2015年8月6日木曜日

フランス、生活の始まり

フランスに着いてちょうど一週間ぐらい。前に住んでいたので、日本とフランス間のカルチャーショックになることはあまりないのだけど、今回は南仏。Parisと南仏の違いに驚くことが多々ある。

何が全く違うかというと、まず気候。Parisは灰色の曇り空、ときどき空が青い日があると嬉しくてしょうがなくて人々はカフェのテラスで日光浴にいそしむ。夏でも涼しい過ごしやすい日がほとんど。今年は30度を超える日があったみたいだけど。でも、ここ南仏は一言でいうと、”ピーカン”の空がほぼ毎日。

最初に到着した街はマルセイユという港街で、彼のお母さんが住んでいる。マルセイユというとちょっとガラが悪い街というイメージがあったのだけど(よく日本の街では大阪に似ていると言われる。そして、けっこう言い得ていると思う。)、想像を反して自然もたくさんあってカラっとした綺麗な素敵な街だった。マルセイユはミストラルという乾燥した冷たい風が吹くので、本当に街は湿気がほとんど感じられない。この風のせいで雲がなくて滞在中ほんとに毎日ピーカン。30度以上の日が続くのにあのじとーっとした汗はかかないのだ。風が乾いてひやっと冷たいので夕方にはノースリーブだと肌寒く感じることもある。マルセイユは3日間の滞在。

彼のお母さんはサラダのドレッシングにいつも醤油を使う。そして、醤油のことをTAMARI(タマリ)という(笑) 昔はラベルにTAMRIと書いて売っているのが定番だったらしく、けっこう醤油をこう言うフランス人がたくさんいることを初めて知った。ちなみに味は普通の醤油。たまり醤油ではない。


彼のバカンスも終わったので、彼の職場があるVillefranche-sur-Mer(ヴィルフロンシュ スューメール)というNice(ニース)の近くにある小さな町に移動。ここは、わたしはまったく知らなかったけど、観光地としては有名なところみたいで、小さな町だけどバカンスを満喫している人がたくさんいる。ここはマルセイユに比べて、ミストラルがないせいで湿気が少しある。
今滞在しているアパートは彼の職場が探してくれたワンルームで、ふたりではやっぱり何かと手狭なので今新しいいアパートをNiceで探している。小さくて狭くてキッチンも独り暮らし用のどうにも使いづらいものだし、アパートがかなり丘の上にあるので、ちょっと買い物をしようとすると広場まで15分くらい続く長い長い階段を降りていかなければならない。もちろん、帰りは反対に荷物を持って15分階段を登り続けるのだ。なんとも不便!!それでもとってもいいところもある。それは、アパート住人専用の屋外プライベートプールが建物に隣接されていること。日中はみんな働いているのか誰も泳いでいないので、ひとり占めできるのだ。あまりにも気持ちよすぎるので毎朝プールで泳ぐのが日課になってしまった。おかげでたちまち日焼けしている。このままだと結婚式には真っ黒になる。


コートダジュールの青を体感できる街

で、だいぶの楽しみだった野菜と果物だけど、やっぱり美味しい。同じ野菜でも色も味もギュッと濃くて、簡単にサラダにして生で塩と胡椒だけで、ボリボリカリカリクサクサ食べるのでも本当に満足する。遠くから船で運ばれた果物だけじゃなくて、地元の旬の生の果物を食べたい!というのは日本で渇望していたことだったので、それが実現できてこの上なく嬉しい。それを毎日できることに感謝しようと思う。ビオ(オーガニックのことをフランスではこういう。)のお店も豊富なので、いろいろと目新しいものが増えていて楽しい。実験を重ねようと思う。




フランスでこれから使う新しい携帯を恋人が用意してくれた。わたしの携帯の電話帳には、彼や彼の家族を入れて親しい人の登録は10人にも満たない。なんかシンプルで悪くないなと思う。パリやボルドーには友達たちがいるけれど、この街には恋人以外誰ひとりと知り合いがいない。こんな風に恋人以外誰ひとりと知り合いがいない街で暮らすのは、そういえばわたしの人生これが3度目だ。その度に親しくなる友達ができて、自分もいろいろ変わっていく。
ちょっと1週間いたぐらいで、たとえば今までと着る服が変わったり、食べるものが変わったりするので、そこから体の外身も中身も変わってどんどんどんどん物の見方や価値観も変わっていくんだろうな~と思う。楽しみだ。



毎日暑くて干からびそうになるけれど、みなさんも愛しい日々の連続を




2015年7月23日木曜日

内側の色彩-フランスへ出発

ボロボロ目から涙が次から次へとこぼれて、どうすることもできなかった。それは号泣というのではない。すすり泣きでもない。ただ体が涙を発生させるような感じで、そこに自分のどんな感情が動いているのか分からなかった。なぜ泣いているのだろうかと、頭では冷静に疑問を抱いていたけれど、涙を止めようという気は起こらず、しばらくただただその状態に身を置いていた。

