2015年6月25日木曜日

Paris 私的回想録 - 6 区 -

Paris 6区(2007年)

わたしが初めてParisを訪れたのは、当時働いていたアパレルブティックの女社長から、次のパリコレクションのバイイングに連れて行くわと伝えられ、来シーズンの秋冬を買い付けるための1週間の出張旅行だった。わたしが働いていたそのブティックはパリやミラノコレクションが好きな人なら誰でも知っているそれはそれは錚々(そうそう)たるブランドを取り扱うセレクトショップで、その女社長が一代で築き上げ、セレクトされた洋服の目をむく値段と店のディスプレイの風格から、その当時は一目置かれていたブティックだった。わたしは大学を出てすぐそのブティックで社員として働くようになり、潔癖な女社長の機嫌を損なわないようにガラス張りの窓はもちろん梯子でふきあげ、一切の埃や塵が舞う隙をあたえず、店の売り上げ、報告、国内外ブランドのバイイング、個人売りもしっかり予算組みされた上での接客、彼女の趣味で飾る植木の管理やその他経理以外のほとんどの雑用をこなし、日々ハイファッションに身を包み12cmのヒールを履いて毎日店に立っていた。


アパレル業界で働いている物にとって、パリコレクションのショーに招待されること、それからそのフロントローに海外のジャーナリストと肩を並べて座ることは夢のようなことである。「はい、あなたの分ね。」と、わたしの名前が書かれた、ファッション雑誌には必ず巻頭に特集を組まれるようなブランドたちの招待状を受け取ったときは、天にも登る気持ちになった。
Parisの天気は変わりやすいと散々いろんな人から言われ、その上毎日スケジュールを組まれたショーにまさか同じコーディネートをするわけにはいかないと、コート、ジャケット、シャツ、シルクのドレス、バック、アクセサリー、タイツ、ピンヒールにブーツにと、行きのスーツケースから重量オーバーすれすれで日本を発った。

今日は朝から4区の展示会場でのバイイング、そのあとは1区、合間に取り扱いのパリのブティックを視察、ディスプレイのアイデアを盗む、話題のセレクトショップをチェックし、昼食、夕方からは6区のショー会場に移動、同行していた社長の顧客を交えた夕食と、朝から晩までスケジュールはパンパン、足もパンパン、夜ご飯を終えてホテルに着くのは夜中の0時を回っていることもしばしば。毎日がそんなスケジュールだった。
ショー会場で配られるコレクションマップを片手に、初めてのParis、右も左もわからない、それでもいっぱしの業界人気取りで見た目はバッチリハイブランドで固め、石畳を12cmヒールで歩き回った。


そんなスケジュールのなか、半日だけ自由な時間が与えられた。とはいえ、初めてのParis、フランス語は全くわからず、「出口」という意味の"Sortie"と書かれた地下鉄の表示板の読み方さえもわからないような者には、行き先にあまり選択肢はなかった。それでも嬉しくて嬉しくて、特に決まった充てもなくParisの地図だけ抱えて朝7時にホテルから飛び出た。
ホテルから歩いて5分ほどのところに、サンジェルマン デプレという有名な教会があるらしい。名前はなんか聞いたことがある、そこに行ってみよう。
教会では厳粛なミサが行われており、そこにわけもわからず参列してみた。教会の天井から差込む光の筋、足元に揺れるステンドグラスの光の色、祈りのフランス語、何もかもが初めてで、それでなくても浮き足立っていたわたしの体は、それこそ教会の天井に吸い込まれていくかのようだった。

暗がりの教会から出ると差し込む朝日に思わず目を瞬かせた。次はどこへ行こうか。そうだ、有名なカフェが近くにあるって社長が言ってたなと、王道も王道、カフェ・ドフロールを目指した。
メニューは入る前から決まっている。パン・オ・ショコラとエスプレッソ。本場で食べるのが憧れだったのだ。まだ誰も居ないテラスに座る。せいいっぱいの努力をして、フランス語で注文を伝え、最後に”シルヴプレ”を言うことも忘れなかった。
東洋人はそれでなくても年齢より10歳ほど若く見える。この高級地区のテラス席に座り、フランス語も話せない当時20代だったわたしは、店のサービス係りにはよほど滑稽、もしくは奇異にうつったに違いない。旅の恥は掛け捨て、若気の至り、日本語には都合のよい言葉がたくさんある。


そうやって朝食を摂っていると、隣の席に耳下で切り揃えられた少し白髪混じりのパーマスタイル、黒ずくめの50代の男性が座った。ちらりと目をやると、東洋人、どうやら日本人のようである。ここの常連のようで、流暢なフランス語で店員とひとことふたこと言葉を交わしている。なんか、この顔見覚えがある。失礼きわまりないがわたしはじろじろとその男性を眺めた。あ!デザイナーのWさんだ!と気づいた瞬間、思わず「あ!」とわたしの声が漏れていたのだろう、その男性と目が合う。気まずさで思わず「Wさんですか?」と声をかける。彼はパリコレクションでトップレベルを誇るブランドの日本人デザイナーで、自身のブランド名になった彼の名前はファッション好きなら知らない人はいない。

