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2018年7月10日火曜日

真夏の興奮ファッション考

大好きな南仏の夏にひとつだけつまらないことがあるとすれば、お洒落の幅がいっきに狭まること。暑いので気取ったバーやレストランなんかに行かない限り、いつもタンクトップのショートパンツという出で立ちになってしまう。これは本当につまらない。
モード界ではオートクチュールコレクションが行われていたばかりというのに、なんというかけ離れた日常でしょう。

なんてくさくさしていた矢先、ネットの記事で目にしたSchiaparelli(スキャパレリ)のパリ、オペラガルニエで行われたオートクチュールコレクションの写真。エキサイティングなコレクションたちに、何年ぶりだろう、というくらいに久しぶりに興奮してしまった。

                         





フランスに住んでいると、自分でも知らず知らずのうちに保守的な洋服を着るようになってしまう傾向にある。フランスではニューヨークやロンドンのような個性的なファッションよりも、どちらかというとシンプルにお洒落を楽しむ人が多い。よくいえばフレンチシックというのだろうけれど、これは目鼻立のはっきりしたフランスの女の子が、しかもその独特のちょっと突き放したような雰囲気をまとってこそ似合うのであって、わたしたちのっぺりん顔といつも薄く笑顔を絶やさない日本人にはどうしても安物感がただよってしまう気がする。元気溌剌としたアングロサクソン独特の雰囲気にもあまりそぐわない。そうわかっていても気付いたらどうも保守的な方へ感覚が流されていく。
そんなところで、Schiaparelliの最新秋冬のコレクションを目にしたわけだ。




細部のディテールは繊細で、女性の体を綺麗に見せるラインが嫌味なく際立つ。それでいてどこかマスキュランな雰囲気が漂い、かつ大胆でアーティスティックなヴィンテージ服のようなBertand Guyonのデザインしたコレクションは、ズキュンと真っ向からツボ!
(ツボ!と言っても買えるというわけでは到底ないのだけれど)





クリエイティビティな感覚に刺激を受け、創作意欲に燃えた興奮冷めやらぬ週末、じゃあ今日はちょっとブラウスに長ズボン(!)でも、と履いて外に出るやいなや汗べったり、結局ショーパンに着替えるはめになるのだ。

で、朝からひとりそそくさとスポーツ用品を買いに行っているシリルからSMSで写真が届く。
「これ買おうと思うけどどう思う?」



ああ、なんてモードからかけ離れた日常なんでしょう...

愛しい日々の連続を♡


2018年5月18日金曜日

カンヌ映画祭、滑稽さと礼儀、ある視点

「Ayami、明日の夜何してる!」
仲の良い女友達ジュリアが興奮して電話をかけてきた。明日は日曜日、たいてい日曜日の夜というのは静かに家にいるものだ。特になんにも予定はないと答えると、イェーイと電話先で奇声をあげている。たった今日本人監督の新作「万引き家族」のカンヌ映画祭ガラ上映の招待状をもらったので一緒に行こうというのである。カンヌ映画祭では他の映画祭と違って、一般向けにチケットを発売しておらず、招待状かプレスパスなどがない限り観ることはできないらしい。

カンヌ映画祭については、年に一度開催される有名な国際的映画祭であること、スター(この言い回し...)がレッドカーペットを練り歩くことはもちろん知っている。最高勲章パルムドールを受賞した映画は友達と話題にして、興味が湧けば見に行く。けれどもわたしは実のところ今の今までそれ以上とくに大きな思い入れがなかった。隣町だというのに観光でさえ訪れたことがない。それでも、好きな監督の最新映画をしかも監督や出演している人たちと同じ空間で鑑賞できるということはわたしにとって大きな大きな興奮だ。もしも樹木希林が来たら最高!!


「もちろんドレスコードあり。Tenue correcte exigée (正装必須)。男性はSmoking(喫煙服:タキシード)、noeud pap(蝶ネクタイ)必須。エレガントな格好していかなければならないよ。Ayami、何着ていけばいいの!!」ジュリアが電話先で悲痛な声をあげている。
ジュリアの叫びのとおり、何を着て行こうか迷う。大阪にいた頃はその頃の仕事柄もあり、着飾って出かける機会がふんだんにあったのだけれど、それもとうの昔のこと。今は完全にジーンズとスニーカー生活である。ニースでは今まで一回も履く機会がなかった裏ソールが赤いパンプスをぜひ履いていけと、シリルが押してくるw 日本に居たころはこういう助言の役目はうちの祖母だったけれど、今はシリルが担っている 笑
ひとえに正装といってどのレベルのドレスコードなのか。カンヌ映画祭のドレスコードは厳格らしい。夜のガラ上映には取材のための報道陣も正装が必須。男性が蝶ネクタイってことは本気のイブニングドレスを着て行ったほうがいいのか。いやいや、スターでもあるまいしただ映画を鑑賞するだけなのに浮くのやいやだし...

