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2018年5月18日金曜日

カンヌ映画祭、滑稽さと礼儀、ある視点

「Ayami、明日の夜何してる!」
仲の良い女友達ジュリアが興奮して電話をかけてきた。明日は日曜日、たいてい日曜日の夜というのは静かに家にいるものだ。特になんにも予定はないと答えると、イェーイと電話先で奇声をあげている。たった今日本人監督の新作「万引き家族」のカンヌ映画祭ガラ上映の招待状をもらったので一緒に行こうというのである。カンヌ映画祭では他の映画祭と違って、一般向けにチケットを発売しておらず、招待状かプレスパスなどがない限り観ることはできないらしい。

カンヌ映画祭については、年に一度開催される有名な国際的映画祭であること、スター(この言い回し...)がレッドカーペットを練り歩くことはもちろん知っている。最高勲章パルムドールを受賞した映画は友達と話題にして、興味が湧けば見に行く。けれどもわたしは実のところ今の今までそれ以上とくに大きな思い入れがなかった。隣町だというのに観光でさえ訪れたことがない。それでも、好きな監督の最新映画をしかも監督や出演している人たちと同じ空間で鑑賞できるということはわたしにとって大きな大きな興奮だ。もしも樹木希林が来たら最高!!


「もちろんドレスコードあり。Tenue correcte exigée (正装必須)。男性はSmoking(喫煙服:タキシード)、noeud pap(蝶ネクタイ)必須。エレガントな格好していかなければならないよ。Ayami、何着ていけばいいの!!」ジュリアが電話先で悲痛な声をあげている。
ジュリアの叫びのとおり、何を着て行こうか迷う。大阪にいた頃はその頃の仕事柄もあり、着飾って出かける機会がふんだんにあったのだけれど、それもとうの昔のこと。今は完全にジーンズとスニーカー生活である。ニースでは今まで一回も履く機会がなかった裏ソールが赤いパンプスをぜひ履いていけと、シリルが押してくるw 日本に居たころはこういう助言の役目はうちの祖母だったけれど、今はシリルが担っている 笑
ひとえに正装といってどのレベルのドレスコードなのか。カンヌ映画祭のドレスコードは厳格らしい。夜のガラ上映には取材のための報道陣も正装が必須。男性が蝶ネクタイってことは本気のイブニングドレスを着て行ったほうがいいのか。いやいや、スターでもあるまいしただ映画を鑑賞するだけなのに浮くのやいやだし...

ひとしきり考えた結果、ロングドレスはスターにまかせるとして、デコルテが開いたデザインの白シャツ、アルベールデザインの黒のミニスカート、ラメ入りのタイツ、それにタキシードジャケットを羽織っていくことにした。そしてシリルゴリ押しの黒パンプス。久しぶりのモノトーンコーディネート。くしゃくしゃだよ、とアイロンが下手なわたしの代わりにシリルが白シャツにアイロンをかけてくれる。ミニスカートでも大丈夫か一瞬不安がよぎったが、スターでもミニドレスを着ている人もいるし、というここでスターを引き合いにだす勝手ないい訳でいざ向かう。



現地に付き、招待状を手に列を並ぶ。同じように列に並んでいる周囲の人を観察してみると、男性陣はタキシードを着ている人と普通のスーツの人が半々ぐらい、蝶ネクタイが多い。見るからに若い学生の男の子グループもいて、その子たちは普通の棒ネクタイだ。女性はというと、思っていたよりも案外カジュアルなことに驚く。もちろんイブニングドレスを着ている人たちもいる。けれど、上品なワンピース、星付きレストランで食事というような装いの人たちも多い。実は自分のことは棚に上げて、なんとなく全体的に上品さがかける感じに少しがっかりした。イブニングドレスを着ているにもかかわらず、そのドレスは見るからに化繊、派手な原色ばかりが目立ち、なんだか下品でチープな印象。ワンピースの上に普段着の紺色のトレンチコートを羽織っている人もいる。と思えば、わたしたちと同じ席に座る招待客の女性は、結婚式の花嫁が着るような、もしくは舞踏会にでも出席するかのようなふわふわの裾の長いドレスを来ている。「主役でもないのにやり過ぎだね」的な周りのささやき声が流れていた。とても素敵なドレスだけれど、少し気合いが入り過ぎているかもしれない。
そして何よりもわたしを落ち込ませたのは、下着の線が原色の化繊のドレスに浮いている女性が多いことだった。ドレスアップすることとは自分が目立つより何よりも、まずは「下品ではないこと」というのが必須ではないのか。
先ほどの若い男の子たちのひとりはスエードの茶色のカジュアルシューズを履いていて、セキュリティの人に、「その靴は正装ではありません。本当なら許可できませんよ。今夜だけ特別に通します。」と注意を受けていた。男性の正装は女性と違って基準がわかりやすいだけに厳しいようだ。

ジュリアとあれやこれやと話ながら列で待ち、いよいよ入場という段階になって、入場のためにレッドカーペットを歩かなければいけないことを知る。なぜわたしたちがレッドカーペットを!!ジュリアも知らなかった。わたしたちの座る席はそこを歩いて入場するシートだったのだ。シリルがせっかくアイロンをあて直してくれた白シャツにはまたシワができているし、ジュリアと喋りすぎて口紅だって落ちてるかもしれない。まさかあの上を歩かないといけないなんて!




もうここまで来て、知りませんでした、別の入り口から通してくださいというわけにもいかない。はい行って、みたいな感じでレッドカーペットの脇に通される。
シャツがしわくちゃでも口紅が剥がれ落ちていても、とりあえずわたしなんて誰も見てない!と考えを改め、とりあえず背筋だけは伸ばして少なくともパンプスだけは綺麗に見えるようにだけを念頭において歩いた。ジュリアの腰に手を回し、アジア人とヨーロッパ人のレズビアンカップル風に。

ふと少し前を見ると、わたしたちの前を歩いている招待客の男女グループが「我こそはセレブリテなり」というように(ただのわたしの勝手なアフレコ)、階段の最上階で360度に歩き周り手を振っている。別の招待客の若い女性はイブニングドレスの裾を片手でまくりあげ、これもまた360度にポーズを決めている。そしてカメラのフラッシュ。わたしはそれらを見て、薄っすらと何か得体の知れない感覚を覚えた。レッドカーペットのど真ん中、途方に暮れるような感覚。
...この世界は一体なんだ。

ある視点

映画祭の仕組みは、ガラ上映会に招待されている観客がカーペット上をまず歩き、先に上映会場に入場する。そして最後に監督や出演者がカーペット上を歩き、先に会場内で着席している招待客が彼らが入ってくるのを迎えるというものである。このレッドカーペットは上映映画毎に新しいものに引き直される。すなわち1日3回お色直しされているのだ。

上映会場内のスクリーンには監督や出演者たちがレッドカーペットを歩いて入場してくる様子が映し出されている。かつての24時間テレビの芸能人のマラソンのように(今もまだある?)、そのままカメラとともに会場内に入ってくるのだ。

拍手とともに監督たちが迎えられ、22:30過ぎ、静かに映画が始まった。

「万引き家族」はとてもよい映画だった。終わると一斉に拍手が響き渡った。自然に立ち上がってしまう。会場を見渡すと全員が立ち上がり拍手をしている。スタンディングオベーション。監督や出演者たちは日本のおじぎを繰り返している。会話もなくただただ拍手だけが鳴り響き、それは情熱と感動の拍手というよりも、映画を通してわたしたちが共有した何か家族のような何か暖かいものを作者へ送り、そしてそれを一緒に共有するための拍手のように感じた。とても暖かな空間だった。