他人に起きた出来事を知って、涙を出す。
そこに物語、例えば感動秘話や悲劇などの心を震わせるストーリーがあるわけではなく、ただただその出来事、事実のみを知っただけというとき。嬉しい出来事なのか悲しい出来事なのか、よくわからず判断ができない。そしてその出来事は他人の人生のもので、自分には関係がない。それなのに、涙が出る。わたしには生まれて初めての経験だった。

それは、その人の”ため”に泣く、その人を思って泣く、という類のものではなかったし、自分がその人だったらと想像して泣くというものでもなかった。その出来事がわたしにとって悲しいわけでも嬉しいわけでも、ましてやそれに感動したわけでもなかった。もともとわたしは他人に干渉するのもされるのも面倒臭いし、他人の出来事にいちいち一喜一憂するほうではない。
やっと涙もおさまり、なんでわたしは泣いたのだろうかと考えてみた。限りなく客観的に観察しようと試みた。それができたのかどうかはわからないけれど、ひとつ思い当たった。それは、「その人自身がその出来事をどんな風に感じて、どんな風に受け止めているのか、どんな感情の中にいるのか、それが全く想像できない、わからない。」からだった。
わたしの身体が涙を流した理由はそれだった。


いくら考えても想像しようとしてもその人の感情はどういうものかわからないし、自分がそれでなぜ涙を流したのかもわからないので、生まれて初めて「考えるのを止める」ということを意識的に努めた。わたしは今まで、寝ることで考えを中断させることはあっても、「考えるのを止める」ということはしたことがなかったのだ。うまいやり方がわからないので、思考をフランスの生活の方向へ持っていく。
フランスへの出発はもう真近。


もともとけっこう単純なので、フランス生活のワクワク感に思考は持っていかれ、この方法は案外うまくいった。

フランスでは日本で食べられなかった野菜や果物が食べられること、野菜や果物は日本よりも安く買える、ってのがあるので、嬉しい。豆腐や納豆が食べられない(あるけど、まずい)のは多いに残念だけど、たくさん野菜や果物を食べられるということが楽しみでしょうがない。食い意地がはっているのだ。




どんどん思考をフランスでいっぱいにする。

作ってみたい料理やデザートなんか調べ出すと、楽しくてしょうがない。ブルーベリーやラズベリー、カシスなんかのベリー類もたくさんあるので、それを使ったデザートもふんだんに作れるし、ハーブやスパイスもたくさんあるので、ここはちょっと本格的に南インド料理の研究に力を入れてみようかなんて考えている。果物や野菜はそれだけで色とりどりで美味しいので、生のまま飾るだけでも美しいし、それだけで美味しい。



 
一方で、この3ヶ月間実家で母と祖母が作る和食の家庭料理を食べてきて、和食の美味しさや工夫なんかを毎日目の当たりにして、この日本文化もわたしは大切にしようと思い直した。わたしがベジタリアンで基本はかつお出しもとらないので、祖母と母は、わたしには味噌汁ではなくとろろ昆布のお吸い物を作ってくれたり、野菜でステーキもどきを作ってくれたり、ちらし寿司の寿司酢をブラウンシュガーで作ってくれたりと、いろいろと工夫を重ねてはほぼ毎日菜食の和食を作ってくれた。それで、家庭の和食の彩りも改めていいなと思った。 とろろ昆布のお吸い物なんて、見た目の色が笑うくらいどよんと暗い灰色のグラデーションだし(笑)、母が立てる抹茶の色には単色が持つ清さに背筋が伸びる。祖母の作るちらし寿司の色彩を食したあとで、アメリカだかのヴィーガンの若い人が作った、果物を具として巻いた、ピンクや青に色がついたお米のMAKI-ZUSHIの画像なんかを見て、わたしは祖母が作る和食の落ち着いた色彩感覚もきちんと忘れないでいよう、お米を青色にするのは止めようと心に決めた(笑)
コントラストを持ってしか、その大切さを再認識できない癖はまだまだ直らなさそうだ。




ずっと同じかたちで文化を継承していくのは並大抵のことではないけれど、だからと言って歴史があるいい文化をないがしろにしたり、消滅させたりするのはとても悲しい。ひとつひとつが持つ文化にも興味と敬意を持って、それと同時にいろいろミックスする楽しみをつき進めていけたらなと思う。

ここまで考えてきたあたりで、泣いたあとの身体の反応は落ち着きを取り戻してきた。


落ち着いたけれど、油断すると、またその人の感情を想像しようとしてしまうので、思考をもっともっと心地よい方へ加速させる。
そうそう、ワクワクといえば食べることについてもそうだけど、この3ヶ月間の大阪暮らしのせいなのか、久しぶりに洋服のコーディネートも、色で遊ぶ勘が戻ってきた。昔みたいな色キ○ガイにはならないけれど、色や柄を足したり引いたりする感覚はやっぱり楽しい。

派手すぎると写真をとられた↓
これでも昔より100倍マシだし、派手ではないと思うw



いよいよ日本を発つ。
というわけで、この出発ぎりぎりのところで、また自分の知らなかった身体の反応を知った。今までわたしは、ストーリーに感動したり悲しんだりしたとしても、どこかでいつも冷静で、他人の感情なんて心底想像しようとしたりしたことなんて、本当はおそらくなかった。
...今のわたしはそんなにも他人を理解したくなったのだろうか?