ひとしきり考えた結果、ロングドレスはスターにまかせるとして、デコルテが開いたデザインの白シャツ、アルベールデザインの黒のミニスカート、ラメ入りのタイツ、それにタキシードジャケットを羽織っていくことにした。そしてシリルゴリ押しの黒パンプス。久しぶりのモノトーンコーディネート。くしゃくしゃだよ、とアイロンが下手なわたしの代わりにシリルが白シャツにアイロンをかけてくれる。ミニスカートでも大丈夫か一瞬不安がよぎったが、スターでもミニドレスを着ている人もいるし、というここでスターを引き合いにだす勝手ないい訳でいざ向かう。



現地に付き、招待状を手に列を並ぶ。同じように列に並んでいる周囲の人を観察してみると、男性陣はタキシードを着ている人と普通のスーツの人が半々ぐらい、蝶ネクタイが多い。見るからに若い学生の男の子グループもいて、その子たちは普通の棒ネクタイだ。女性はというと、思っていたよりも案外カジュアルなことに驚く。もちろんイブニングドレスを着ている人たちもいる。けれど、上品なワンピース、星付きレストランで食事というような装いの人たちも多い。実は自分のことは棚に上げて、なんとなく全体的に上品さがかける感じに少しがっかりした。イブニングドレスを着ているにもかかわらず、そのドレスは見るからに化繊、派手な原色ばかりが目立ち、なんだか下品でチープな印象。ワンピースの上に普段着の紺色のトレンチコートを羽織っている人もいる。と思えば、わたしたちと同じ席に座る招待客の女性は、結婚式の花嫁が着るような、もしくは舞踏会にでも出席するかのようなふわふわの裾の長いドレスを来ている。「主役でもないのにやり過ぎだね」的な周りのささやき声が流れていた。とても素敵なドレスだけれど、少し気合いが入り過ぎているかもしれない。
そして何よりもわたしを落ち込ませたのは、下着の線が原色の化繊のドレスに浮いている女性が多いことだった。ドレスアップすることとは自分が目立つより何よりも、まずは「下品ではないこと」というのが必須ではないのか。
先ほどの若い男の子たちのひとりはスエードの茶色のカジュアルシューズを履いていて、セキュリティの人に、「その靴は正装ではありません。本当なら許可できませんよ。今夜だけ特別に通します。」と注意を受けていた。男性の正装は女性と違って基準がわかりやすいだけに厳しいようだ。

ジュリアとあれやこれやと話ながら列で待ち、いよいよ入場という段階になって、入場のためにレッドカーペットを歩かなければいけないことを知る。なぜわたしたちがレッドカーペットを!!ジュリアも知らなかった。わたしたちの座る席はそこを歩いて入場するシートだったのだ。シリルがせっかくアイロンをあて直してくれた白シャツにはまたシワができているし、ジュリアと喋りすぎて口紅だって落ちてるかもしれない。まさかあの上を歩かないといけないなんて!




もうここまで来て、知りませんでした、別の入り口から通してくださいというわけにもいかない。はい行って、みたいな感じでレッドカーペットの脇に通される。
シャツがしわくちゃでも口紅が剥がれ落ちていても、とりあえずわたしなんて誰も見てない!と考えを改め、とりあえず背筋だけは伸ばして少なくともパンプスだけは綺麗に見えるようにだけを念頭において歩いた。ジュリアの腰に手を回し、アジア人とヨーロッパ人のレズビアンカップル風に。

ふと少し前を見ると、わたしたちの前を歩いている招待客の男女グループが「我こそはセレブリテなり」というように(ただのわたしの勝手なアフレコ)、階段の最上階で360度に歩き周り手を振っている。別の招待客の若い女性はイブニングドレスの裾を片手でまくりあげ、これもまた360度にポーズを決めている。そしてカメラのフラッシュ。わたしはそれらを見て、薄っすらと何か得体の知れない感覚を覚えた。レッドカーペットのど真ん中、途方に暮れるような感覚。
...この世界は一体なんだ。

ある視点

映画祭の仕組みは、ガラ上映会に招待されている観客がカーペット上をまず歩き、先に上映会場に入場する。そして最後に監督や出演者がカーペット上を歩き、先に会場内で着席している招待客が彼らが入ってくるのを迎えるというものである。このレッドカーペットは上映映画毎に新しいものに引き直される。すなわち1日3回お色直しされているのだ。

上映会場内のスクリーンには監督や出演者たちがレッドカーペットを歩いて入場してくる様子が映し出されている。かつての24時間テレビの芸能人のマラソンのように(今もまだある?)、そのままカメラとともに会場内に入ってくるのだ。

拍手とともに監督たちが迎えられ、22:30過ぎ、静かに映画が始まった。

「万引き家族」はとてもよい映画だった。終わると一斉に拍手が響き渡った。自然に立ち上がってしまう。会場を見渡すと全員が立ち上がり拍手をしている。スタンディングオベーション。監督や出演者たちは日本のおじぎを繰り返している。会話もなくただただ拍手だけが鳴り響き、それは情熱と感動の拍手というよりも、映画を通してわたしたちが共有した何か家族のような何か暖かいものを作者へ送り、そしてそれを一緒に共有するための拍手のように感じた。とても暖かな空間だった。