彼はわたしの質問には答えず、静かに「学生さん?」と聞き返してきた。学生ではないこと、セレクトショップで働き、今回バイイングでパリコレに初めて連れて来てもらったことを話した。わたしの働く店の名前を聞かれたので答えると、彼はおもむろに目を細め、途端表情を緩めて静かに話し始めた。
実は、君の働く店の社長さんとは古い知り合いでね。当時僕のブランドを取り扱ってくれていたんだよ。
彼はオムレツを食べる手を休め、わたしの方へ身を傾け話しを続けた。
こんなこと君のような若い人に話すようなことでもないけどね、君の社長と僕は途中でビジネスで仲たがいをしてしまって、彼女とはそれっきりなんだよ。僕はそんな風に彼女と縁が切れてしまったことを残念に思っているんだ。また彼女とビジネスを再会したいとずっと思っているんだけどね。

ところで君は、僕のショーには興味はあるかい?
もちろんわたしの返事は決まっている。
明日の夕方は空いてるかな?もしよかったら、僕のショーがあるんだけど、秘書に席をふたつ用意させるから、誰か友達と来たらいいよ。招待状は秘書にバイク便でホテルに届けさせるから。それから、社長には、ぜひ機会があればまた話したいと伝えて。
ショーのチケットの件はあとで君の携帯に秘書から連絡させるから。

この想像もしない成り行きに、わたしは文字通り天にも昇る気持ちで、このままでは体が宙を舞うのではないかといてもたってもいられなくなり、W氏に礼を伝え、社長へ伝えておくことを約束し、浮き足だって店を出た。


その後取り扱いのブランドのショー会場で社長たちと落ち合い、すぐにW氏と偶然会ったことを報告した。すると話をしているそばからみるみるうちに彼女の顔色から血の気がひいてきた。
普段からわたしは彼女の顔色を四六時中伺いながら仕事をしているのだ。彼女の機嫌が変化したことはすぐさま気づく。
しまった、何かしでかしてしまったみたいだ。
あのデザイナーとよっぽどのことがあったのだろうか、W氏は社長のことを尊敬しているような話しぶりで、本当にもう一度友好な関係を結びたいと言っていた。恋愛ざたの問題などはまったく匂わなかったし、一体何が彼女の気に触ってしまったのだろう...
大好きなブランドのショーだというのに、そのことばかりが頭をぐるぐる回った。

その後ショーの最中も終わってからも会場を出てからも、彼女は一切わたしと話しをせず、目も合わせてくれなかった。社長とひとことも話すこともなく夜ホテルに着く。自分の部屋に戻り、どさりとベッドの倒れた。すると、部屋の電話が鳴った。
「ちょっとわたしの部屋まで来なさい。」社長からだった。 時計を見ると12時を回っている。
わたしは再度身支度をととのえ、階上にある彼女の部屋をノックした。

「W氏との今日のいきさつ、どういうことかもう一度話して。」
初めから事細かく話し、彼はあなたともう一度話ができるようになりたいと思っているとそう仰っしゃっていましたと伝えたあたりで、彼女はわたしの話しを遮り、こう言った。
「つまり、あなたはわたしの名前を利用して、その有名なデザイナーにショーの招待状をもらったっていうわけよね?だってわたしの名前を出さないと、彼があなたを招待するはずがないもの。」
わたしは何も伝えられなかった。なぜなら彼女はいつも自分の出す答えに完璧な肯定を、完璧な降伏しか求めていないことを知っているから。
「その招待状届いたらわたしに渡してね。まさか行くつもりじゃないでしょ?」


次の日、ホテルに届いていた招待状を手に、W氏の秘書にショーへは行けなくなった旨の連絡をした。するとすぐにW氏本人からわたしの携帯へ連絡がきた。
もしかして、本当は社長が僕のことで気分を害したからなのではないかとわたしへ問う彼に、自分が他のショーの日程を間違えて把握しており、わたしのミスであなたのショーへはいけないのだと答えた。
彼は一瞬無言になった後、「大事なショーの席なんだ。仕事をなめるな。」と言い残し、電話を切った。しばらく、ツーツーと不通音を響かせる受話器を置けずにわたしはその場に立ち尽くした。


次の日、社長は何事もなかったように、ベルギーへ行くので滞在が長くなることをわたしに告げ、気をつけて帰りなさいと笑顔を見せた。
社長たちと別れ、わたしは帰りの飛行機に乗るためひとりでドゴール空港までタクシーに乗った。窓からは遠くにそびえ立つエッフェル塔が見えた。切り取った絵のようなそのエッフェル塔に、帰国したらアパレル業界から足を洗うこと、それから自分の意思でもう一度Parisの街へ来ることを誓った。頑なな子供みたいにぎゅっと膝の上で手を握りしめ、目を閉じて、ただそれだけを誓った。







2015年6月18日木曜日

紫のニュアンス

小学校の教室で紫式部の名前を初めて聞いた時、その語感が持つ色っぽい響きと、その漢字の並びが持つ静かな威厳のようなもの、挿絵に描かれた十二単の鮮やかな薄紫がわたしをうっとりさせた。あれからわたしは紫色の放つニュアンスにどうもこうも惹かれる傾向にある。

