・ルージュ(赤いカーペット)の上は演劇の舞台みたいなもんなんだから、その人たちみたいにそこで演じるのをめいいっぱい楽しむのもひとつだよね。まあそこを歩くからって実際に何者かになったように勘違いしていしまうのは滑稽だと思うけど。」

そして続けた。「僕は招待客がレッドカーペットを歩く意味はあると思うよ。フランスでは伝統的に礼儀を大事にするところがある。監督や出演者よりも会場に先に入るということは監督たちに花を持たせるということ以外に意味があって、大事なお客様を一番始めに扱うという表現になるんだ。レディファーストみたいにね。だってその招待客がコンペションの中でその映画を初めて見ることになるんだから。その招待客の反応も判定のひとつになるんだよ。途中退席した客がどのくらいいたか、拍手はどんな態度で送られていたか、スタンディングオベーションがあったらそれは何分間、どんな風に送られていたか、すべてが判定要素なんだ。その人たちに敬意を表す意味で招待客もレッドカーペットを歩くんだよ。もちろん盛り上げるショービジネス的な演出要素も多いにあるけどね w まあ出番のなかったあのパンプスをおろす機会になっただけでも君にとってはcoolなことじゃない?」

カップル風に。レッドカーペット上はセルフィ禁止w

そうか、わたしがあの赤いカーペットを招待客として歩くということには多少なりとも意味があったのかもしれないのか。そんなことなら、礼儀をもっと重んじるべきだったのかもしれない...。大きな舞台装置の一部。世界の政治的な意図も見え隠れする作品のラインナップ、役割を担う映画の祭典。大衆とセレブリテ。レッドカーペット上で感じた独特の空気に対する違和感はやはりぬぐいきれないけれど...

とまあ、いろいろ感じたり考えたりすることが多かったカンヌ映画祭初体験。ありがたく招待客として席をいただいたひとりの鑑賞者として、心から映画を楽しむことができたことと、あんな風に監督や出演者本人たちと一体の空間が味わえたことは何よりの経験だった。しかも樹木希林♡!!

翌日、前夜の万引き家族のスタンディングオベーションは約9分間であったことがインターネット上の記事に幾つか載っていた。"Un Certain Regard"(ある視点部門)に選出されているベルギーの「Girl」という作品は、涙を浮かべながらの観客によるスタンディングオベーションが約15分間続いたらしい。

発表が待ち遠しい。ジーンズとコンバースの日常に戻りながら。

愛しい日々の連続を♡