下をのぞくと監督たちがいる。

翌日、その夜の一部始終とそしてわたしが感じたことをシリルに話した。「招待客が主役でもないのにレッドカーペットを歩く意味がわからない。何者でもない人たちがレッドカーペットで得意げにしている様子と、周りにずらりと囲む報道陣、そしてわたし自身、違和感とある種の滑稽さを感じた。」というわたしに、シリルは苦笑しながら
「まあ日常で何度もする経験ではないわけだし、そのタピ・ルージュ(赤いカーペット)の上は演劇の舞台みたいなもんなんだから、その人たちみたいにそこで演じるのをめいいっぱい楽しむのもひとつだよね。まあそこを歩くからって実際に何者かになったように勘違いしていしまうのは滑稽だと思うけど。」

そして続けた。「僕は招待客がレッドカーペットを歩く意味はあると思うよ。フランスでは伝統的に礼儀を大事にするところがある。監督や出演者よりも会場に先に入るということは監督たちに花を持たせるということ以外に意味があって、大事なお客様を一番始めに扱うという表現になるんだ。レディファーストみたいにね。だってその招待客がコンペションの中でその映画を初めて見ることになるんだから。その招待客の反応も判定のひとつになるんだよ。途中退席した客がどのくらいいたか、拍手はどんな態度で送られていたか、スタンディングオベーションがあったらそれは何分間、どんな風に送られていたか、すべてが判定要素なんだ。その人たちに敬意を表す意味で招待客もレッドカーペットを歩くんだよ。もちろん盛り上げるショービジネス的な演出要素も多いにあるけどね w まあ出番のなかったあのパンプスをおろす機会になっただけでも君にとってはcoolなことじゃない?」

カップル風に。レッドカーペット上はセルフィ禁止w

そうか、わたしがあの赤いカーペットを招待客として歩くということには多少なりとも意味があったのかもしれないのか。そんなことなら、礼儀をもっと重んじるべきだったのかもしれない...。大きな舞台装置の一部。世界の政治的な意図も見え隠れする作品のラインナップ、役割を担う映画の祭典。大衆とセレブリテ。レッドカーペット上で感じた独特の空気に対する違和感はやはりぬぐいきれないけれど...

とまあ、いろいろ感じたり考えたりすることが多かったカンヌ映画祭初体験。ありがたく招待客として席をいただいたひとりの鑑賞者として、心から映画を楽しむことができたことと、あんな風に監督や出演者本人たちと一体の空間が味わえたことは何よりの経験だった。しかも樹木希林♡!!

翌日、前夜の万引き家族のスタンディングオベーションは約9分間であったことがインターネット上の記事に幾つか載っていた。"Un Certain Regard"(ある視点部門)に選出されているベルギーの「Girl」という作品は、涙を浮かべながらの観客によるスタンディングオベーションが約15分間続いたらしい。

発表が待ち遠しい。ジーンズとコンバースの日常に戻りながら。

愛しい日々の連続を♡


2015年7月2日木曜日

アンバランスないいわけ

6月末、フランス語のテストが終わった途端、雲が切れたみたいにパッと、わたしの世界の空は明るくなった(笑)自分でもなんて単純なのかと思うぐらい、見るもの聞くもの嗅ぐものすっかり曇りがなくなりすきっと爽やかに見えるきらめきの世界だ。

実は、大阪に帰ってきてからぐるぐるといろんなことを考えすぎて、梅雨の真っ只中、しかもフランス語のテストを控え、なんだか気持ちが暗ーく、暗ーく、辛気臭くなっていた。
物欲の塊みたいになってぬり壁みたいな顔になってしまっている人とか、精神世界に生きているように見えて、物事の本質を探究せずにただの無知で明るいだけの子供みたいな顔で暮らしている人とか、そういう風なところばっかりに目がいってしまって、こんなにも周りの世界は目を背けたくなることばかりなのかと、勝手に息苦しくなっていた。


でも、実はそういう事柄は全部わたしの中に存在する、もしくは存在していて、その事実から必死で目をそらそうとしていたのだ。そういう自分の愚かさを棚に上げて、自分の考えをさも雄弁に語ろうとしていた自分に気づいた。気づかない間に、善意に隠された欲望がむくむくと育っていたのだ。きゃおッ、なんて恥ずかしい!
生活にいい物を取り入れるために遠い外国のものばかりに高いお金を払うこととか、自分の本当に求めているものが何かわからないために見栄と物ばっかりで埋め尽くしていることとか、一緒に生活している人と価値観のすり合わせができないこととか、子供をTVやゲーム漬け、砂糖漬けにしていることとか、友情関係をビジネス関係にすり変えてしまっている人とか、スマホ中毒とか、公共の場に出没する変な現代アートとか、悲観的なものばかりに囲まれてもういやだ閉じこもりたい!なんて風に、自分がカラカラと干からびていきそうで、”辛気臭い人”にどっぷり浸かりきるぎりぎりのところで、パッと気づいた。