鮮やかな赤と濃い青を混ぜる。それだけじゃ足りないから、そこにミルクを数滴。赤と青の間を行ったり来たり、消え入るミルクの筋を漂う。

1re
夏の到来を思わせる鋭い日差しに目を細める午後。Parisの街、ひとつ路地を入り、奥まった場所にある店。外の喧騒から離れてひんやりとした洞窟の入り口のようなその店先に誘い込まれるように、足を踏み入れる。アンバーの強くて甘い匂いが立ちこめ、お香の煙が体を包む。その店の壁の色。

2e
彼女の部屋のソファに腰を下ろす。彼女は猫のように目を細めて笑う。長い黒髪が揺れる。お茶を入れる後ろ姿。スパイスが湯気とともにほのかに香る。カタカタと食器を揺らしながらお盆を持ってくる。くるりと向きを変え台所に戻る彼女の長いスカートからのぞく引き締まったアキレス腱。色とりどりのビーズが施された彼女の部屋履きの色。

3e
ベッドの端で膝を抱えてぎゅっと座る。西日がゆるくカーテンの隙間からシーツに淡い陰を作る。広げた本のページの上にぼたりと雫が落ちる。涙で霞み、活字が滲む。家の外から靴音と鍵音が近づき、ガチャリと扉が開く。薔薇、芍薬、カーネーション、花たちから漂うほのかな香りが部屋に立ち込める。手ぶらで帰るよりも、君と早く仲直りができると思ったから。恋人の手から溢れる花のグラデーション。


...dernier
直接空で染料を混ぜたような魔法のような夕闇の色。
あるいは、光に透けたハートカズラ。
太陽の甘い光に溶けてしまわないように、わたしは思わずそれを縫いとめたくなるのだ。






2015年6月4日木曜日

フランス、結婚準備、ドレスの色

というわけで、フランスで結婚することになった。
恋人がフランスへ先に帰国して、約1ヶ月。彼の仕事が想像以上に早く決まり、住む街も決まり、わたしもすぐにフランスへ来てよし!という指令がきたわけだ。当初の予定より早いその指令に、出発に向けていろんなことがドタバタと動き出した。


具体的なものが見え出すと、物事というのは途端進むのが早くなる。「よし!結婚しようぜ!」ということになった。とはいえ、何分、「フランスで結婚」は初めてなので(結婚は初めてじゃないけどw)、どんなことをどんなふうにするのかがよくわかっていない。

で、0から調べるわけだけど、フランスでフランス人と結婚する日本人は結構いるもので、みなさん親切にご自身のブログに手続きの足取りを残して置いてくれているのだ。これには多いに助かっている。フランス大使館のHPやら在仏日本大使館のHPなんかを見るんだけど、分かりにくいので、そういう時に、先輩方のブロ グが役に立つ。ただし、情報がかなり古いものだったり、結構肝心なところで、詳しくはフランス大使館へ問い合わせを。となる。
ので、電話をしてみた、東京にあるフランス大使館へ。


もし暇人で興味がある方がいれば、ぜひこのフランス大使館へ問い合わせの電話をしてみてほしい。電話に出るのは日本人の女性なんだけど、ひとつ質問をした途端、突然、キー!となるのだ。その沸点は電話してからわずか数十秒で、何のこっちゃわからない。しかもかなり噛み砕いて質問をしてみるのだけど、質問の意図が全く通じない。ビザの質問なんてしに電話をしたわけじゃないのだが、こちらの話を遮りまくって、キーとなりすぎて、声を震わせながら(笑)「ビザの質問で大使館に電話されると迷惑なんですけど!」とお叫びになったのだ。わたしはビザではなく、法廷翻訳に関する質問の電話をしたのに。

そういえば、パリにいた時、こういう日本人女性たちがいたのを思い出した。なぜか、一部の日本女性たちは、フランス人に囲まれて暮らしていると、自分をフランス人だと勘違いして しまうのか、同胞敵視というか、かなり高飛車な態度で、というかありえないほどのヒステリーになっている人がいる。でも、なぜかこういう人たちはフランス 人相手になると感じがいいのだけど、日本人相手になると、途端、口をへの字に曲げて鬼みたいになるのだ。


結局わたしの質問はビザの質問ではないので、代表電話の受付に出た鬼の人から、ようやく領事部の人へと回されたわけだが、その女性もまだマシとはいえ、横柄な感じなので似たりよったり。一番まともだったのは、フランス人女性。片言の日本語で一生賢明答えてくれた。
知り合いのフランスで何十年も暮らしている日本人女性たちは、まったくこういう風ではない。やっぱり人によるんだけれど、なぜだろう...?猫や犬が人間に飼われていると自分のことを人間だと勘違いし出すという話はよく聞くが、そういうのに似た現象なのだろうか?