下をのぞくと監督たちがいる。

翌日、その夜の一部始終とそしてわたしが感じたことをシリルに話した。「招待客が主役でもないのにレッドカーペットを歩く意味がわからない。何者でもない人たちがレッドカーペットで得意げにしている様子と、周りにずらりと囲む報道陣、そしてわたし自身、違和感とある種の滑稽さを感じた。」というわたしに、シリルは苦笑しながら
「まあ日常で何度もする経験ではないわけだし、そのタピ・ルージュ(赤いカーペット)の上は演劇の舞台みたいなもんなんだから、その人たちみたいにそこで演じるのをめいいっぱい楽しむのもひとつだよね。まあそこを歩くからって実際に何者かになったように勘違いしていしまうのは滑稽だと思うけど。」

そして続けた。「僕は招待客がレッドカーペットを歩く意味はあると思うよ。フランスでは伝統的に礼儀を大事にするところがある。監督や出演者よりも会場に先に入るということは監督たちに花を持たせるということ以外に意味があって、大事なお客様を一番始めに扱うという表現になるんだ。レディファーストみたいにね。だってその招待客がコンペションの中でその映画を初めて見ることになるんだから。その招待客の反応も判定のひとつになるんだよ。途中退席した客がどのくらいいたか、拍手はどんな態度で送られていたか、スタンディングオベーションがあったらそれは何分間、どんな風に送られていたか、すべてが判定要素なんだ。その人たちに敬意を表す意味で招待客もレッドカーペットを歩くんだよ。もちろん盛り上げるショービジネス的な演出要素も多いにあるけどね w まあ出番のなかったあのパンプスをおろす機会になっただけでも君にとってはcoolなことじゃない?」

カップル風に。レッドカーペット上はセルフィ禁止w

そうか、わたしがあの赤いカーペットを招待客として歩くということには多少なりとも意味があったのかもしれないのか。そんなことなら、礼儀をもっと重んじるべきだったのかもしれない...。大きな舞台装置の一部。世界の政治的な意図も見え隠れする作品のラインナップ、役割を担う映画の祭典。大衆とセレブリテ。レッドカーペット上で感じた独特の空気に対する違和感はやはりぬぐいきれないけれど...

とまあ、いろいろ感じたり考えたりすることが多かったカンヌ映画祭初体験。ありがたく招待客として席をいただいたひとりの鑑賞者として、心から映画を楽しむことができたことと、あんな風に監督や出演者本人たちと一体の空間が味わえたことは何よりの経験だった。しかも樹木希林♡!!

翌日、前夜の万引き家族のスタンディングオベーションは約9分間であったことがインターネット上の記事に幾つか載っていた。"Un Certain Regard"(ある視点部門)に選出されているベルギーの「Girl」という作品は、涙を浮かべながらの観客によるスタンディングオベーションが約15分間続いたらしい。

発表が待ち遠しい。ジーンズとコンバースの日常に戻りながら。

愛しい日々の連続を♡


2017年8月22日火曜日

月と浮遊感

あんたが山登り?!
山登りをしたとSNSに投稿した写真を見た、昔のわたしを知っている友人たちの揃いも揃っての同じリアクションのコメントに苦笑する。しかも結構な率でコメントの最後に泣きながら笑っている顔の絵文字がついている。笑われるのはいいけど、泣かれるのはいやだw


十年前のわたしは、自然なんてものに全く興味がなかった。7cm以上のヒールの無い履物は靴だと認めなかったし(本気で)、実際に、学生の頃履きつぶしたコンバース以外スニーカーを持っていなかった。中途半端に日焼けして黄色くなるなんてダサい、考えられないと、高校生の頃から徹底的にアンチ日焼けを約十五年くらい守り通していたし、そんなわたしを知っている旧友たちにとっては、今さら山登りなんて何があいつに起こったのだろうと、泣き笑いは自然なリアクションなのかもしれない。あの頃から考えると、わたしは180度といっていいほど変化している。


カフェを経営する友人とワインを飲んでいた時、カフェを売りに出そうと思っているんだとぽつりと言った。その店はわたしにとっては特に思い入れのあるカフェで、それを聞いた時全身に悲しさが込み上げてきた。同じようにその話を聞いた周りの人たちは「そうか...仕方ないね。」と落ち着いた反応をしている。「そんなのすごく悲しい!」とその友人の言葉をひとりだけ受け入れられないわたしは、周りの友人たちやそのカフェを売りに出す張本人にさえ、揃って「セラヴィ。仕方ないよ。」となだめられる。もういい年だというのに、ただひとり大人の中でぐずっている子供みたいだ。


初めての山登り、昔のわたしが見たら卒倒しそうな「運動靴」を履いて、岩しかない頂上に文字通り這いつくばって登った。足元の危うさと高さに足がすくむ思いだった。頂上の風を気持ちいいと感じるのもつかの間、無事に降りられるのかと早速心配になる。ちらりと隣を見ると、昨日まで連日の仕事でぐったりしていたくせにCyrilは水を得た魚、いや、解き放たれたばかりの猿のように嬉々として危うい足場を飛び跳ねながら登り降りしている。自然に囲まれて生まれ育った彼にとっては、ここは「恐さ」とは程遠い場所なのだ。夫婦なのにわたしたちはこうも違うのだと妙な気持ちになった。


あれだけ楽しみにしていた夏まっ盛りを迎えたというのに、途端にわたしは「お願い、お願いだから夏終わらないで」なんていう考えが止まらなくなる。日本にいた時はこんな風に思うことなんてなかったのに、あまりにも南仏の夏が好きになって、執着し始めている。今持っているものを失うのが恐くて先のことを心配して憂鬱になる。これじゃあ何のためにヨガをやっているのかw 全く学びが反映していない。Cyrilといえば、全く執着とは無縁の人で、いつだって足りていることを知っている彼の姿勢はいつもクールで、そんな彼を時々うらめしく思う。

ヴァニラみたいな無花果みたいな甘いいい香りがする花

「わたし海で泳ぐの大好きだし、ここの夏が大好きなんだけどさ、夏を満喫しているうちになんだか無償に秋が恋しくなるの。そうこうしているうちに秋が来て、すごくワクワクするのよ。」と、仲の良い生粋のニソワ(ニースで生まれ育った人のこと)の女友達が海辺でわたしに話した。ここで生まれ育った彼女たちは、新しいブティックやらレストランにももちろん目ざといのだけれど、それ以上に、昔からの行きつけのチーズ屋、食材店、洋品店なんかを大事にしていて、それを嬉しそうにひとつずつ丁寧にわたしに紹介してくれる。「口から耳へ」という言葉を揃って口にし、この小さいニースの街で、いいものは口コミで広がっていくのよと教えてくれる。


ふらっと立ち寄った夏のソルドで、気づいてみれば買い足したのは結局秋物ばかり。なんだかんだ洋服に関しては昔から秋服が大好きで、ゲンキンだけれども、こればっかりは秋の到来を楽しみにさせる。180度変わったと思う反面、1度さえも狂っていない部分も確かにある。