気づけたのは、無事テストが終わり脱力して、ふと、去年わたしはどんなことを考えていたのだろうかと気になって、自分がこのブログに書いていたちょうど1年前の6月の文章を読み返したことに あった。あれだけイヤだイヤだ、としつこく書いていた”○○臭い人”に、今、自分がなっていたことに気づいたのだ(笑) (詳細は”潜んだ欲望と、変な顔”へ)
ひゃー!ミイラ取りがミイラになるって、このことかしら!という風に。


で、この辛気臭さから脱却するためにとっさに本能からか救いを求めた先が、宗教でも、占いでもましてや電話相談でもなく(笑)、それはファッションの本の中にいる素敵な女性たちだった。エレガントにお洋服を着こなすマダムや、刺激的なコーディネートで楽しむ同じ世代くらいの女性たちの佇まいが、辛気臭くなってかちんこちんに固まっていたわたしの頭と心に柔らかく水をかけた。みるみるうちに癒されていった。過去恋人たちに何回もバイと疑われただけのことはある、わたしはやっぱり素敵な女性が好きなのだ、やっぱりもうメロメロ(笑)

で、同時に改めて気づいた。もう昔みたいに服を買い漁ったり、所有し過ぎたりすることにはまったく興味はないけど、洋服を着ることで一層引き立つある種の美しさとは何か、それがやっぱり気になって気になってしょうがないのだ。何を今さらと言われるに決まっているけど、わたしはやっぱりファッションが大好きで、どうしても素敵な女性たちに惹かれてしまう。物質に精神を埋め尽くされることを拒否しているくせに、消費社会のファッションの世界とどう関わっていくのか、なぜだかわからないけどおそらくこれはアンバランスで矛盾だらけのわたしのこれからの課題になりそうな気がする。
癒されるはずが、別の乾きを求める始まりになってしまったw


とにかく、”○○臭い”からの脱却に、何が必要だったって、自分のアンバランスさを再認識することだったと思う。どれだけ自分はバランスがいいなんて奢っているか、それに気づいたら、なんともいえない恥ずかしさで穴にもぐりたくなる(笑)わたしはやっぱりまだまだ矛盾だらけで頭でっかちでアンバランスだ。願わくばバランスのよい感じになりたいけれど、なかなかそう簡単に矯正はできない。ので、気長に行くしかない。

でも、こうも思う。このアンバランスさは、見方によっては自分の何か大切なものにつながっているのではないかと。アンバランスさによってバランスをとっている、なんともややこしくて且つ精妙なものなんじゃないのかと。複雑さは女の人の魅力だよと恋人がなぐさめてくれたことがあったけど、アンバランスさも個性になりえるのかもしれない。自己表現なんてどこまでもナルシストで自己中心的な行為なのに、それが自分を支えている。わたしは、バラバラと気になるものや好きなものが多すぎて、いっそ全部飲み込んでしまいたい衝動にいつもかられている(笑)
さっそく、結婚前にこれだけは再度伝えておかなければいけないと、恋人にスカイプで「というわけで、やっぱりわたしは洋服が大好きで、それから矛盾を抱えていてアンバランスなのだ」ということを堂々と宣言したわけだが、彼は苦笑して、「何をいまさら。今は矛盾に思うかもしれないけど、あとあと必ず君の中でつながっていくよ。まあ、その宣言は昔から何度も聞いているけどね」と、同じ話を何度も繰り返す老婆扱いされた。


曇りが晴れたついでに、そのファッションの本たちをパラパラと読んでいて、なぜかすとんと気づいたことがある。それは、「何かひとつの方法でしか物事の本質を追求できないということはない。」ということ。これはわたしの恋人が何度もわたしに言っていることだけど、この意味がようやく腑におちた。例えば悟りを開く唯一の道は、ヨガをすることだけでもないし、カトリック信者として一生をおくることだけではない。すぐにわたしたちは、自分の道だけが正しいと思ってしまいがちだけど、何を持って本質を追求するか、それは人それぞれに道がある。


 
とういうわけで、洋服の色合わせなんて考えているとやっぱりなんともワクワクしてしまう。文章を書いているとワクワクが止まらなくなる。辛気臭さを払拭するには、やっぱりワクワクすることが必要なのだ。瞑想しながらこのワクワクに引っ張られてはムヒヒとなってしまう。
そんなことでひとりムニムニしていたら、美しさについて、ふっと浮かびあがったことがある。
美しさとは、これ見よがしに表現されたものにではなく、細胞に、内面に息づく気配こそに宿るのではないか?