わたしもいよいよフランスで暮らす日本人になるので、次は我が身、鬼にはなるまいと気を引き締めた。その電話の出来事を祖母と、それから恋人に愚痴ると、 「多分あれだよ、その人たち半年以上セックスしてないんじゃないの?」というような意見をそれぞれ別々にいただいたww
そうか、そういうことなのか。


とはいえいつまでもクサクサしているわけにはいかない。やることは結構あるのだ。 恋人がさくさくと調べてくれるので、基本わたしはその説明を受けてGOサインを出すという係なのだが、日本のようにペロッと婚姻届けを書いて提出する、みたいな感じかと思っていたら、実際そうではないようだ。市役所で結婚手続きをしないといけないのだけど、日取りを2ヶ月前くらいから予約し、証人を立てて 親族や親しい友人の前で誓いを立てないといけない。いわば”結婚式”をしなければならないのだ。結婚式をすることなどまったく考えてなかったので、「ドレスを着るんだよ。」とさくッと彼に言われ、「え?ドレス?」となった。

実はドレスと日本語で訳してはいるが、実際のところは”robe”(ローブ)というフランス語。これは時にはドレスだし、時にはワンピースとも言えるのだ。フランスで結婚式に参列したこともないので、ドレスとひとことに言ってもどこまでのどういうものを着ればいいのかまったく見当もつかない。試しに、「フランス 結婚式」で検索してみると、日本人同士がエッフェル塔の近くなんかでメレンゲみたいなドレスを着てピースしてたりして、う~ん、全然違う。彼からもメレンゲは止めてといわれている。わたしだってメレンゲは趣味ではない。白じゃなくても淡い色のものでもいいと聞いたので、2回目の結婚なので白じゃない方がいいのかと思い、ベージュとか薄いグレーとかのドレスを見て親友に相談したら、「あんた、潔(いさぎよ)く白にしてたらいいやん、何、ちょっと2回目やからって白に色付いたみたいなん着るんよ(笑) なんなんそのアピール、そんなところで変な気使わなくていい!」と一掃されたww そっか、それでいいのか。


ドレス以外でも、招待状を作ったり、フランス人の友人に証人を頼んだり、なんかすることはいろいろある。証人になってくれるそのパリジェンヌからは、ホテルはもう予約してもいいのか、ドレスコードはあるのか、何かスピーチをしないといけないのか、プレゼントリストはあるのか、当日美容師はいるのか、なぜって爆発した髪の毛をどうにかおさめてもらわなくちゃならないから、あ、あと前もって言っておくけど、わたし当日泣いてしまうと思う...etc、質問が羅列されたメールが届いた。お菓子なんか作りながら、ふむふむとメールを読む。自覚がなかったけれど、案外わたしはのんびりしたした性格なのかもしれないななんて思いながらも、友人からのそのメールを読んでじわじわと楽しみになってきている。
心配ご無用、800人の式じゃないからオートクチュールのドレスは必要無しだとパリジェンヌには返事をし、日取りも決まり、じわじわ進行している。


飛行機のチケットもとり、思えば出発まで2ヶ月もないことに気づく。大使館や領事館とやり取りをする傍ら、終始ドレスのことが気になって気になって仕方が無いあたり、やっぱりビジュアル面からしか手をつけられない自分のクセは、なかなか直らないものだなと思う。
素敵なドレスが見つかりますように。髪を振り乱したら鬼の始まりだと自分を戒め、焦らずに準備をしていこうと思う。
というわけで、途中報告でした。

みなさんも、鬼には気をつけて、
っていうか鬼にならないように気をつけてww 愛の溢れる毎日を♡




2015年5月26日火曜日

コントラスト、洗練、秘密の花園とピザ

積み重ねられたものがその人の顔にでるってよくいうけど、ほんとに全てが表に表れてしまうと思う。新鮮な食べ物を食べていない人の顔が分かるみたいに、文化的なことに刺激されていないようなこととか見た目でわかってしまったりする。いくら皺を人工的にのばしてみたって、そういうのは滲み出ていたりする。人は1年もあれば内面も外面も驚くほどいい感じに変わることができる。1ヶ月だって変わることがある。それなのに、5年も、それ以上もたっていても、何一つ変わっていないような人だっているという事実に、最近衝撃を受けた。見た目は本当に何ひとつ変わっていない。5歳以上も年を重ねているにもかかわらず。


外見が美しいことは素敵なことだと思う。ただし、年を重ねていることそれ自体を美しく感じさせないなんて。綿密に隠そうとして、そしてバレてるなんて。まあ人それぞれ好きにしたらいいけど、そういうのはわたしの趣味ではない。なんでバレるかって、放つオーラが苦しそうなのだ。苦しそうで苦しそうで横にいると自分まで本当に息苦しくなってしまった。この最近の2年ぐらいのあいだ、自分自身を受け入れて楽しんでケラケラ笑いながら周りの世界のこととか考えたりしてっていう人たちと一緒にいることが多かったから、大阪に帰ってきて途端、苦しそうな人とか常に怒りのスイッチが入っている人とか、そういう人が多いことに本当に衝撃を受けた。受けてから、落ち込んだ。自分が退歩してしまったような気がしたのだ。
自分の言葉が通じない。もしくはその人たちが話していることの焦点がわたしにはよくわからなかったりすることがある。オカルトな表現だけど、波動が自分と全然違う。これにはまいってしまった。恋人は今フランスなので肌を触れ合えないし、それに加えてこの街のごちゃごちゃした風景にも、まったく興味が湧かない高いビルたちにも、住民投票のために市長の声が録音された電話が家にかかってくることにも、まいってしまった。まいってしまって、できるだけ人と会うことを少し避けた。フランス語のテストも控えていたので、集中してきゅうっとひとりの時間を作っていた。