仲のいい友達の誕生日のホームパーティ、パーティも中盤に差し掛かると、主催の友人がジャズからエレクトロに音楽を切り替え最大に鳴響かせ始める。みんながサロンに集まりだす。重低音をガンガンに感じて踊りまくる。こういうのだったらわたしはそれこそ水を得た魚のようになれる。全く恐くない。超楽しい。またちらりと隣を見るとわたしほど魚度は強くないにしても、Cyrilも楽しそうに踊っている。セビアーン(楽しいねー)なんて言ってくる。なんだこいつは。これも楽しんでる。

この日友人宅の真新しい白い壁に赤ワインをバシャッとやってしまう

仲のいい友人たちがバカンスに出てしまって、街の中も地元の人より観光客の割合が多い8月後半。味気ない街を歩いている途中ふとなんだかさみしくなって、道の真ん中で時差も考えず日本の親友にスカイプをしてみる。もちろん応答するわけがない。パリの親友にも連絡する。彼女ももれなくバカンス中だ。それからいいタイミングで女友達からの誘があって飲みに出る。今まで知らなかった分かり合える部分があることを知ってお互い嬉しくなって、帰り道、ひとりなんだかほっとした気分になる。


誰もいなくなった夜の海で、背泳ぎをする。パンパンに膨れあがった満月手前の月があまりにも美しくて、泳ぐのも忘れてただただ見惚れる。なんだかんだ言って、わたしはこの海に浮かぶ感じが一番好きかもしれない、なんてふと思う。昔すり切れるくらいよく聞いたフィッシュマンズのナイトクルージングが、この海の浮遊感にシンクロして頭の中でふいに鳴り始める。ここの夏を堪能しつつも次に来る季節を喜んで受け入れていく秘訣を、いつかわたしも誰かに教えてあげられる日がくればいいな、なんて波に揺られながら考える。

愛しい日々の連続を♡




2017年7月20日木曜日

剥き出しの感覚、光の隙間、海

無性に海が恋しくなる。朝起きて顔を洗い終わった瞬間から、「海の中に入ること」、それだけしか考えていない時がある。そんな時のわたしはいつもの寝起きの自分とは見違えるほど無駄のない動きで、心を散らさず一心に海に行く準備を整える。体をテキパキ動かしているけれど、頭も心ももうすでに水の中に半分潜っている。
ワンピースを脱ぎ、ビーチサンダルも脱ぎ、脇目も振らずまっしぐらに海岸に下りる。ザブザブと水の中を進む。そしてスルリと体を水の中に滑り込ませる。ヒヤリとした水に全身を撫でられていく感覚。ゆっくり、ゆっくりと前へ進む。横切る魚の群れを目で追う。水に体を同化させていく。そう、この。この瞬間。感情のもやもやが一瞬にして海の中に溶け出す。海に着くまでの道、歩きながらあれだけ止まらなかった思考のスパイラルも一瞬にしてスーっと消えていく。


フランスで個人事業主の申請手続きをし始めてからすでに2ヶ月半が経とうとしている。フランスに住み始め、想像もしなかったひょんなことからヴィーガンのスウィーツを作る仕事を始めることになり、本格的に事業として登録することになった。
半年ほど情報集めやら資格取得に時間を費やし、やっとこさ事業主としての申請手続きを始めたのが2ヶ月半前である。いやはやここはフランス。もちろんすいすいと物事が進むはずがなく、今になっても手続きは完全に終わっていない状態。

わたしの作るスウィーツは、動物性食品は一切使わず、卵も乳製品も使わず、そのうえ熱を加える調理をしない。法律&決まりごと王国のフランスで、わたしが作るこのヴィーガンローケーキはまだまだ”何やら正体不明のもの”。
それでなくてもこの国で手続き系をしようとするとうんざりするほどの時間と事柄が待ち構えているのだけど、それに加えて「新しいこと」に関してはその倍以上の時間とエネルギーがかかるのだ。手続きの担当者から、わたしの作るお菓子はこの地方ではわたしが初めて事業として登録するのだと聞き、なんでまた外国でこんなことに手を出したのだろうかと自嘲気味になった。疲れることこの上ない。振り回され過ぎて一週間以上寝込んだほど。ここでは書けない汚いフランス語を何度口にしたかわからないw とはいえ、完全に終わったと言えないけれど、とりあえず手続きはなんとか無事収束に向かっている。


落ち込んだ時、とっさにパリに住むフランス人の親友に電話をする。彼女と話すとパリ特有の皮肉を交えた会話感が戻ってくるので、シニカルな会話のやり取りを楽しんでいるうちに気持ちが少し楽になる。それからニースに住む仲のいい女友達にも話を聞いてもらう。結局こんな時にはいつもわたしは女友達が必要になる。自分のフランス語が上達すればするほど、彼女たちとの会話も深みと味わいが増す。これはわたしのフランス語への最大のモチベーションで、それなら、もう少し勉強しよう、という気になる。


みんな結構いい歳なのにキッズみたいな仲間たち

仲のいい男友達たちが働くカフェのキッチンに出向き、愚痴を聞いてもらい、音楽の話をして、オーブンから出て来たばっかりのフランボワーズのタルトをひときれぱくりと口に入れてもらう。

どっさりと色とりどりの有機トマトを買い込んで、どしどし切って大きなボウルに放り込む。バジルやミントなんかのその時あるハーブを手でちぎって、同じ店で買った独特の風味のシシリア産のオリーブオイルをかける。ただ、それだけ。左手にボウルを抱え、右手で持ったフォークでどんどん口に入れてゆく。トマトの色と甘みがどんどん体に入ってゆく。
そうこうするうちに、少しずつ元気が戻ってくる。



先日、自分の住んでいるアパート界隈の担当の郵便配達員の人と道端で小さな言い合いをした。相手があまりにも理不尽なことを言うので、詰め寄って文句を言った。その人が立ち去ったあとは、「まったく有り得んな、あいつ...」とため息をついたあと、ふと、なんだか笑いがこみ上げた。詰め寄って顔近づけて人に文句を言うことなんて、今まで日本ではしたことなかったなと思う。場面を客観的に想像したら、漫画みたいだw こんなこと深く考えもしないで行動するなんて、なんだかんだいって、この国の環境に体が馴染んできたのかもしれない。

知り合いのアーティストの倉庫を改装したアトリエ、がとても素敵

そして街のショーウィンドウに映った自分の姿を見て思わず立ち止まる。いったいわたしはナニジンになっていくのだろうか。
「え?!まだあやみちゃんここ来て二年も経ってへんの?!馴染みすぎやろー(笑)!」
なんて、つい二、三日前に同じ関西出身のニースに住む友人に笑われたばかりだ。いらだたされることは日常茶飯事、言葉にしようのない不甲斐なさや憤りを感じることも多いとはいえ、それでもどこか自分にしっくりくる部分がこの国にはあり、日本に背を向けて思い切り深呼吸できる自分もいる。「他人の言葉をあてにしない、真に受け過ぎない」をモットーにしさえすれば、この国では案外近道や抜け道を見つけて目的地に辿りつけるということもだんだん分かってきた。けれども、わたしはやはり日本人であるし、この国では外国人だ。

まるで家族みたいに大切な人たち(ってか実家族1名)

何かを感じすぎたり、起きた出来事に説明や意味を求め過ぎたり、心もとないふわふわした気持ちになったり、なんで?なんで?なんで?と疑問符で頭がいっぱいになったり、時々自分がまた思春期に戻ってしまったような、頭と体と心がバラバラになってしまったようなそんな心もとなさを感じることがある。長年共にしてきた皮膚を剥いで、何もかも剥き出しで歩いているような、そしてまた新たに皮膚を再生させるような、感覚。
一旦頭と体と心をバラバラにして、組み立て直す。大人になってから外国に住むということはそういう作業なしには進めないのかもしれない。