恋人に今回の一連の自分の身体の反応を話した。彼はわたしに言った。
「わからないなら、無理して想像しようとしなくていいよ。その人に素直に聞いてみたらいい。君にとってその人は関係のない他人ではなくて、君はその人を大切に思っているんだよ。だから少しだけ混乱しているんじゃないかな。」

そうだった、わたしはその人のことを大切に思っているんだった。
その人に聞いてみよう。その人がどんな感情の中にいようと、わたしはその人を応援できる自信はある。そうだった。



自分の内側を見つめようとすると、日々いろんなことを発見する。
外側に求めずとも、そこは光と色彩に溢れている。その織り出される彩りに感動し、涙がでることさえある。

これからフランスの生活の中で、ゆっくりでいいから、わたしの身体、心、感覚、感受性を通してできる何かを見つけたいと思う。まだまだ模索中で、かたちになるまで時間がかかるかもしれないけれど、それが愛につながる何かになればいいなと願う。

何かの終わりと豊かなサイクルが始まるのは同じ変化の中にある。光が重なって眩しすぎて目を閉じたくなるけど、それを闇のように錯覚してしまうけれど、その光の中にこわばった身体を解放すると、実はなんともいえない柔らかな何かが自分を包んでいる。

みなさんも、それぞれの色彩で彩られる愛しい日々の連続を♡
それでは今度はフランスから~
À bientôt!








2015年7月16日木曜日

チャイを飲む

最近、大阪に帰ってきて久しぶりに、高校の頃から仲がいい男友達ふたりとチャイをすすった。昔から変わらず、気楽にぐだぐだ喋りながら。


そういえば、昔から好きなことがある。それは、気のおけない男友達とチャイを飲むこと。
誰と飲んだって美味しいチャイはもちろん美味しいのだけど、なぜか個人的にチャイは気楽な男友達と飲むのが一番な気がするのだ。学生の頃アルバイトしていたチャイ屋で、一緒に働いていた男の友人が鍋から泡立たせながらグラスに注ぎ込んで、「はいよ~」なんていって、休憩中に出してくれたスパイス入りの濃いチャイがなんとも美味しかったこととか、ずーっとなんだかんだ仲のいい男友達とチャイを飲みながらとりとめもなく旅行やら音楽や絵やらの話をぐだぐだしていたこととか、そういう超個人的な思い入れ以外のなんでもなく根拠がないことなのだけど、そういうイメージがある。大阪には美味しいチャイを出すお店が昔から本当に多くて、だいたいそういう店のオーナーが男だったりすることも関係しているのかもしれない。
(いや、単に、チャイにはぐだぐだ話が合うだけのことかもしれない...なんてw)
これが恋人となると、出されたチャイよりもその時間の方が濃さを持つし、女友達とならチャイじゃなくてもお茶でもコーヒーでもそんなのどうでもいいわけで、話がはずむ。とにかく、色恋ざたが全くない男友達とチャイを飲むバランスがなんともいいのだ。


カルダモン、シナモン、ジンジャー、ナツメグ、クローブ、時々黒胡椒を挽いてみたり...
プレーンチャイもいいけれど、せっかくなら少し甘めのマサラチャイを。
インドのコルカタの方では、数本のサフランをパラパラと振りかける”サフランチャイ”というものがあるらしい。飲んでみたすぎる!!なんともいえない気品あふれる芳香なんじゃないかしらと、よし、フランスに引越ししたらこれをぜひ作ってみようなんて目論んでいる。気楽な男友達ができるのかどうかはこの際置いといて。


7月に入って会いたかった友達にも会えたり、やっと大阪の生活に慣れ始めたけれど、思えば出発まであと約10日。「お前あいかわらずあほやな~」なんて言われて笑いながら心地よさを感じるわたしは、ここにきて大阪人であることを少し嬉しく思えるようになったことに気づいた。
地元が好きだったり苦手になったり、やっぱりいいなと思ったり。
時にはゆったりチャイを楽しむ素敵な午後を♡






2015年7月2日木曜日

アンバランスないいわけ

6月末、フランス語のテストが終わった途端、雲が切れたみたいにパッと、わたしの世界の空は明るくなった(笑)自分でもなんて単純なのかと思うぐらい、見るもの聞くもの嗅ぐものすっかり曇りがなくなりすきっと爽やかに見えるきらめきの世界だ。