で、そうしてる中で、一体なんでわたしは今また退歩してしまうんだろうって、考えてみたら、結局それは退歩でもなんでもなかった。いかにも進歩している気で、自分を奢っていたのだ。ここ何年間か、自分の考えとかもう口に出さずとも伝わったり汲んだりしてくれるそういう人たちとそういう環境で、話すことも一から話さなくても百からでよかった。だから自分はいっぱしにそういうレベルだと奢っていたのだ。だけど、全然そういうことではなかった。わたしは周りに甘えていたのだ。そういう意識の高い空気の中から放りだされると、自分の考えをうまく説明することさえできない。それはわたしが一から百の間のことを理解していないのと同じことだ。それに、退歩なんて思ってしまうこと自体、ナンセンスだ。自分の中に不足感があったのだと思い当たった。もともとあったものが露呈しただけ、もしくは反映されただけのこと。


原因がわかれば回復のタイミングはすぐやってくるものだ。
そんなひとり悶々としていた時に、8年ぶりにこっちに住むブラジル人の友人から連絡が来て、久しぶりに会って、彼の楽しそうなオーラの変わりなさに、それから考えていることとか話が普通に通じたことにパッと救われた。8年ぶりのくせにパッと合ってパッと話が合うなんてイカす。彼は8年前からもずっと変わらず魂に沿うような芸術活動を続けてきていて、そういえば出会った時なんてわたしは彼の作品を全然理解していなかったし、理解しようともしていなかった。今はなぜ彼がそれを続けているのか、続けていられるのかの末端に少しは触れられるようになった気がする。
陰影は光が作り出すのだ。コントラストを持ってしか理解を深められない自分は、まだまだだなとひとりごちる。
それから、隠れ家みたいにイカした美味しいピッツァリアがあるよって連れていってもらった店の雰囲気が、とってもわたしの好みで、福岡でもそうだったけど、またわたしはここでもお気に入りのピッツァリアができてしまった。嬉しい。


それにしても、一体何がわたしの好みじゃないんだろうって、そういえばきちんと言葉にして考えたことがなかった。これは問題だ。自分の苦手なものもきちんと知っておいたほうがいい。考えてみるとたくさんあるけれど、目をそらしたくなってしまうようなわたしの苦手なことは”無知で悪趣味なセンス”だ。これはもう全く好みじゃない。自覚の無い厚化粧とか、むやみに大声を出すこととか、物質的な話しかしないこととか、ビジネスビジネスってやたらめったら口にすることとか、それでいてケチなこととか、服の色合せが悪いこととか、TVとかネットのまとめ記事だけ信じて話題にすることとか、さして意味もない意地悪とか、たくさんあるけど、そういうことを目の当たりにすると、どうも目をそらしてしまう。なんか気まずくなってそっとおいとましてしまう。
まあこういうこと考えてること自体が悪趣味なことなんだけどw


それから、考える。洗って練って何度も何度も、浸して干して何度も何度も、折って畳んで何度も何度も、丸めて破って何度も何度も、ぐちゃぐちゃにしてってそんなふうに。何のことかって、”洗練”のこと。
想像を超えるヨギも、想像を超える作品を作る芸術家も、うっとりするようなエレガントな女性も、”洗練”に通じる同じような何かを持っていると感じるのだ。考えてもわからないから放っておくんだけど、それでもずっと気になっている。いつかそういうものに触れることができるときがくるのだろうか?

なんてこういうとりとめもないことに身を浸していられるのも、家族の中でぬくぬくといい時間を過ごさせてもらっていることと、暇ってことだw というわけで、もう少しの間このとりとめのない研究を進めようと思う。
孤独な時間にしか見つけることができない、秘密の花園。贅沢なこと。





2015年5月7日木曜日

月とアーモンドの隙間

恋人を関空から見送ったあと、ひとり帰りの快速列車に乗っていると、車窓からアーモンドみたいな月が見えた。ただただぼおっとその月のかたちを目でなぞっていると、突如不思議な感覚に包まれた。時間とか空間が滲んできて、それは日が昇ったり沈んだりするみたいにさも当たり前かのようにして、現実ともうひとつの現実が重なったりずれたりする、その間をゆらゆら漂う感覚。またこの感覚だ。