まるで街の全体を光だけで包めることを誇示したいかのような南仏の太陽の光を体全体に浴びながら、広場に咲き誇るネムノキの鮮やかなピンクの花を見上げる。静かに目を瞑る。
そしてまた海へ向かう。

愛しい日々の連続を。




2017年4月30日日曜日

神経症的会話の味わい

こんな風に、完璧な構図と音楽とユーモアだけで世界を成り立たせられたら。
なんて、久しぶりにジャック・タチの映画を見ながらぼーっとそんなことを考えた。新月の雨の夜。

仲のよい女友達からの電話が鳴る。
「ねえ、もし時間があったら今からちょっとだけ会わない?」

彼女とわたしは、お互い時間を見つけては喋り続けている。もちろん女子特有のたわいもない話や読んだ本やら見た映画の話も盛り込むのだけれど、それ以外に語り合うほとんどの会話は、詳細な心理描写、それは時にはウッディ・アレンもきっと辟易するんじゃないかと思うくらいの執拗さと細かさで成り立っている。


遅めの朝のカフェを飲みながら、昼食をとりながら、公園を歩きながら、道路を横切りながら、本屋の棚の間を縫い歩きながら、市場で野菜をよりながら、ブティックのオープニングパーティに向かう途中、レイトショーの帰り、カフェのテラスで、芝生の真ん中で、美容室の待合室で、彼女のアパルトマンの生成り色のソファで、キッチンに立ちながら、バーのカウンターに腰かけながら。

生姜入りのそれは美味しいラビオリを頬張りながら、酸味が強過ぎるカフェにふたりして文句を言いながら、電話で莓を齧りながら、2杯目のボーヌの赤ワインを飲み干しながら、映画のあとのほろ苦いタブレットショコラを齧りながら。
 
わたしたちの話はつきない。

ニースにはめずらしい色合い

今まで夫としか話合えなかった、物事の細かいひだについてや、長年折りたたんだまま開いてみようとしていなかった様々な自分の感情や気持ちの移り変わり、人への接し方、自分のコンプレックスやそれに対する考え方、家族との関係、他人の持つ癖に対応するその仕方、単語の本当の意味、それぞれ自分のかかりつけのPsy(心理カウンセラー)の見解の仕方、それらひとつひとつを誰かと話合えるということは、とても興味深い。

いろいろな状況や様々な感情のひだをただただすべてひとまとめにして、「本当はみんな基本いい人だから」とか、「何はともあれ他人に感謝しましょう」とか、そういうことがもちろん助けになるような時期もあるのだろうけれど、ただそれだけですべての問題を乗り切ってしまおうとすることは、残念ながら根本的な解決策にはならない。日めくりカレンダーに書かれた格言だけでは掬いきれない粒の細かな事柄が日々たくさんある。


フランスへ来てからというもの、自分の口から発せられ、自分の耳に入ってくる不協和音入りの自分のフランス語のメロディーに、わたしは日々イライラさせられている。時々自分の発しているその音がどうしてもフランス語に聞こえず、耳を塞ぎたくなる。このこともわたしの部分的な神経質さに拍車をかけているのかもしれない。自分が発する音が自分をイライラさせるなんて、笑いたくなるほど堪え難い。それこそ、完璧な雑音で彩られるタチの世界に入り込みたくなる。そのフラストレーションを、ほとんどアクセントがないとても聞き取りやすい彼女のフランス語を耳にしながらだと、自分の耳をごまかして少しは中和させながら会話ができる。これは彼女といてとても楽な気分になる理由のひとつなのかもしれない。

猫を助けたくて仕事をほっぽり出し

理想と現実のズレ。外と内の対比。完璧に見える塀の向こう。混沌した内側。衝突を仰ぐ世界。完璧な構図への憧れを手放した瞬間に訪れる、滑稽さに宿る優しい光。
自分の生まれ育った場所ではない国に根を下ろし始めて初めて気づくことの数々。人との関係の中で存在するコード(規範)の違い。 育ってきた環境も言葉も何もかも異なる人たち。そして違いを認めてお互いの今を慈しむ感覚。

30半ばも過ぎて、また「友人とは」なんて考えている。
恋愛とはまた違う、それでいて同じように果てしなくかけがえのない領域に属する人々、その関係。

友人たちが巻き煙草のために使うのは祖国の古いお札


鳥に憧れているベッドシーツがバタバタとはためく風の強い、それでいてどこまでも青い空の朝、かもめの輪郭をあやふやにして混ぜ込んだ灰色の空の憂鬱な午後、金色の光がキラキラ揺れる海辺の夕方、通りに人が溢れる興奮した音だらけの夜。冬と春、春と夏の間でいったりきたり彷徨うこの時期、ぐるぐるとそのすべてを巻き込んで飛ばしてしまおうとする風が時折り吹く。

相変わらずわたしたちの話はつきない。

愛しい日々の連続を♡



2017年3月19日日曜日

久しぶりにがくんと落ち込んで、それからぺこりと起き上がったこと

フランスで生活をしていて、時々、いや、かなりの確率で、自分が子供みたいに感じることがある。ひとりで完璧に何かをすることができない、自分の言いたいことの半分ぐらいしか人に伝えることができない、細かなニュアンスをうまく伝えられない。そんな時、自分が今まで社会の中でいっちょまえに生きてきたという幻想を抱いているだけの、ただ年だけを重ねた身体とのサイズに違和感を感じている子供のような、自分が奇妙な生き物になったように感じて愕然とする。


久しぶりにがくんと落ち込んだ出来事があった。結局のところすべては自分の無防備さと甘さ、自分が的確にフランス語で相手に意思を伝えられなかったことなどが原因で起こったことだ。ぐるぐる頭からその出来事が離れず、久しぶりに眠れない夜を過ごした。その問題を乗り越えるためにはきちんとしたフランス語で相手に自分の考えていることをくっきりはっきり伝えることが必要で、自分の態度で、言葉できちんと自分の意思を表すこと、わかりやすく明確に要点を手短にフランス語で伝えることの重要さを学んだ。
そのことに対して自分はどう思っているのか、どう感じているのか、どんな考えを持っているのか、自分はどうしたいのか、それからどんな人たちと付き合っていきたいのか、そういうことが今回の出来事でとてもクリアになった。けっこう2、3日久しぶりに落ち込んだわけだけど、結果それはわたしにとっては必要な経験で、とても勉強になった。


それから、この一連の出来事を話せて、しかも親身になって聞いてくれて一緒に憤ってくれたりする友達が周りにいることのありがたさも再認識した。いつも感情表現豊かなわたしの周りのラテン人たちが、こういう時、大げさに慰めたりせずただただ優しい感情と論理的な視点と冷静な大人の見解を持ってわたしの話を聞いてくれるということに、小さな感動を覚えた。「その悔しさ覚えておくんだよ、それを糧にするんだよ!負けんなよ!」的な体育会系がけっこう苦手なわたしは、その大人な優しさにしみじみ癒される。


その起こった一連の出来事を相談した友達のひとりと、そしてCyrilは別々に、けれども同じことをわたしに言った。「賢さというのは心の温かさを持ってこそ賢さと言うんだよ。心のないずる賢さや相手に恥をかかせるような態度、攻撃的な態度、口先だけの会話、いろんなことを後ろに隠しながら繋ぐものなんて、ただの大きなエゴの塊から生まれたものでしかない。ビジネスだって友情関係だって、そういうエゴの持ち主とどう付き合うかはいつだって自分が決めていけることだよ。」