どうも最近自分が辛気臭くなっているなって感じてる人がいれば、もちろん梅雨の季節のせいにした上で、自分のワクワクのもとをもう一度探してみることをおすすめしたい。ひと足先に梅雨明けできるはず!
アンバランスでも矛盾だらけでもなんでも、愛らしい素敵な日々を♡


2015年6月25日木曜日

Paris 私的回想録 - 6 区 -

Paris 6区(2007年)

わたしが初めてParisを訪れたのは、当時働いていたアパレルブティックの女社長から、次のパリコレクションのバイイングに連れて行くわと伝えられ、来シーズンの秋冬を買い付けるための1週間の出張旅行だった。わたしが働いていたそのブティックはパリやミラノコレクションが好きな人なら誰でも知っているそれはそれは錚々(そうそう)たるブランドを取り扱うセレクトショップで、その女社長が一代で築き上げ、セレクトされた洋服の目をむく値段と店のディスプレイの風格から、その当時は一目置かれていたブティックだった。わたしは大学を出てすぐそのブティックで社員として働くようになり、潔癖な女社長の機嫌を損なわないようにガラス張りの窓はもちろん梯子でふきあげ、一切の埃や塵が舞う隙をあたえず、店の売り上げ、報告、国内外ブランドのバイイング、個人売りもしっかり予算組みされた上での接客、彼女の趣味で飾る植木の管理やその他経理以外のほとんどの雑用をこなし、日々ハイファッションに身を包み12cmのヒールを履いて毎日店に立っていた。


アパレル業界で働いている物にとって、パリコレクションのショーに招待されること、それからそのフロントローに海外のジャーナリストと肩を並べて座ることは夢のようなことである。「はい、あなたの分ね。」と、わたしの名前が書かれた、ファッション雑誌には必ず巻頭に特集を組まれるようなブランドたちの招待状を受け取ったときは、天にも登る気持ちになった。
Parisの天気は変わりやすいと散々いろんな人から言われ、その上毎日スケジュールを組まれたショーにまさか同じコーディネートをするわけにはいかないと、コート、ジャケット、シャツ、シルクのドレス、バック、アクセサリー、タイツ、ピンヒールにブーツにと、行きのスーツケースから重量オーバーすれすれで日本を発った。

今日は朝から4区の展示会場でのバイイング、そのあとは1区、合間に取り扱いのパリのブティックを視察、ディスプレイのアイデアを盗む、話題のセレクトショップをチェックし、昼食、夕方からは6区のショー会場に移動、同行していた社長の顧客を交えた夕食と、朝から晩までスケジュールはパンパン、足もパンパン、夜ご飯を終えてホテルに着くのは夜中の0時を回っていることもしばしば。毎日がそんなスケジュールだった。
ショー会場で配られるコレクションマップを片手に、初めてのParis、右も左もわからない、それでもいっぱしの業界人気取りで見た目はバッチリハイブランドで固め、石畳を12cmヒールで歩き回った。


そんなスケジュールのなか、半日だけ自由な時間が与えられた。とはいえ、初めてのParis、フランス語は全くわからず、「出口」という意味の"Sortie"と書かれた地下鉄の表示板の読み方さえもわからないような者には、行き先にあまり選択肢はなかった。それでも嬉しくて嬉しくて、特に決まった充てもなくParisの地図だけ抱えて朝7時にホテルから飛び出た。
ホテルから歩いて5分ほどのところに、サンジェルマン デプレという有名な教会があるらしい。名前はなんか聞いたことがある、そこに行ってみよう。
教会では厳粛なミサが行われており、そこにわけもわからず参列してみた。教会の天井から差込む光の筋、足元に揺れるステンドグラスの光の色、祈りのフランス語、何もかもが初めてで、それでなくても浮き足立っていたわたしの体は、それこそ教会の天井に吸い込まれていくかのようだった。

暗がりの教会から出ると差し込む朝日に思わず目を瞬かせた。次はどこへ行こうか。そうだ、有名なカフェが近くにあるって社長が言ってたなと、王道も王道、カフェ・ドフロールを目指した。
メニューは入る前から決まっている。パン・オ・ショコラとエスプレッソ。本場で食べるのが憧れだったのだ。まだ誰も居ないテラスに座る。せいいっぱいの努力をして、フランス語で注文を伝え、最後に”シルヴプレ”を言うことも忘れなかった。
東洋人はそれでなくても年齢より10歳ほど若く見える。この高級地区のテラス席に座り、フランス語も話せない当時20代だったわたしは、店のサービス係りにはよほど滑稽、もしくは奇異にうつったに違いない。旅の恥は掛け捨て、若気の至り、日本語には都合のよい言葉がたくさんある。


そうやって朝食を摂っていると、隣の席に耳下で切り揃えられた少し白髪混じりのパーマスタイル、黒ずくめの50代の男性が座った。ちらりと目をやると、東洋人、どうやら日本人のようである。ここの常連のようで、流暢なフランス語で店員とひとことふたこと言葉を交わしている。なんか、この顔見覚えがある。失礼きわまりないがわたしはじろじろとその男性を眺めた。あ!デザイナーのWさんだ!と気づいた瞬間、思わず「あ!」とわたしの声が漏れていたのだろう、その男性と目が合う。気まずさで思わず「Wさんですか?」と声をかける。彼はパリコレクションでトップレベルを誇るブランドの日本人デザイナーで、自身のブランド名になった彼の名前はファッション好きなら知らない人はいない。