そして、その快速電車の夜からわたしの身体の感覚が少し変わった。なんというか、身体のどこか一部分が、皮膚もなく生の身体がさらされているような、もしくは身体全体の表面の皮膚が一枚ぺろりと剥がれてしまったような感覚。特別嫌な感覚ではない。ただいろんな外からの刺激が皮一枚分自分の身体にダイレクトに届いてしまうのだ。刺激を受けて、すぐに反応が起こる。それは痛いとか熱いとか嬉しいとか悲しいとかとはまったく関係なく、反射的にボロボロと涙が出る、 そんな類の反応。涙がいつでも惜しみなく出るようにとセットされているような、そんな感じ。
空がくっきりと晴れた日差しの強い朝に自転車を漕ぐ。坂を登ったあと、平らな道が続き、ペダルを少しゆるめて街路樹の木陰に入る。生い茂る葉の影の下で景色の色のトーンと温度が少し下がる。サドルを握った自分の手もペダルを漕ぐ太腿も、街路樹の陰の中にまるごと包まれて身体が街路樹に一体になっているような錯覚に落ちる。その瞬間ふわりと風が吹き、 すっと身体を冷やす。そんな時、予期せずボロボロと涙が出る。そんな感じ。それは反応なので、あ!と思ったときにはもう遅い。きっとコントロールすることもできるんだろうけれど、まだこの身体の感覚に慣れていないので、まだうまくできない。思うようにスイッチのオン・オフで切り替えることができたら便利だ ろうなとは思うけれど。まあとくに今は、この反応をあまりコントロールしようとは思っていない。この不思議な身体の感覚を他人ごとのように楽しんでいる。


そういえば、最近改めていいなあと思ったフランス語の表現がある。
”Tu me manque.” 
直訳すると、「君(あなた)が私に欠けている」
英語では”I miss you.”と表現するらしい、つまり「私は君(あなた)がいなくて寂しい。」っていうことを表す言い回し。英語は”私”が主語になる。でもフランス語では相手”君”が主語になる。
「君の不在が私を寂しくさせる。」
綺麗な表現だなと思う。いちいちまどろっこしいと思う人もいるだろうけど(笑)、わたしはいいと思う。
というわけでちょいちょいノロケ。 先に彼がフランスへ帰国しているので、まあそういうふうにスカイプなんかでちちくりあっているわけだけれども、この期間はお互いにとってとても大事な繋ぎ目の時間なんだろうなと思う。とりあえず何ヶ月間か、彼がわたしに欠けている。
そういえば親友とも離れてしまい、彼女ともちちくりあっているので、わたしは今なんだかんだ大事な人たちとちちくりあうのに忙しいのだ。


でもこの空いた時間に、この場所で、この不思議な感覚の身体でいるのもまた特別なことなのだろう。今までわたしは周りに与えられ続けてきたけれど、もしかしたら自分も周りに何かを与えられる、少なくとも与えられたものを分けることができるように少しはなっているかもしれないなんて、考えだしている。周りの人がしているかたちと同じようにはどうしてもうまくできないのだけど、それはそれで自分なりでいいじゃないかと思えるようにもなってきた。
例えば特別なことは何もしないで家の中でいると、突如とてつもなく不安になったりする。自分だけ何も進んでいないように感じて、自分が何かから取り残されて いるような気分になる。そんなときすぐに外に飛び出すのもいいんだけど、一度自分に問うてみる。不安のもとは何か?本当にそれは不安になるべきものなの か?少しずつたぐり寄せていく。たいてい不安の正体はいつも同じ。最近そういうときには、焦らずに、大丈夫。全部よくなるようになっていると、ぐっと腹の下に温かい力をためられるようになってきた。年をとって楽観的になっているせいもあるかもしれないが、少しずつそういうことができるようになってきた。自分にこれから起こることを自分自身で選びとって受け入れる。それから日々の小さくてそれでいて見逃したらもったいないとろりとした甘露みたいなものを楽しむ。満ちたり欠けたりする自分を甘受する。体を愛して旅をする。わたしの何かの感覚を使って、そういう秘訣を少しずつ周りの人たちに分けていければいいなと思う。

月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。

満ちているように感じたり欠けているように感じたり、みなさん、愛しい日々の連続を♡






2015年4月16日木曜日

最近の選択ごと、ベジタリアン

何から書き始めればよいだろうか...最近いろんなことが動き出して、考えもいろいろなことにおよんで書きたいことが多すぎる...う~ん、どうせ収拾がつかなくなるのがオチなのだから、それなら初めからまとめようなんて思わずにとりとめもなく記すことにしよう。

福岡を今月末に発つ。実家がある大阪に数ヶ月滞在し、それからフランスへ住みかを移す。それを話すと時々人からは、「大きな決断だね。」とか「不安もあるでしょうが、」とかそういうことを言われたりするけれど、実は大きな決断をしたとかそういう実感があまりないし、不安も実はほとんどない。おそらく脳天気なのだろうけれど、感覚のまま方向転換をしながら流れにそのままそって浮かんでいるような感じなので、自分の中で選択したという感覚がない。まあなにか問題があればその都度クリアにしていくわけだけど。


それと同じように流れる感覚で自然に行き着いた最近の選択のもうひとつに、ベジタリアンとして暮らしていくとを決めたことがある。大学時代、一度ベジタリアンになろうと思ったことがあるが、知識も浅く意識もふわふわと軽いままで長続きはしなかった。でもその頃からずーっと意識のすみにベジタリアンへの興味を持ち続けていた。
昔から食べ物を味わうことが大好きで、お腹が膨れればそれでよしとするタイプではない。食わず嫌いとかわたしの中にはなく、食べたことないものは食べてみたい!と、こと食べ物に関してはよく言えば好奇心旺盛で、まあつまり食い意地が張っているのだ。もともと小さい頃はあまり肉が好きではなく魚が大好物だったけどワインやらお酒を楽しめるようになってからは、もうどしどし肉も食べた。得意ではなかったけれど、フォアグラも鳩も蛙も食べた。