日本にいた時の何年間か、エゴがうずまく世界で仕事をしてさんざんへとへとになった。とてもよい経験だったし、そこから得たものは大きいけれど、何よりもそれぞれのエゴを全面に出しながら密接に関わりあう関係はもう懲り懲りだ。何より自分のエゴと向き合うことで精一杯なのでw、他人のそれに付き合うのはできればもう避けたい。



それにしても、今回、起きた問題をクリアするために、相手にきちんと自分の意見を伝えるために、改めてフランス語に向き合ったわけだけれど、やっぱり自分はこの言語が好きだなと感じた。話せば話すほど増す増す好きになっていく。日常生活の上でこれほど意味のない能力はないのではないかと何十年もの間常々思ってきた、小さい時に習得した絶対音感のせいで、いや、おかげでというべきか、日々、一句一句自分がフランス語を発する度、自分の発音とネイティヴの発音の違いが気になって気になって頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られるぐらいイライラさせられている。自分の発音の不協和音にイーッとなる。のだけれど、それでも自分はこの言語が好きだとすごく思うのは、フランス語が奏でる音の美しさのせいか。
最近仲の良い3歳の可愛いわたしの友達は、大人の話す言葉できちんと文章を組み立て、フランス語を話す。彼女の発音はもちろん、語彙力、文法力にはもうわたしはすでに負けている。人にきちんとした発音できちんとした文法で何かを伝えることは、大事なことだ。言語をきちんと自分のものにすることで、社会の中で少しずつ大人になっていく...いけたらいいなあw

愛しい日々の連続を♡



2017年2月6日月曜日

蘇る記憶、緑の世界

ある瞬間に突然、強烈に強い光のようなものに身体全体を奪われる、何か遠い昔のことと先の未来のことがぐわんと一瞬にして身体の中で入り混ざり、異様に頭がすっきりする、そんな感覚になることが、過去に一度あった。
そして先日、ある場所に一歩入った瞬間にまた、それが起こった。


古い瓶に貼られたラベル、書かれた植物の名前をそっと指先でなぞる。
スポイドからとろり、とろりと垂れる花のエキス。押しつぶしてしまわないように、乾いた葉たちをそろりと手のひらで掬う。ハーブを丁寧にすり潰す。目を瞑る。立ち昇る香りをゆっくり吸い込む。

身体を知る。自然に触れる。宇宙との繋がりを認識する。
蘇る記憶の欠片をスプーンで掬う。月の光を数滴とろりと垂らす。
小さな古い扉。首からさげたペンダント。鍵穴の埃を払い、そっとそれを差し込む。
月の光と緑のうたの世界。緑の指が誘う、書物との密会。


例の強くてそれでいて優しい光。それはその扉を開けた瞬間だった。

”月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。”

✳︎ずっと書けていなかったこと、「ホメオパシーのこと」はここからどうぞ✳︎

愛しい日々の連続を♡

色の旋律
Blue:冬の裾の色
Violet:紫のニュアンス
Entre Rose et Rouge:前髪から宇宙まで
Rainbow:魔女の色彩
Rouge : 赤の分量


2016年12月30日金曜日

愛しいもの、月の味

家族とのクリスマスも終えて、ぽっかりと時間が空いた年の末も末の末端。新月。やけに落ち着いた気分だ。で、やっとここに文章が書ける。

仲のいい女友達からSMSが届く。「あと5分で着くよ!」
それからまもなく、わたしのアパルトマンには赤い花のような笑顔の彼女とティラミスが届いた。ティラミスに目がないわたしとCyrilのために彼女が本場の味をと、手作りして届けてくれたのだ。
ほとんどイタリアのアクセントがない綺麗なフランス語を流暢に話す彼女は、ローマ出身である。彼女は赤がよく似合う。わたしたちはいろんなことを話す。最近読んで衝撃を受けた本について、美味しいピッツァについて、自分の心の癖について、小さな意地悪の原因について、なぜ男の人の多くは政治の話をし出すと止まらないのかについて、角のスナックで働いている髭のかっこいい男の子について、精神世界について、パリについて、今の世界について、興奮して眠れない夜について...etc
強いカフェを飲みながら、あるいは赤いワインを飲みながら。そしてあるいは極上のティラミスをほう張りながら。青い朝、白い午後、紫の夕暮れ、赤い夜。
この日食べたティラミスは、甘過ぎず、水分も多すぎず、食感も何もかも、今まで食べたどのレストランのものよりも最高に美味しいティラミスだった。



フランスに住み始めて1年と5ヶ月。ここ南仏にCyril以外誰ひとりも知り合いがいなかった始めの11ヶ月間から考えると、わたしの生活はがらりと変わった。知り合いも友達も、こうやって繰り返し何度も会って深い話ができる女友達も、笑い合ったり半ば本気で泣きそうになりながら慰めあったりできる女友達もできた。日本人の女の子たちの友達もできて、おかげでフランス語脳を少し休ませたり美味しい日本食にありつける機会も格段に増えた。小さいけれど自分で仕事をし始めだした。
相変わらず、日本にいる親友に無性に会いたくなって夜中に突然連絡したり、何か理由をつけてはパリの親友に会いにパリへ行くことは変わらないのだけれど、ここニースでの生活にも今までにはどこにもない愛おしさを感じるようになっている。無性に夏泳いでいた海の中が恋しくて恋しくて、水の中に潜って海中から太陽の光を見る感覚の白昼夢を見る。
そして、いつまでたってもわたしは女友達という生き物が好きでたまらないらしく、彼女たちに助けられている。もちろんCyrilにもw



これを書いている途中、パソコンでニュースを読んでいたCyrilがわたしに声をかける。「EUの法律で、3年後に綿棒の販売が禁止されることが決まったよ。綿棒が環境に悪いからだそうだよ。」
原発はOK。でも綿棒はNG。Quand mâme c'est exagéré, non?
ちぐはぐでバラバラで、ずれて、極端で、大げさだ。
フランスの小学校から歴史の授業が消えている。
世界はどうなっていくのだろう。



街の通り、湿気を含んだ生ぬるい風が狂ったように吹く夕暮れ。歩く人々はどこか興奮した様子を隠せず子供のように帰り時を急ぐ。
あるいは、太陽の凝視に耐え切れず、着込んだコートを思わず歩きながらぬいでしまう昼下がり。斜めに射す強い光の中、乾いた冬の木の香りが漂う。

潮風の匂い。月が海に映り出す。
濃いカフェの香りとワイングラスが重なる音。光の予感。愛しい街。

2017年も、愛しい日々の連続を♡
Bonne année!!