実は、大阪に帰ってきてからぐるぐるといろんなことを考えすぎて、梅雨の真っ只中、しかもフランス語のテストを控え、なんだか気持ちが暗ーく、暗ーく、辛気臭くなっていた。
物欲の塊みたいになってぬり壁みたいな顔になってしまっている人とか、精神世界に生きているように見えて、物事の本質を探究せずにただの無知で明るいだけの子供みたいな顔で暮らしている人とか、そういう風なところばっかりに目がいってしまって、こんなにも周りの世界は目を背けたくなることばかりなのかと、勝手に息苦しくなっていた。


でも、実はそういう事柄は全部わたしの中に存在する、もしくは存在していて、その事実から必死で目をそらそうとしていたのだ。そういう自分の愚かさを棚に上げて、自分の考えをさも雄弁に語ろうとしていた自分に気づいた。気づかない間に、善意に隠された欲望がむくむくと育っていたのだ。きゃおッ、なんて恥ずかしい!
生活にいい物を取り入れるために遠い外国のものばかりに高いお金を払うこととか、自分の本当に求めているものが何かわからないために見栄と物ばっかりで埋め尽くしていることとか、一緒に生活している人と価値観のすり合わせができないこととか、子供をTVやゲーム漬け、砂糖漬けにしていることとか、友情関係をビジネス関係にすり変えてしまっている人とか、スマホ中毒とか、公共の場に出没する変な現代アートとか、悲観的なものばかりに囲まれてもういやだ閉じこもりたい!なんて風に、自分がカラカラと干からびていきそうで、”辛気臭い人”にどっぷり浸かりきるぎりぎりのところで、パッと気づいた。

気づけたのは、無事テストが終わり脱力して、ふと、去年わたしはどんなことを考えていたのだろうかと気になって、自分がこのブログに書いていたちょうど1年前の6月の文章を読み返したことに あった。あれだけイヤだイヤだ、としつこく書いていた”○○臭い人”に、今、自分がなっていたことに気づいたのだ(笑) (詳細は”潜んだ欲望と、変な顔”へ)
ひゃー!ミイラ取りがミイラになるって、このことかしら!という風に。


で、この辛気臭さから脱却するためにとっさに本能からか救いを求めた先が、宗教でも、占いでもましてや電話相談でもなく(笑)、それはファッションの本の中にいる素敵な女性たちだった。エレガントにお洋服を着こなすマダムや、刺激的なコーディネートで楽しむ同じ世代くらいの女性たちの佇まいが、辛気臭くなってかちんこちんに固まっていたわたしの頭と心に柔らかく水をかけた。みるみるうちに癒されていった。過去恋人たちに何回もバイと疑われただけのことはある、わたしはやっぱり素敵な女性が好きなのだ、やっぱりもうメロメロ(笑)

で、同時に改めて気づいた。もう昔みたいに服を買い漁ったり、所有し過ぎたりすることにはまったく興味はないけど、洋服を着ることで一層引き立つある種の美しさとは何か、それがやっぱり気になって気になってしょうがないのだ。何を今さらと言われるに決まっているけど、わたしはやっぱりファッションが大好きで、どうしても素敵な女性たちに惹かれてしまう。物質に精神を埋め尽くされることを拒否しているくせに、消費社会のファッションの世界とどう関わっていくのか、なぜだかわからないけどおそらくこれはアンバランスで矛盾だらけのわたしのこれからの課題になりそうな気がする。
癒されるはずが、別の乾きを求める始まりになってしまったw


とにかく、”○○臭い”からの脱却に、何が必要だったって、自分のアンバランスさを再認識することだったと思う。どれだけ自分はバランスがいいなんて奢っているか、それに気づいたら、なんともいえない恥ずかしさで穴にもぐりたくなる(笑)わたしはやっぱりまだまだ矛盾だらけで頭でっかちでアンバランスだ。願わくばバランスのよい感じになりたいけれど、なかなかそう簡単に矯正はできない。ので、気長に行くしかない。

でも、こうも思う。このアンバランスさは、見方によっては自分の何か大切なものにつながっているのではないかと。アンバランスさによってバランスをとっている、なんともややこしくて且つ精妙なものなんじゃないのかと。複雑さは女の人の魅力だよと恋人がなぐさめてくれたことがあったけど、アンバランスさも個性になりえるのかもしれない。自己表現なんてどこまでもナルシストで自己中心的な行為なのに、それが自分を支えている。わたしは、バラバラと気になるものや好きなものが多すぎて、いっそ全部飲み込んでしまいたい衝動にいつもかられている(笑)
さっそく、結婚前にこれだけは再度伝えておかなければいけないと、恋人にスカイプで「というわけで、やっぱりわたしは洋服が大好きで、それから矛盾を抱えていてアンバランスなのだ」ということを堂々と宣言したわけだが、彼は苦笑して、「何をいまさら。今は矛盾に思うかもしれないけど、あとあと必ず君の中でつながっていくよ。まあ、その宣言は昔から何度も聞いているけどね」と、同じ話を何度も繰り返す老婆扱いされた。