 
でもこの1、2年くらいでゆっくりといろいろなことへの意識が変わり、少しずつベジタリアンへの興味が強くなってきていた。それで、住む場所をフランスへ移すと決めたとき、フランスへ引っ越したらベジタリアンになろうと決めた。なぜフランスへ行ってからなのか、なぜ今からじゃだめなのかというと、日本ではベジタリアンとして生活するのはむずかしいと思ったからだ。いろんなところに動物由来のゼラチンが多く使われているし、魚のダシが使われているし、とくに九州は美味しい魚の誘惑が多いから(笑)w  しかも日本の野菜や果物は種類も少ないし、値段が高い。それに、集団意識の強い日本の社会の中で、菜食主義を貫くのはけっこうむずかしいのではないかと思っていたからだ。そんなときに、ベジタリアンの友人と一緒に食事に行くことになった。聞けば彼女は15年以上も日本で菜食の生活をしている人。日本で菜食を続けるのは、そんなに神経質にならずに自分のできる範囲で選択していけば、全然むずかしくないよと、鈴のようにコロコロと笑いながら話す彼女に、わたしのこわばっていた意識がホロホロとくずれていった。そっか、自然にできることをすればいいだけだ、外で食べるものも自分で臨機応変に選択すればいいんだ。
というわけで、なにもフランスへ住んでからではなく、今からできるじゃないかと、1、2ヶ月くらい前からゆるゆるとベジタリアンの生活を始めた。栄養のことを考えて、わたしは卵や乳製品を食べるので、ラクト・オボ・ベジタリアンに分類される。
とはいえ、まだ外食などで完全にはやはりむずかしく少しずつ取り入れていくつもりなので、今のところ、誘われた外食で肉や魚が出た場合は食べることもある。



なんでベジタリアンに?と聞かれると、いろんな理由が合わさり重なりあっているんだけれど、一番は感覚的なところが大きい。世界と関わる方法として、自分の体と心の感覚が密接に関わる食の領域から始めてみようとなんとなく自然にそう思ったのだ。変な宗教にでも入信したんじゃないの?と言われそうなものだけど、わたしは生まれた時から自分宗教に没頭していて、もちろん今も抜け出せないでいるw 自分宗教の信者としては、または教祖しては、わたしには菜食主義が合っているというお告げに従い、ベジタリアンになることを決めた。マクロビはわたしにはきっと合わないし、ヴィーガンになるにはわたしの性格は厳格じゃなさすぎるので、自分の考えられる範囲で、自分の体を通して少しずつ世界に関わっていこうと思う。とはいえ、今まで栄養のことなんてほんとなんにも気にしていなかったので、いろいろと研究を重ねなければならない。今ネットで話題の”菜食を止めた理由”を書いている人のブログとか読んだりww 多分菜食になったことで多少の健康を害す人はいるだろうし、必ずしもいい面ばっかりじゃないだろうと思うので、何が自分に合っているのかを自分の体と心に聞きながらゆっくりすすめていけたらと思っている。

何かを口に入れ、それを飲み込む。ただ単純なことだけど、それが自分の体と心に作用し、自分の肌を薄く覆うものを色づけ、そしてその外側にあるものに反映する。その口に入れた何かは一体何なのか、どんな旅をしてきたのか、誰から託されたものなのか、そういうものがすべて自分の内と外の境界に溶け込む。もう一度この感覚を大事にしてみたい。

 

で、生活をし始めたわけだけど。もともと野菜やら豆やらは大好物だし、そういうものでいろいろ料理を作るのがやってみるとハマるというか、楽しいのだ。もともとハーブやらスパイス好きというのもあって、料理をするのが楽で楽しい。ベジタリアンになったからといって、食い意地は相変わらず張っている。もともと白砂糖は使っていなかったけれど、使う糖類も変えてお菓子なんかを作ってみると、あら不思議、今まで前職場のストレスでチョコレート中毒だったのが、さらりとなくなった。っていうかこれは仕事を止めてストレスがないからかもしれないけどw


この2年間くらいで、今まで当たり前だと信じて、というかハナから疑いもしなかったことが、実はまったく当たり前ではなく、それが当たり前だと知らず知らずのうちに信じ込んでいた、という事実を知ることが次々とでてきた。当たり前だと信じられていることは誰かの考えなだけで、自分の考えではない。いろんなことを鵜呑みにするのではなく、一回自分で考えてみる。疑ってみる。感じ直してみる。わたしには肉も魚もTVも必要じゃないし、きっといつでもどこでも人とネット上でつながったりワンプッシュで誰かと話したりすることも本当は必要ではないだろうと思っている。あんなに昔はドラキュラ?というかこうもり?みたいな生活をしていたけれど、今はアルコールも時々人と楽しむ程度でいいし、あんなに高いお洋服もとくにそんなに必要ではない。だからといって、ベジタリアンになったから、何も山奥の千人のような生活をするわけではない。ヒールを履いてお洒落をしたり、人とご飯を食べに行ったりすることが好きなのはなんにも変わらない。浮世離れをしたいのではなく、今の生活で少し世界との関わり方を変えてみるだけだ。でもくれぐれもBoBoにだけはならないように気をつけようww