2016年11月9日水曜日

入り込む煙、気配

高校生の頃、仲のいい男友達に勧められて見た「スモーク」。画面構成、色合い、登場人物、彼らの仕草、ストーリー展開、その中の事柄ほとんどすべてが(登場人物の男のすごい柄のネクタイを除いて)わたしの好みで、それからずっと自分の中でとっておきの映画のひとつ。それをつい最近7、8年ぶりに見た。煙草ももう止めてだいぶ経つし、細かなストーリーなんてまったく覚えていなかったけれど、やっぱりとっても好きな映画で、それから、無性に嫉妬のような、この芸術作品に散らばる表現の欠片(カケラ)たちを全部ひとおもいに飲み干したい欲望にかられた。


必ずしも日常はいつもアーティスティックではない。それでもわたしは日々どこかいつも芸術の光の欠片(カケラ)を探すことをやめられないでいる。芸術になり得る何か、昇華させることのできる何か、本当の意味で美につながる何か。年々「現代アート」と呼ばれるものが自分の苦手となりつつあるなかで、美しさの欠片を探し求める目だけは失わないようにとどこか祈りにも似たものを日々紡いでいる。

ただ、それと同時にそこに混じりこむ異物も捨てられないでもいる。ろ過されたあとに残るものたち。ナルシズムとロマンチシズムが混じり合った突発的な涙みたいなもの。心の底からうっとりするためのもの。その中に光の欠片を見つけて思わず目を閉じる。カフェで女友達ととりとめのない話をすることにも、料理をしながら鼻歌を歌うことにも、瞑想することにも、ベッドの中で裸で話をすることにも、夕暮れ時大好きな街の中で途方に暮れることの中にも、紛れこむ、もの。欠片。


月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。


不思議と身体が引き寄せられる街の光、気配、空気、匂い。少しの間忘れていた、それらを立ちのぼらせる煙がわたしの身体の中に入り込む。

愛しい日々の連続を。


2016年9月1日木曜日

水の中にドボンと飛び込む感覚

両手の平を合わせて指先からそろりと水の中に入り込む。肘、肩、額。徐々に水に同化させていく。ゆっくり目を開ける。そこは白と青と緑色を薄く薄く水でのばした色の世界。足をゆっくり片方ずつ上下に動かす。魚の群れの中をゆっくりと進んでいく。
朝起きて、コーヒー飲んだり洗濯物を干したり、それから外に出て近所の人たちに挨拶なんかして、じりじりと陽に焼かれながら歩いて、買い物したり、仕事に出かけたり、友達とお茶したり、Cyrilとワイン飲んだり。
でも、ただ一歩日常から水の中に入ってしまえば、こんな世界が広がっている。体はその中でただただ浮いて動いている。なんて気持ちがよいのだろう。


思えば去年はフランスに来たばっかりで、Cyrilとその家族以外本当に誰も知り合いがいなかった。それから約10ヶ月くらいずっと知り合いがいない状態が続いて、しかもフランス生活の洗礼を受け過ぎてもうへとへとだった。今なら笑えることばっかりだけども。

自分でローケーキの仕事を始めるようになって、それを介してぐんとわたしの生活は広がった。「この間あなたのローケーキ食べたよ!」で、見ず知らずの人と会話が始まる。そのうちのひとりとはすごく仲良くなって、彼女が昨日の朝早くお祝いのメッセージをくれた。わたしの誕生日だったのである。

新作イチジクのキャラメルシナモンローケーキ

誕生日の朝、ローケーキの配達があったので家を出た。その店を経営している友達はFacebookの通知機能でわたしの誕生日を知ってくれていて、お祝いしてくれる。結局ランチに行こうよとなる。ランチに行った先はわたしがニースでお気に入りのローフードのカフェ。そこはこれが全部生??と信じられないくらいの美味しさのレベルでお店はお昼時はたいてい満員。とくにベジタリアンじゃなくても満足する味なのだ。そのカフェのオーナーカップルともローケーキ繋がりで仲良くなってお互いのローケーキを食べ合いっこしたりなんかした。そこに到着すると、まもなくばったり別の友達たちが入ってくる。結局みんなに誕生日のお祝いの言葉をかけてもらう。帰り道、友人カップルのカフェの前を通ると、これまたFBで知っていたらしくおめでとうと声がかかる。結局ノワゼットをご馳走になる。

帰り、近所のオーガニック食糧店に立ち寄ると、そこで働いているくだんの朝一でメールをくれた友達が誕生日の歌を歌って出迎えてくれた。

こうやって少しずつ少しずつ知り合いや友達というのは広がっていくんだな、ってなんだかすごく感慨深かった一日。誰も知っている人がいなかった去年のわたしに”大丈夫、大丈夫、そのうち知り合いも友達もできるよ”って声をかけてあげたい。年をとっていてもやっぱりおめでとうと声をかけてもらうのは嬉しいものである。

日本の親友から届いたピアス

フランスの生活は、日本で暮らすのとはかってもリズムも違うけれど、一番違うのは、毎日無意識に頭と心をフル回転させていることだ。頭はもちろん語学で。やはり自分の母国語ではない言語で毎日毎日暮らしていくというのはもちろん五年、十年経つと慣れるのかもしれないけれど、来てそうそう慣れるはずがない。今のわたしの頭は常に語学の神経を張り巡らしていて、時々どっと疲れることがある。心も、例えばその語学によって。いろんな人と出会って、当たり前だけどレベルは違うとはいえ、みんながみんなフランス語を話す。それであー、わたしはなんでこんなに話せないんだろう!なんて落ち込むのだ。子供みたいな会話しかできない自分のレベルにフラストレーションがたまる。波の強い海を小さなボートにしがみついてひとり浮かんでいるように、毎日何回も心が浮いては沈んで浮いては沈んでと、日本で経験する以上の浮き沈み具合で、船酔いが酷い(笑)

比べ出したらきりがない。人と。だいたいは自分の弱い部分とか目を背けたい嫌な部分とかそういうところにパッと焦点を当てて、で、それに対する他人の輝かしい部分だけをつまみ出してそれとこれを比べて劣等感の湯船にどっぷり浸かる。そんなことはほんとにほんとにエネルギーの無駄遣いだとわかっていても、それでも気づいたら人と比べて落ち込んだりしている自分がいる。浮いて沈んで沈んでぐっちょりとなる。
だからもうボートになんかしがみつくのはやめて、いつからか、海に飛び込んで泳ぐことにしようと決めた。もうじゃぶじゃぶ周りなんか気にしないで水しぶきおおいにあげて、犬かきでもなんでもいいから泳いでしまえばいいやと思うようになった。実際に、一人で海に出かけ、水の中に体を入れると、なんだか何もかもに受け入れられて自由な気分になる。魚だってわたしがいることをまったく気にしていないようにうようよとそのへんを泳いでいる。泳ぐのに少し疲れたらプカプカとただただ浮くだけ。

35歳の扉

昨日の夜、”この一年君にとってなんて変化ばかりの年だったんだろう。全部ゼロからのスタートになるのに、よくフランスで暮らすことを決断してくれたね、ありがとう”と書かれた誕生日のカードをCyrilがくれた。わたしの精神的な船酔いの酷さ具合を知っていて、諦めずに支えくれている彼こそにありがとうなのに。

月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。

今何かをぎゅって悩んで動けないと思っている人や、何もかも人と比べてしまって自分の体の感覚があやふやになってしまっている人へ。

愛しい日々の連続を♡

シリーズ:”色の旋律”
Blue:冬の裾の色
Violet:紫のニュアンス
Entre Rose et Rouge:前髪から宇宙まで
Rainbow:魔女の色彩
Rouge:赤の分量
Rouge:赤のデザート




2016年7月27日水曜日

テロの後、日本のこと、パラドックス、すごくすごく感じること 

あれから二週間、ニースの街はやっぱり青い空と青い海が輝いている。もともとあまりニースの中の観光メッカに特に行く方ではないので目の当たりにしないせいか、観光客は減ったという印象もさほどない。カフェのテラスではいつも通り人々が思い思いに話ながら食事やお茶の時間を楽しんでいるし、眩しい光の中かもめの声がいつも通りうるさい。