彼はわたしの質問には答えず、静かに「学生さん?」と聞き返してきた。学生ではないこと、セレクトショップで働き、今回バイイングでパリコレに初めて連れて来てもらったことを話した。わたしの働く店の名前を聞かれたので答えると、彼はおもむろに目を細め、途端表情を緩めて静かに話し始めた。
実は、君の働く店の社長さんとは古い知り合いでね。当時僕のブランドを取り扱ってくれていたんだよ。
彼はオムレツを食べる手を休め、わたしの方へ身を傾け話しを続けた。
こんなこと君のような若い人に話すようなことでもないけどね、君の社長と僕は途中でビジネスで仲たがいをしてしまって、彼女とはそれっきりなんだよ。僕はそんな風に彼女と縁が切れてしまったことを残念に思っているんだ。また彼女とビジネスを再会したいとずっと思っているんだけどね。

ところで君は、僕のショーには興味はあるかい?
もちろんわたしの返事は決まっている。
明日の夕方は空いてるかな?もしよかったら、僕のショーがあるんだけど、秘書に席をふたつ用意させるから、誰か友達と来たらいいよ。招待状は秘書にバイク便でホテルに届けさせるから。それから、社長には、ぜひ機会があればまた話したいと伝えて。
ショーのチケットの件はあとで君の携帯に秘書から連絡させるから。

この想像もしない成り行きに、わたしは文字通り天にも昇る気持ちで、このままでは体が宙を舞うのではないかといてもたってもいられなくなり、W氏に礼を伝え、社長へ伝えておくことを約束し、浮き足だって店を出た。


その後取り扱いのブランドのショー会場で社長たちと落ち合い、すぐにW氏と偶然会ったことを報告した。すると話をしているそばからみるみるうちに彼女の顔色から血の気がひいてきた。
普段からわたしは彼女の顔色を四六時中伺いながら仕事をしているのだ。彼女の機嫌が変化したことはすぐさま気づく。
しまった、何かしでかしてしまったみたいだ。
あのデザイナーとよっぽどのことがあったのだろうか、W氏は社長のことを尊敬しているような話しぶりで、本当にもう一度友好な関係を結びたいと言っていた。恋愛ざたの問題などはまったく匂わなかったし、一体何が彼女の気に触ってしまったのだろう...
大好きなブランドのショーだというのに、そのことばかりが頭をぐるぐる回った。

その後ショーの最中も終わってからも会場を出てからも、彼女は一切わたしと話しをせず、目も合わせてくれなかった。社長とひとことも話すこともなく夜ホテルに着く。自分の部屋に戻り、どさりとベッドの倒れた。すると、部屋の電話が鳴った。
「ちょっとわたしの部屋まで来なさい。」社長からだった。 時計を見ると12時を回っている。
わたしは再度身支度をととのえ、階上にある彼女の部屋をノックした。

「W氏との今日のいきさつ、どういうことかもう一度話して。」
初めから事細かく話し、彼はあなたともう一度話ができるようになりたいと思っているとそう仰っしゃっていましたと伝えたあたりで、彼女はわたしの話しを遮り、こう言った。
「つまり、あなたはわたしの名前を利用して、その有名なデザイナーにショーの招待状をもらったっていうわけよね?だってわたしの名前を出さないと、彼があなたを招待するはずがないもの。」
わたしは何も伝えられなかった。なぜなら彼女はいつも自分の出す答えに完璧な肯定を、完璧な降伏しか求めていないことを知っているから。
「その招待状届いたらわたしに渡してね。まさか行くつもりじゃないでしょ?」


次の日、ホテルに届いていた招待状を手に、W氏の秘書にショーへは行けなくなった旨の連絡をした。するとすぐにW氏本人からわたしの携帯へ連絡がきた。
もしかして、本当は社長が僕のことで気分を害したからなのではないかとわたしへ問う彼に、自分が他のショーの日程を間違えて把握しており、わたしのミスであなたのショーへはいけないのだと答えた。
彼は一瞬無言になった後、「大事なショーの席なんだ。仕事をなめるな。」と言い残し、電話を切った。しばらく、ツーツーと不通音を響かせる受話器を置けずにわたしはその場に立ち尽くした。


次の日、社長は何事もなかったように、ベルギーへ行くので滞在が長くなることをわたしに告げ、気をつけて帰りなさいと笑顔を見せた。
社長たちと別れ、わたしは帰りの飛行機に乗るためひとりでドゴール空港までタクシーに乗った。窓からは遠くにそびえ立つエッフェル塔が見えた。切り取った絵のようなそのエッフェル塔に、帰国したらアパレル業界から足を洗うこと、それから自分の意思でもう一度Parisの街へ来ることを誓った。頑なな子供みたいにぎゅっと膝の上で手を握りしめ、目を閉じて、ただそれだけを誓った。







2013年9月5日木曜日

誕生日の下着 からデザイン考

自慢したい♡
純粋にただの自慢!