それにしても、自分自身で世界の彩りを選ぶということは、なんてわくわくすることなのだろうか...体の感覚と心の音と周りの世界を大事にすればいい。ただただそれだけのこと♡


最近はまっているロースウィーツづくり
 

2015年3月4日水曜日

ナルシズムロマンチシズム、快楽のティラミス

もうすぐここ、福岡を離れる。2010年の11月末からだから、4年と少し。いろんなことをこの街でしたなと思う。サロン・デトワールのパーティイベントだとか、フランス語の教室だとか、離婚だとか。4年なんてあっという間で、短い間なのに濃密な時間だった。本当にいろんな人と知り合いになって、その中の何人かとは、ぐっと掘り下げて話ができるようになった。そしてここで出会った人と一緒に次の場所へ行くことを決めた。


で、 この間ふと思ったのだ。わたしはここでは、やっぱり初めから最後まで”外人”だったなあと。もちろんその”外人”の立ち位置を選択したのは自分だ。初めはとくに意識していたわけではなかったけれど、”あ、わたし外人なんだ”と気づいてからは、それを楽しむようになった。時々はここの人たちがグループになっている雰囲気をいいなあと思ったことはあったけれど、もともとわたしは子供の頃からグループの中に長くいることが苦手なので、やっぱりそれはあきらめて、外人でいることを楽しんだ。そんな風に居ると、本当にこの福岡の街は居心地がよく最高に住み易い場所だった。

で、そんな”外人”とぐっと仲良くしてくれるのは、同じ外人性質のタイプの人か、生粋の地の人にもかかわらず”外人”を追い求め、群れることが苦手な一種の変わり者(笑)のどちらか。この約4年の中でできたぐっといろんなことを掘り下げて話せる数少ない友人たちは、そうやってみると、このどちらかしかいないと気づいたのだ。

 
で、この変わり者の人たちを密かに観察してみると(笑)、全員ある種類の”かっこつけ”なのだと気づいた。ここが彼らの、多分わたしが一番気に入っているところであり、共通点だ。この人たち群れることが苦手なので、この”かっこつけ”というのは、もちろんひとりかっこつけ。周りの人たちにとってはどーでもいい、いわばちょっと神経症的なネクラかっこつけの種類。セレクトショップの店頭に立つ店員のようなばっちり決めたかっこつけの種類ではないし、あそこの人たち格好いいよね的なグループかっこいいでもない。その”かっこつけ”を不特定多数と共有する趣味は持っていない。時には恋人や近しい人にも見せたくない、言いたくない、バレたくない類の”かっこつけ”。これは、どこまで行ってもあくまでも”かっこつけ”なのであって、”隠れてする努力”というものでは決してない。(元来、この種の人たちは努力することを毛嫌いしている人も多い気がするw)

それは、脳内だけで完璧に味わえることが分かっているくせにちょっとだけ外に出したい、ちょっとだけ誰かと分かち合いたい、だけど誰にもコメントとかされたくない的なナルシズムとロマンチシズムが混じり合った突発的な涙みたいなもの。心の底からうっとりするためのもの。例えば恋人と使ったオモチャの電池は見えないところでそっと抜きたい、そんな類。ライブのステージで、曲と曲の間におもむろに香水を手首につける、そんな類。そんな類の”かっこつけ”。まあわたしはライブもしないし、オモチャも使わないけどw わたしたちはその”かっこつけ”がとてもひとりよがりで孤独であることを知っている。
お互いに”かっこつけ”を認め合い慰め合い馬鹿にし合う。恋人とは違う意味でロマンチックな夜を共有できる間柄。


この愛すべき”かっこつけ”の友人たちとは離れがたいけれど、それもまあしかたがない。あと1ヶ月と少しでここを発つ。またわたしは”外人”と呼ばれる場所で生きていくことになる。
ここで出会った友人たちとロマンチックな夜をまたどこかで過ごせたらいいなと思う。


そんな愛すべき友人の一人と夜、新ガエタノで食事。ここのティラミスが美味しすぎた。とろりと溶けたりカリカリしたりぐんにゃりしたりと欲張りなのだ。あまりの美味しさにわたしとその友人はふたりとも瞬時に、分け合うことを拒否し、丸々一個を独り占めしたくなり過ぎてもうひとつお代わりした。快楽はどこまでいってもエゴイスティックだ。
それにしてもあのティラミス、あともう1回は最低でも食べたいので、センチメンタルになるのはさくっと止めて、福岡にはまだあと1ヶ月居れるんだと、貪欲に過ごすことにする。そうしたらまたあのティラミスを食べることができる。



イラストはセビリア生まれのアーティスト Adara Sánchez Auguiano
http://adarasanchez.tumblr.com/