毎日泳ぎに行く海岸。魚がうようよ

7月14日ニースで起きた事件は、やっぱり不可解なことが多い。いや、もはや不可解ではないのかもしれない。おそらくフランス人でも知らない人もいるだろうけれど、「7月14日のあのトラックを写した街中のビデオカメラの映像を全て消去せよ 。」という公的文書が発行されていることがわかった。
あんなにも多くの被害者を出した事件のトラックの動画を、なぜ検証するのではなく、削除するのか。隠したいことがその中に隠されている。

日本の家族から「テロがあった街で恐くないのか?」と問われたが、奇妙かもしれないがやはり以前として恐怖心はない。怒り、というのもない。ただ(前回にも書いたけれど)、世界で起きているすべてのことは繋がっているんだな、と確信しただけだった。


日本ではつい最近、参議院選挙が行われていて、わたしはわたしの周りの多くの人たちがSNSでシェアする三宅洋平氏の動画を繰り返しみた。”選挙フェス”という言葉を幾度となく耳にし、選挙に行って彼に投票しよう、そして戦争法案に反対しよう!という意見の書き込みを何度見たかわからない。とても盛り上がっている様子だった。わたしはそれにうっすらと違和感を覚えていた。

わたしは三宅洋平氏に反対ではない。彼の言っている意見はとてもまっとうだと思うし、頑張っている彼を応援したいと思っている。じゃあなぜ違和感を覚えたのか。
わたしは「選挙」自体を信じていないのだ。国が作ったこのシステムはすでに出来上がっている。わたしたち国民は投票でこの国の政治に参加できると思っているが、わたしはそれを信じていない。この国を牛耳っている人たちはそんなにも簡単にわたしたちに権利を与えるとは思っていない。三宅氏が当選しても当選しなくても、細かなところに変化があったとしても残念ながら大枠はもともとの筋書き通りで進行していく。選挙自体に意味があるとはわたしには思えないのだ。三宅氏を応援していた人たちのエネルギーは相当なものだったと思う。素晴らしいなと本当に思った。だけどそれと同時に、この人たちの大半が三宅氏が何か変えてくれるんじゃないかと彼に期待をしているだけなんじゃないのかとも思った。選挙が終わった後この人たちはどう生きるのだろう。ファーストフードをやめるだろうか。スタバをやめるだろうか。食べ物を変えるだろうか。自分の子供たちにスマートフォンで遊ばせることをやめるだろうか。テレビ付けの日々から抜け出すだろうか。どれだけの人が自分の日々行っていることたちが世界の全体に繋がっていることを知っているのだろうか。大半の人がそれはそれ、今までと同じ生活を何の疑いもなく続けていくのではないだろうか、と考えた。
だからと言って選挙に行く人やそのことを非難するわけではない。自分がそれを信じているならばそれはするべきだと思う。流されるのでなく自分の目で耳で確かめて選ぶことはいいと思う。

残念ながら、彼が当選していたとしても、大きな変化が起きるわけではない。変化は日々のわたしたちの行動でしか変わらない。そうわたしは思っている。毎日毎日わたしたちが日々の中でしている選択一つ一つが、世界の出来事すべてにつながっている。何を食べるか、何を買うか、何を読むか、何を見るか、何を教えるか、何をやめるか。政治に参加することは投票に行くことだけではない。
誰かに期待して依存しても、けっきょく自分が変わらなければ世界は変わらない。

日常は変わらず過ぎてゆく

わたしたちの今の世界はパラドックスに満ちている。わたしたちは何かを信じ、それが正しいことだと思っているけれど、盲目的になった時点で、もしくは他人に何かを期待し決定権を委ねた時点で、パラドックスの世界が開く。

ある時、ある会食中に、ひとりのオーストラリア人の女性が何かの話の中で「わたしはアフリカの孤児たちを救うために毎年お金を寄付しています。」と言ったことがあった。それに対して別の若い女性が質問をした。「世界中に、例えばこの国フランスにも、 あなたの国オーストラリアにもたくさんの孤児がいるのに、なぜアフリカなの?」

Vegan(ヴィーガン)とは、肉や魚はもちろん卵も乳製品も口にせず、食用以外でも革製品など一切の動物利用を排除する考え方のこと。蜂蜜も蜂が作ったものを人間が搾取するという考え方に反対し、蜂蜜も口にしない。世界では蜂がどんどん減っている。環境汚染が問題で、このままでは絶滅してしまう種類もあるのではないかとも言われている。生態系を維持するうえで、花粉の媒介者となる昆虫の役割は不可欠で、種子や木の実、野菜、果物などの生産も、昆虫に依存するところが大きい。その中でも、特に養蜂家によって飼育されるミツバチの活躍は特にめざましく、他の昆虫に比べて20~30倍もの送粉機能を持っていると言われている。蜂が作ったものを搾取するという考え方も結構なのだけれど、実は蜂というのはヨーロッパや南米では人と神聖な繋がりのある動物であり、長い間(約9万年も前から)人間と蜂は蜂蜜を介して共存を守ってきた。 蜂蜜を採集するには例えば牛乳を搾取するような機械仕事はありえない。すべて人が作業をしなければならない。今蜂を守っているのは、実は蜂を飼育している養蜂業者のみだと言われている。それでいて、蜂を守るために蜂蜜は食べない。パラドックスだ。わたしはベジタリアンなので、日々こういうことについて考えてしまう。

市場でイスラエル産のアボカドを手にし、考える。わたしはこれを買わない。


フランスはテロの標的になっている。他の国と比べるとテロで死んでしまう確率は大きいだろうと思う。だからと言って、日本の暮らしはわたしにとっては必ずしも安心だとは言えなかった。市場に並ぶほとんどの食品に入っているアミノ酸はフランスの食品で見たこともない。日本の医療資格のレベルが他の先進国では国家資格として通用しないことも目の当たりにした。食事中もスマートフォンだらけの状況をみることも少なくなった。テロのように一瞬で死んでしまうことがないかわりに、ゆるりゆるりと自分の選択していないところで(本当は自分の選択なんだけれども)割与えられた未来の病気を抱えている。だから、すごく、ひとつひとつ目を開けて自分自身で選択していくしかないと思うのだ。日々自分自身で選択するということは、少なくとも自分に責任があるし、それに希望がある。

自分が信じていることを何度も何度も洗ってみなければならないと思う。そうじゃなければ、前から何回も書いているけれど、いつだってわたしたちは精神的なBoBo(ボボ)になってしまう。


この瞬間、わたしが浮かんでいる空間、わたしの体の感覚、わたしの体を揺らすリズム、わたしの体に響く音、目眩いを起こさせる色、記憶、感じていること、あらゆる気配、わたしを包むもの。それらすべてが交差する一点の染み。内側に侵食し、広がる滲み。
浸す、湿らす、染める、紡ぐ、結ぶ。
ここ、この場所に。
全ての音を。
わたしはゆっくり息をする。
濃密な霧のような体の温もりを感じ、境を慈しむ。
魂のための今を、丁寧に紡いでゆく。

愛しい日々の連続を。



2016年7月18日月曜日

わたしの街のテロ

結局のところ、フランス革命記念日の夜、ニースの海辺、ひとりの鬱病の気がある狂った男が高速でトラックを人混みに突入させ、たくさんの犠牲者を出した。ISは我々に感化された者だと言っているが、本当のところのそのつながりはまだ明確になっていない。
まとまりがなくなるだろうけれど、綴ってみようと思う。