曇りが晴れたついでに、そのファッションの本たちをパラパラと読んでいて、なぜかすとんと気づいたことがある。それは、「何かひとつの方法でしか物事の本質を追求できないということはない。」ということ。これはわたしの恋人が何度もわたしに言っていることだけど、この意味がようやく腑におちた。例えば悟りを開く唯一の道は、ヨガをすることだけでもないし、カトリック信者として一生をおくることだけではない。すぐにわたしたちは、自分の道だけが正しいと思ってしまいがちだけど、何を持って本質を追求するか、それは人それぞれに道がある。


 
とういうわけで、洋服の色合わせなんて考えているとやっぱりなんともワクワクしてしまう。文章を書いているとワクワクが止まらなくなる。辛気臭さを払拭するには、やっぱりワクワクすることが必要なのだ。瞑想しながらこのワクワクに引っ張られてはムヒヒとなってしまう。
そんなことでひとりムニムニしていたら、美しさについて、ふっと浮かびあがったことがある。
美しさとは、これ見よがしに表現されたものにではなく、細胞に、内面に息づく気配こそに宿るのではないか?


どうも最近自分が辛気臭くなっているなって感じてる人がいれば、もちろん梅雨の季節のせいにした上で、自分のワクワクのもとをもう一度探してみることをおすすめしたい。ひと足先に梅雨明けできるはず!
アンバランスでも矛盾だらけでもなんでも、愛らしい素敵な日々を♡


2015年6月25日木曜日

Paris 私的回想録 - 6 区 -

Paris 6区(2007年)

わたしが初めてParisを訪れたのは、当時働いていたアパレルブティックの女社長から、次のパリコレクションのバイイングに連れて行くわと伝えられ、来シーズンの秋冬を買い付けるための1週間の出張旅行だった。わたしが働いていたそのブティックはパリやミラノコレクションが好きな人なら誰でも知っているそれはそれは錚々(そうそう)たるブランドを取り扱うセレクトショップで、その女社長が一代で築き上げ、セレクトされた洋服の目をむく値段と店のディスプレイの風格から、その当時は一目置かれていたブティックだった。わたしは大学を出てすぐそのブティックで社員として働くようになり、潔癖な女社長の機嫌を損なわないようにガラス張りの窓はもちろん梯子でふきあげ、一切の埃や塵が舞う隙をあたえず、店の売り上げ、報告、国内外ブランドのバイイング、個人売りもしっかり予算組みされた上での接客、彼女の趣味で飾る植木の管理やその他経理以外のほとんどの雑用をこなし、日々ハイファッションに身を包み12cmのヒールを履いて毎日店に立っていた。


アパレル業界で働いている物にとって、パリコレクションのショーに招待されること、それからそのフロントローに海外のジャーナリストと肩を並べて座ることは夢のようなことである。「はい、あなたの分ね。」と、わたしの名前が書かれた、ファッション雑誌には必ず巻頭に特集を組まれるようなブランドたちの招待状を受け取ったときは、天にも登る気持ちになった。
Parisの天気は変わりやすいと散々いろんな人から言われ、その上毎日スケジュールを組まれたショーにまさか同じコーディネートをするわけにはいかないと、コート、ジャケット、シャツ、シルクのドレス、バック、アクセサリー、タイツ、ピンヒールにブーツにと、行きのスーツケースから重量オーバーすれすれで日本を発った。

今日は朝から4区の展示会場でのバイイング、そのあとは1区、合間に取り扱いのパリのブティックを視察、ディスプレイのアイデアを盗む、話題のセレクトショップをチェックし、昼食、夕方からは6区のショー会場に移動、同行していた社長の顧客を交えた夕食と、朝から晩までスケジュールはパンパン、足もパンパン、夜ご飯を終えてホテルに着くのは夜中の0時を回っていることもしばしば。毎日がそんなスケジュールだった。
ショー会場で配られるコレクションマップを片手に、初めてのParis、右も左もわからない、それでもいっぱしの業界人気取りで見た目はバッチリハイブランドで固め、石畳を12cmヒールで歩き回った。


そんなスケジュールのなか、半日だけ自由な時間が与えられた。とはいえ、初めてのParis、フランス語は全くわからず、「出口」という意味の"Sortie"と書かれた地下鉄の表示板の読み方さえもわからないような者には、行き先にあまり選択肢はなかった。それでも嬉しくて嬉しくて、特に決まった充てもなくParisの地図だけ抱えて朝7時にホテルから飛び出た。
ホテルから歩いて5分ほどのところに、サンジェルマン デプレという有名な教会があるらしい。名前はなんか聞いたことがある、そこに行ってみよう。
教会では厳粛なミサが行われており、そこにわけもわからず参列してみた。教会の天井から差込む光の筋、足元に揺れるステンドグラスの光の色、祈りのフランス語、何もかもが初めてで、それでなくても浮き足立っていたわたしの体は、それこそ教会の天井に吸い込まれていくかのようだった。