この間、32歳の誕生日のために、下着をもらった

Aubade♡


わたしの初めてのAubadeは”Boîte à desir (欲望の箱)"シリーズの


黒のタンガ...

これがね...超可愛い...!


バースデーソングと一緒に手渡されて、紙袋から取り出して、


外紙をビリッて破いた時点でなんか四角いボックスのパッケージ、Auba...くらいまで見えて、きゃおっ、もしかして!


ってなって、驚きが確信に変わる瞬間に、パパーン!ってレースの繊細な、黒



...でも広げた瞬間!

あれ、これサイズ大きくない!?って


サイズ表記は、U、 フリーサイズなのに


Simg_7307_1


で、次の日の夜、試し履き...


これがね...、超最高!


さすが、サイズも計算されてる


といってもやっぱわたしには若干大きかったのだけど、


でも一般的に「どの部分で履くか」ってのがみっちり計算されている、デザイン



                          これ↓

Images


で、ここからまた、ここからわたしは「デザイン」(ここではファッションの)について思考がシフトするわけで

だいたい今の市場において、ファッションデザインっていうのは
需要に沿ってなされるのがやっぱり多いと認めざるを得ない


でもね、Aubade、履いたらね、なんというか...
デザインにこっちの体が合わさざるを得なくなる
こっちが、どうしても...合わそうとする、
それこそ、欲望に忠実なかたちで

で、今まで、”グッドデザイン”って、外見と機能さを兼ね備えたものだと
認識していたし、それなりにそういう風に習ってた

でも、これ履いてみて、変わった

ファッションに限らず、いいデザインって、多分...、
外見と機能さはもちろん基本として、
使う側がね、自分の体をそのデザインに合わせてしまう
自分の欲望とか願望とか
しかも知らないまに、ぴったりくるように
だからそのデザインは結局自分だけ、唯一のデザインになる

そして、双方が双方になじむ
自分が変わるつもりじゃないのに、素敵な感じで変わってしまう
変えたいわけじゃないのに、自然に変わってる

いいデザインって、それこそ素敵な恋愛みたいだ

それをいちいち一大事にとるかは、個人の自由なわけで
その時だけ楽しんでも、一生大事にしても、どっちでもいい

どっちにしても、素敵なこと


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でもさ、女の人、下着ってきちんと素敵なの、選んでるのかな?

そしてさ、男の人、それをきちんと愛でてから脱がしてるのかな?

Bonne soirée, en tout cas!!




2012年5月28日月曜日

ワインが空く理由



福岡でお世話になってる美容師さんからラブレターをいただいた



                 わたしにとってはショーのチケットは正真証明ラブレター!Simg_4517_2






今回の企画はバーニーズとジンジャーという雑誌のファッションイベントで、バーニーズ顧客向けのショーやヘアイベントなどが盛り込まれたあと、バーニーズへ行ってお買い物しましょうというもの





今回初めてジンジャーという雑誌を知り、かなり日本的コンサバな内容に内心参加していいのかドギー&マギーだったが、せっかくインビテーションをいただいたので、友人姉さんたちを誘って参加



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今の20代~30代のOLさんが着る服というのがコンセプトなのか、若干というか大幅にわたしの趣味とはかけ離れていたけれど、これが福岡の売れる服&売りたい服なのかーと勉強になりました





 まあ結局お酒片手にきゃおきゃお言ってただけだけどwwSimg_4538_1_2





イベント自体は、小規模だけれど参加した人がアットホームに楽しめる内容で、例えばその場でヘアアレンジなどをしてくれるブースがあったり、抽選でヘアケアグッズとかお洋服とかの商品が当たったり  着ている人はみんなわくわくして楽しそうだった





                            
             いつもヘアカットしてくれているCLAFTの山本さん
                ヘアアレンジブースで次から次にお客さんのヘアアレンジをしていく
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            赤ワインでこんなアホなことしてるけど、ドリスとか一番似合いそうなミカ姉貴Simg_4544




                  ダイアンのドレスを着こなすセクシー担当ミワ姉Simg_4547






こんなこと言うと招待券もらってる身で何だといわれるけど、でもやっぱり...わたしファッションに関してはひとひねりも二ひねりも...いや三ひねりくらいひねりたいたちで、OLさんスタイルよりもやっぱりバーニーズ3Fでバレンシアガ先生とかリム先生とか見てるのが一番楽しかった...ww






で、結局いつものようにお酒に流れるわけで...
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ちなみに抽選で今回の一番の目玉商品、バーニーズのモッズコートが当たったミワ姉! さすがくじ運強い!!Simg_4556






でもなんやかんやいってもお洋服からはどーーーしても離れられないわけで、ラブレター受け取った瞬間から家に連れ込む瞬間までそれはそれはドラマチックで、それだけでワイン何杯も飲めますし、何本もあけてしまうのはそのせいなんです♥