ベッドの上でいつものように寝る前Cyrilとふたりでいろんな話をしていた。いつもよりも少しふたりとも熱くなって話に没頭していたように思う。花火の音が聞こえだしてお互いの話の邪魔をするまでは、外ではキャトルズ・ジュイエ(フランス革命記念日)の催しが行われていることをふたりして忘れていた。開けてる窓から花火の音が響いてかなり音うるさいねなんて窓を閉めた。窓を閉めたあと、今になっては花火の音かどうかわからないけれどとてつもなく大きな音が何発か響いて、ふたりして驚いたのを覚えている。
それから数分、数十分?明確な時間の感覚は覚えていないけれど、携帯がFBのメールを知らせる音を鳴らし、何気なく開いた。日本の友達からのメール。
「大丈夫?ニュースでニースが大変なことになってるって知って。無事だよね?」
なんかニースで起きてるのかな?とCyrilに確認すると同時に、テロだなとすぐに直感した。ふたりしてすぐにインターネットで情報を調べる。
まさか...プロム(プロムナード・ザングレ)でテロが起きた。
それからまもなくサイレンの音が引っ切り無しに鳴り響き、それは明け方まで続いた。


次の日の朝目が覚めて、不思議な感覚だった。いつものように空は突き抜ける青さだし、かもめもいつものようにうるさく鳴いている。本当に何か起こったのだろうか?寝ている間に次々と寄せられていた日本の家族や友達からのメッセージを見て、ニュースをチェックし、死亡者の数が格段に上がっているのを知る。
ぼうっとする頭のままいつもの癖でジョギングウェアをベッドの上に広げた。「まさか今日は走りに行かないよね?」Cyrilに言われてはっとする。
昨日の事件が起きたのはわたしがいつも朝走っている、あのプロムナード・デ・ザングレだ。いつも折り返し地点の目印にしているホテル・ネグレスコはちょうど暴走したトラックが走った2kmの中間地点。そこは紛れもなく「わたしの道」だった。


日課のヨガをするけれどいつも以上にバランスが取りづらい。瞑想もうまく集中ができない。家にいる気にならなかったので散歩に出ようと外に出て街を歩いた。突き抜ける青い空の下、特に閑散とした様子もなく、人は普通に街を歩いている。ただすれ違う人たちが携帯電話で話している内容はすべて昨日の夜のことだった。友人カップルが経営しているカフェをのぞく。目と目を合わした瞬間にどちらからともなく強く抱きしめ合うい、背中をさすり合う。生暖かい友人の体の温もりのせいでなぜか涙がでそうになった。またねとカフェを後にする。
そしてよく行く別のイタリア人家族が経営するカフェの前で、テラスに出ていたマンマとそこで働くも友人と、それぞれ抱きしめ合い背中を撫で合う。
帰り道、別の友人のカフェをのぞく。お互いやその家族や友人たちの無事を報告し合い、ビズをする。いつものようにノワゼットを注文する。途切れ途切れに昨日の事件のことを話す。友人のパートナーも店にくる。カフェのオーナーを交えて事件の話をし、彼らの憤りを感じる。
カフェを出ても、やっぱり空はいつものように青い。少しだけ海の湿気を含んだ風が頬をなでる。

次の朝、いつも通りの空、歩く人々


ヨガを教えている友人ルリアに安否の連絡をとる。夕方一緒に彼女のスタジオで祈りのヨガをしようということになった。わたしが一番早くスタジオに着き、ルリアと話をしていた。そこに明らかに腫れた目をした若いエラが入ってきた。昨日、恋人と目が見えない友人とプロムで花火を見ていたと話す。花火を切り上げ旧市街に入ってしばらくすると、突然猛烈に走る人の波が旧市街の細い道を埋め尽くし、エラはそのまま波にもまれわけもわからずに走った。周りでは叫び声が飛び交うが一切の話し声はなく、皆細い道の両壁に身体をぶつけながらただひたすら走っている。盲目の友人の肘を抱えひたすら走る。何もかもが混乱しパニックだったと話す。
エラの話をそこまで聞いていた時、今にも大粒の涙がこぼれだしそうな目でマリナがスタジオをに入ってきた。彼女は事件の起こった30分後、仕事帰りいつもの道、海辺のプロムを自転車で走っていた。そして、あちらこちらから聞こえる悲鳴、なぜかわからないけれど喧嘩をしている男たち、そして鳴り響くサイレンの中、道にバタバタと倒れている人を目の当たりにした。光がたくさん溢れて空は青くて幸せなイメージしかないあのプロムでこんなことが起こっているなんて本当に信じられないのと彼女の目からとめどなく大粒の涙が流れた。
わたしたちはやっぱり抱きしめ合い、背中をさすり合った。
ルリアが誘導する祈りの歌を歌いながら4人でヨガをする。マリナのすすり泣きが響く。


ニースは世界的に観光名地として有名なわりに、街自体は本当に小さい。人口は約35万人、東京23区の人口の30分の1。友達ができると、徐々にそれは数珠つなぎにつながっていき、賑わうカルチエ(地区)も3つほど。それぞれにお気に入りのカルチエがあり、テラスでカフェを飲んでいると、必ず知り合いに合うというような本当に村のような街だ。観光客で成り立っていると言われるほど夏には観光客がたくさんの街で、そして真上から惜しみなく降り注ぐ太陽の眩しすぎる光と空の青さがなんだか陽気過ぎて、ここで暮らし始めたての当初はそれがなんとなく自分にしっくりこないと思っていたのだけれど、徐々にニースの暮らしの虜になりだし、今では日焼け止めも塗り忘れても気にしないほどここの太陽の光を浴びるのが好きになっている。

旧市街

こんな悲惨な事件がこの街で起こって、日本の家族や友人に心配をかけているのだけれど、なぜだかあんまり怖さというものがない。事件を知れば知るほど不可解なことが多い。19tトラックに積み込まれてあった多量の銃や手榴弾。それにもかかわらず運転手はひとり。そしてそれらの銃や手榴弾はすべて偽物だった。通常大きなイベント、例えばユーロサッカーなどの開催時はプロムは通行規制がかかり、車両は入れない。それなのに、アイスクリームの配達だというだけで特に確認もなくあのトラックは入れていた。内部が入口を開けて犯人を通していたのは言うまでもない。
パリのシャルリーのテロ以降、大きなテロの後には必ず国の法律が、国民をテロから守るという口実のもと書き換えられる。それは国民を守るなんてもってのほか反対にその後国民の自由や権利を脅かすもので、テロは、政府にとっては、いや、世界を牛耳っているものにとってはひとつの国の法を改正できるこれとない機会になる。


この異様な出来事たちの中で、少なくともフランス人は何か変だと気付きだしている人が少なくない。14日の事件のあと、ここに住み始めてから約8ヶ月、一度も思いもしなかったのに、Cyrilの腕の中で、そして友人たちの腕の中で、心底、ああ、この街はわたしの街だとぎゅっと感じた。

わたしたちは何もできないのだろうか?わたしはそうは思わない。
悲しいことだけれど、この事件によってわたしは小さくてもわたしにもできることを確信し出している。
世界が起こっている出来事のすべては繋がっている。

光がずっと変わらずわたしたちの道を照らしますように。

愛しい日々の連続を。

わたしの街