暗がりの教会から出ると差し込む朝日に思わず目を瞬かせた。次はどこへ行こうか。そうだ、有名なカフェが近くにあるって社長が言ってたなと、王道も王道、カフェ・ドフロールを目指した。
メニューは入る前から決まっている。パン・オ・ショコラとエスプレッソ。本場で食べるのが憧れだったのだ。まだ誰も居ないテラスに座る。せいいっぱいの努力をして、フランス語で注文を伝え、最後に”シルヴプレ”を言うことも忘れなかった。
東洋人はそれでなくても年齢より10歳ほど若く見える。この高級地区のテラス席に座り、フランス語も話せない当時20代だったわたしは、店のサービス係りにはよほど滑稽、もしくは奇異にうつったに違いない。旅の恥は掛け捨て、若気の至り、日本語には都合のよい言葉がたくさんある。


そうやって朝食を摂っていると、隣の席に耳下で切り揃えられた少し白髪混じりのパーマスタイル、黒ずくめの50代の男性が座った。ちらりと目をやると、東洋人、どうやら日本人のようである。ここの常連のようで、流暢なフランス語で店員とひとことふたこと言葉を交わしている。なんか、この顔見覚えがある。失礼きわまりないがわたしはじろじろとその男性を眺めた。あ!デザイナーのWさんだ!と気づいた瞬間、思わず「あ!」とわたしの声が漏れていたのだろう、その男性と目が合う。気まずさで思わず「Wさんですか?」と声をかける。彼はパリコレクションでトップレベルを誇るブランドの日本人デザイナーで、自身のブランド名になった彼の名前はファッション好きなら知らない人はいない。

彼はわたしの質問には答えず、静かに「学生さん?」と聞き返してきた。学生ではないこと、セレクトショップで働き、今回バイイングでパリコレに初めて連れて来てもらったことを話した。わたしの働く店の名前を聞かれたので答えると、彼はおもむろに目を細め、途端表情を緩めて静かに話し始めた。
実は、君の働く店の社長さんとは古い知り合いでね。当時僕のブランドを取り扱ってくれていたんだよ。
彼はオムレツを食べる手を休め、わたしの方へ身を傾け話しを続けた。
こんなこと君のような若い人に話すようなことでもないけどね、君の社長と僕は途中でビジネスで仲たがいをしてしまって、彼女とはそれっきりなんだよ。僕はそんな風に彼女と縁が切れてしまったことを残念に思っているんだ。また彼女とビジネスを再会したいとずっと思っているんだけどね。

ところで君は、僕のショーには興味はあるかい?
もちろんわたしの返事は決まっている。
明日の夕方は空いてるかな?もしよかったら、僕のショーがあるんだけど、秘書に席をふたつ用意させるから、誰か友達と来たらいいよ。招待状は秘書にバイク便でホテルに届けさせるから。それから、社長には、ぜひ機会があればまた話したいと伝えて。
ショーのチケットの件はあとで君の携帯に秘書から連絡させるから。

この想像もしない成り行きに、わたしは文字通り天にも昇る気持ちで、このままでは体が宙を舞うのではないかといてもたってもいられなくなり、W氏に礼を伝え、社長へ伝えておくことを約束し、浮き足だって店を出た。


その後取り扱いのブランドのショー会場で社長たちと落ち合い、すぐにW氏と偶然会ったことを報告した。すると話をしているそばからみるみるうちに彼女の顔色から血の気がひいてきた。
普段からわたしは彼女の顔色を四六時中伺いながら仕事をしているのだ。彼女の機嫌が変化したことはすぐさま気づく。
しまった、何かしでかしてしまったみたいだ。
あのデザイナーとよっぽどのことがあったのだろうか、W氏は社長のことを尊敬しているような話しぶりで、本当にもう一度友好な関係を結びたいと言っていた。恋愛ざたの問題などはまったく匂わなかったし、一体何が彼女の気に触ってしまったのだろう...
大好きなブランドのショーだというのに、そのことばかりが頭をぐるぐる回った。

その後ショーの最中も終わってからも会場を出てからも、彼女は一切わたしと話しをせず、目も合わせてくれなかった。社長とひとことも話すこともなく夜ホテルに着く。自分の部屋に戻り、どさりとベッドの倒れた。すると、部屋の電話が鳴った。
「ちょっとわたしの部屋まで来なさい。」社長からだった。 時計を見ると12時を回っている。
わたしは再度身支度をととのえ、階上にある彼女の部屋をノックした。

「W氏との今日のいきさつ、どういうことかもう一度話して。」
初めから事細かく話し、彼はあなたともう一度話ができるようになりたいと思っているとそう仰っしゃっていましたと伝えたあたりで、彼女はわたしの話しを遮り、こう言った。
「つまり、あなたはわたしの名前を利用して、その有名なデザイナーにショーの招待状をもらったっていうわけよね?だってわたしの名前を出さないと、彼があなたを招待するはずがないもの。」
わたしは何も伝えられなかった。なぜなら彼女はいつも自分の出す答えに完璧な肯定を、完璧な降伏しか求めていないことを知っているから。
「その招待状届いたらわたしに渡してね。まさか行くつもりじゃないでしょ?」