2011年12月29日木曜日

頭ん中はパリからマハラジャ★



12月6日、ここ福岡からは遠ーい遠ーいお仏蘭西・巴里のグラン・パレでは、我らがカール・ラガーフェルド大先生によるCHANELのメティエダール・コレクションショーが開催されていた様子



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メティエダール コレクションとは、刺繍のルサージュ(Lesage)、金銀細工のゴッサンス(Goossens)、靴のマサロ(Massaro)、コスチュー ムジュエリーのデリュ(Desrues)などのクチュール工房のテクニックを取り込んだ、カール大先生が手がけるオートクチュールのアトリエに捧げる特別なコレクションのこと



タイトルは「Chanel Paris - Bombay Show」(パリからボンベイへの旅)。



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インドにインスパイアされた舞台演出に、スタイリングに、ヘアにって
マハラジャの宮殿を想起させる、胸のドキドキが止まないすごく素敵な演出
宮殿の晩餐会を舞台に、”シャネルらしいインド 現実には存在しない、パリ風のインド”が表現されている



なんてエレガントで、なんてアバンギャルドなんだろうと、ホントに胸のドキドキが止まらない!
幻想は最大限で、圧倒的にゴージャスで、それでいて品と格を持ってズギュンズギュンとど真ん中に迫ってくる感じ



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とにかく真っ白にマハラジャビジューも、黒×ピンクにマハラジャビジューも、シャネルツイードにマハラジャビジューもどれも全部想像力の枠を超える



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というわけで、この師走残すところ2日の今、わたしの頭の中はマハラジャです♥
公式サイトはhttp://chanel-news.chanel.com/ja_JP/page/2/






みなさんもどうぞ、ナイストリップ!Bon voyage!!















2011年12月6日火曜日

わたしの精進道!愛しのルブタン♥



届いた♥



ルブタン先生のブランド創立20周年を記念して発売されたアートブック!



大阪にいるわたしの前世の姉E姉から、「そりゃ、買わなあかんやろ」っていうメッセージを受け、発注
残念ながら福岡にはルブタンショップがないので、わざわざE姉に買いに行ってもらってゲットというまわりくどさで



荷物が届いて即効開けて中みてびっくり!
ピンクレザー仕様のカバーに、金ラメ加工が施されたページ!
(それにしてもぶ厚い!全部で304ページあるらしい!!)
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で、中身はどんなん?と気になるところ
A Life」「The Shoes」「Fetish」「The Place」「Twenty Years」の5つのチャプターで構成され、アイコニックなピンヒールからフェティッシュなシューズまで、ルブタンの魅力がふんだんに散りばまられた内容
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アーティストのフィリップ・ガルシアと映画監督デヴィッド・リンチ(様♥)らによって撮影されたアート作品のような位置するシューズの官能的な写真たち!
エリック・ラインハートによるクリスチャンのインタビューに、ジョン・マルコヴィッチによる前書きなど、さすがいいところついてくる感たっぷりのめちゃめちゃ豪華なラインナップぶり!



もうそれこそベッドの中でゆっくりゆっくりページをめくってめくりめく官能の世界にどっぷり浸って、意識をなくしたい!



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        わたしの大好きなクリスティン!!!!!Dsc00054
          官能代表、ディタ姉さんもDsc00052

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そういえばE姉は、わたしのこのアートブックを買いに行ってくれたと同時にまんまとそのまま生ルブタンも購入してしまったらしい
そりゃそうだ  2次元より3次元、乾燥より生だ!
よかった、福岡にはショップなくて♥

でも生ルブタンといえば、この場を借りてプチ懺悔を...

ちょうど1ヶ月前アルゼンチンタンゴのプラクティカ(みんなで集まって練習するための練習会)に行った時のこと
いつものように優しい先輩ムッシュたちの指導のもと、めずらしくどっぷり真剣にタンゴレッスンし終わり、さあもうそろそろ帰りましょうと、タンゴシューズからマイシューズに履き替えようとしたとき、
マブ親友Aやまわりの友人が「きゃー!足!大丈夫!?」とわめいたので、自分の足をみると
右足親指から大量出血!だらだらどくどくと血が流れていた
全っ然痛みがなかったのでそんなことになっているなんてまったく気づかずだったし、実際痛みを感じなかったのでみんなに応急処置をしてもらい、大丈夫ですよーなんてみんなの優しさに浸ってへらへらしていた

でも...実は...わたしの足を心配してくれるまわりのみんなには大変申し訳ないが、実はあのときわたしはうわの空で、自分の履いてきた靴がベビーピンクのサテン生地のルブタンちゃんだったので、それに血がつかないか、汚れたらいやだなとかそればっかり気にしていたのでした  (もう時効のはず)
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デザイナーのクリスチャン・ルブタンはもともとパリのナイトシーンに魅せられ、ダンサーたちのために靴をつくりたいという思いで靴作りを始めたそう

そんなルブタンの靴たちに恥ずかしくないよう、タンゴももっと練習して、もっとセクシーで官能的な足で、グラマラスにかつエレガンスに履きこなせるよう、日々精進していきたい!

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