次の日、ホテルに届いていた招待状を手に、W氏の秘書にショーへは行けなくなった旨の連絡をした。するとすぐにW氏本人からわたしの携帯へ連絡がきた。
もしかして、本当は社長が僕のことで気分を害したからなのではないかとわたしへ問う彼に、自分が他のショーの日程を間違えて把握しており、わたしのミスであなたのショーへはいけないのだと答えた。
彼は一瞬無言になった後、「大事なショーの席なんだ。仕事をなめるな。」と言い残し、電話を切った。しばらく、ツーツーと不通音を響かせる受話器を置けずにわたしはその場に立ち尽くした。


次の日、社長は何事もなかったように、ベルギーへ行くので滞在が長くなることをわたしに告げ、気をつけて帰りなさいと笑顔を見せた。
社長たちと別れ、わたしは帰りの飛行機に乗るためひとりでドゴール空港までタクシーに乗った。窓からは遠くにそびえ立つエッフェル塔が見えた。切り取った絵のようなそのエッフェル塔に、帰国したらアパレル業界から足を洗うこと、それから自分の意思でもう一度Parisの街へ来ることを誓った。頑なな子供みたいにぎゅっと膝の上で手を握りしめ、目を閉じて、ただそれだけを誓った。







2015年6月18日木曜日

紫のニュアンス

小学校の教室で紫式部の名前を初めて聞いた時、その語感が持つ色っぽい響きと、その漢字の並びが持つ静かな威厳のようなもの、挿絵に描かれた十二単の鮮やかな薄紫がわたしをうっとりさせた。あれからわたしは紫色の放つニュアンスにどうもこうも惹かれる傾向にある。

鮮やかな赤と濃い青を混ぜる。それだけじゃ足りないから、そこにミルクを数滴。赤と青の間を行ったり来たり、消え入るミルクの筋を漂う。

1re
夏の到来を思わせる鋭い日差しに目を細める午後。Parisの街、ひとつ路地を入り、奥まった場所にある店。外の喧騒から離れてひんやりとした洞窟の入り口のようなその店先に誘い込まれるように、足を踏み入れる。アンバーの強くて甘い匂いが立ちこめ、お香の煙が体を包む。その店の壁の色。

2e
彼女の部屋のソファに腰を下ろす。彼女は猫のように目を細めて笑う。長い黒髪が揺れる。お茶を入れる後ろ姿。スパイスが湯気とともにほのかに香る。カタカタと食器を揺らしながらお盆を持ってくる。くるりと向きを変え台所に戻る彼女の長いスカートからのぞく引き締まったアキレス腱。色とりどりのビーズが施された彼女の部屋履きの色。

3e
ベッドの端で膝を抱えてぎゅっと座る。西日がゆるくカーテンの隙間からシーツに淡い陰を作る。広げた本のページの上にぼたりと雫が落ちる。涙で霞み、活字が滲む。家の外から靴音と鍵音が近づき、ガチャリと扉が開く。薔薇、芍薬、カーネーション、花たちから漂うほのかな香りが部屋に立ち込める。手ぶらで帰るよりも、君と早く仲直りができると思ったから。恋人の手から溢れる花のグラデーション。


...dernier
直接空で染料を混ぜたような魔法のような夕闇の色。
あるいは、光に透けたハートカズラ。
太陽の甘い光に溶けてしまわないように、わたしは思わずそれを縫いとめたくなるのだ。






2015年6月4日木曜日

フランス、結婚準備、ドレスの色

というわけで、フランスで結婚することになった。
恋人がフランスへ先に帰国して、約1ヶ月。彼の仕事が想像以上に早く決まり、住む街も決まり、わたしもすぐにフランスへ来てよし!という指令がきたわけだ。当初の予定より早いその指令に、出発に向けていろんなことがドタバタと動き出した。


具体的なものが見え出すと、物事というのは途端進むのが早くなる。「よし!結婚しようぜ!」ということになった。とはいえ、何分、「フランスで結婚」は初めてなので(結婚は初めてじゃないけどw)、どんなことをどんなふうにするのかがよくわかっていない。

で、0から調べるわけだけど、フランスでフランス人と結婚する日本人は結構いるもので、みなさん親切にご自身のブログに手続きの足取りを残して置いてくれているのだ。これには多いに助かっている。フランス大使館のHPやら在仏日本大使館のHPなんかを見るんだけど、分かりにくいので、そういう時に、先輩方のブロ グが役に立つ。ただし、情報がかなり古いものだったり、結構肝心なところで、詳しくはフランス大使館へ問い合わせを。となる。
ので、電話をしてみた、東京にあるフランス大使館へ。


もし暇人で興味がある方がいれば、ぜひこのフランス大使館へ問い合わせの電話をしてみてほしい。電話に出るのは日本人の女性なんだけど、ひとつ質問をした途端、突然、キー!となるのだ。その沸点は電話してからわずか数十秒で、何のこっちゃわからない。しかもかなり噛み砕いて質問をしてみるのだけど、質問の意図が全く通じない。ビザの質問なんてしに電話をしたわけじゃないのだが、こちらの話を遮りまくって、キーとなりすぎて、声を震わせながら(笑)「ビザの質問で大使館に電話されると迷惑なんですけど!」とお叫びになったのだ。わたしはビザではなく、法廷翻訳に関する質問の電話をしたのに。

そういえば、パリにいた時、こういう日本人女性たちがいたのを思い出した。なぜか、一部の日本女性たちは、フランス人に囲まれて暮らしていると、自分をフランス人だと勘違いして しまうのか、同胞敵視というか、かなり高飛車な態度で、というかありえないほどのヒステリーになっている人がいる。でも、なぜかこういう人たちはフランス 人相手になると感じがいいのだけど、日本人相手になると、途端、口をへの字に曲げて鬼みたいになるのだ。


結局わたしの質問はビザの質問ではないので、代表電話の受付に出た鬼の人から、ようやく領事部の人へと回されたわけだが、その女性もまだマシとはいえ、横柄な感じなので似たりよったり。一番まともだったのは、フランス人女性。片言の日本語で一生賢明答えてくれた。
知り合いのフランスで何十年も暮らしている日本人女性たちは、まったくこういう風ではない。やっぱり人によるんだけれど、なぜだろう...?猫や犬が人間に飼われていると自分のことを人間だと勘違いし出すという話はよく聞くが、そういうのに似た現象なのだろうか?


わたしもいよいよフランスで暮らす日本人になるので、次は我が身、鬼にはなるまいと気を引き締めた。その電話の出来事を祖母と、それから恋人に愚痴ると、 「多分あれだよ、その人たち半年以上セックスしてないんじゃないの?」というような意見をそれぞれ別々にいただいたww
そうか、そういうことなのか。


とはいえいつまでもクサクサしているわけにはいかない。やることは結構あるのだ。 恋人がさくさくと調べてくれるので、基本わたしはその説明を受けてGOサインを出すという係なのだが、日本のようにペロッと婚姻届けを書いて提出する、みたいな感じかと思っていたら、実際そうではないようだ。市役所で結婚手続きをしないといけないのだけど、日取りを2ヶ月前くらいから予約し、証人を立てて 親族や親しい友人の前で誓いを立てないといけない。いわば”結婚式”をしなければならないのだ。結婚式をすることなどまったく考えてなかったので、「ドレスを着るんだよ。」とさくッと彼に言われ、「え?ドレス?」となった。

実はドレスと日本語で訳してはいるが、実際のところは”robe”(ローブ)というフランス語。これは時にはドレスだし、時にはワンピースとも言えるのだ。フランスで結婚式に参列したこともないので、ドレスとひとことに言ってもどこまでのどういうものを着ればいいのかまったく見当もつかない。試しに、「フランス 結婚式」で検索してみると、日本人同士がエッフェル塔の近くなんかでメレンゲみたいなドレスを着てピースしてたりして、う~ん、全然違う。彼からもメレンゲは止めてといわれている。わたしだってメレンゲは趣味ではない。白じゃなくても淡い色のものでもいいと聞いたので、2回目の結婚なので白じゃない方がいいのかと思い、ベージュとか薄いグレーとかのドレスを見て親友に相談したら、「あんた、潔(いさぎよ)く白にしてたらいいやん、何、ちょっと2回目やからって白に色付いたみたいなん着るんよ(笑) なんなんそのアピール、そんなところで変な気使わなくていい!」と一掃されたww そっか、それでいいのか。


ドレス以外でも、招待状を作ったり、フランス人の友人に証人を頼んだり、なんかすることはいろいろある。証人になってくれるそのパリジェンヌからは、ホテルはもう予約してもいいのか、ドレスコードはあるのか、何かスピーチをしないといけないのか、プレゼントリストはあるのか、当日美容師はいるのか、なぜって爆発した髪の毛をどうにかおさめてもらわなくちゃならないから、あ、あと前もって言っておくけど、わたし当日泣いてしまうと思う...etc、質問が羅列されたメールが届いた。お菓子なんか作りながら、ふむふむとメールを読む。自覚がなかったけれど、案外わたしはのんびりしたした性格なのかもしれないななんて思いながらも、友人からのそのメールを読んでじわじわと楽しみになってきている。
心配ご無用、800人の式じゃないからオートクチュールのドレスは必要無しだとパリジェンヌには返事をし、日取りも決まり、じわじわ進行している。


飛行機のチケットもとり、思えば出発まで2ヶ月もないことに気づく。大使館や領事館とやり取りをする傍ら、終始ドレスのことが気になって気になって仕方が無いあたり、やっぱりビジュアル面からしか手をつけられない自分のクセは、なかなか直らないものだなと思う。
素敵なドレスが見つかりますように。髪を振り乱したら鬼の始まりだと自分を戒め、焦らずに準備をしていこうと思う。
というわけで、途中報告でした。

みなさんも、鬼には気をつけて、
っていうか鬼にならないように気をつけてww 愛の溢れる毎日を♡