2013年9月5日木曜日

誕生日の下着 からデザイン考

自慢したい♡
純粋にただの自慢!

この間、32歳の誕生日のために、下着をもらった

Aubade♡


わたしの初めてのAubadeは”Boîte à desir (欲望の箱)"シリーズの


黒のタンガ...

これがね...超可愛い...!


バースデーソングと一緒に手渡されて、紙袋から取り出して、


外紙をビリッて破いた時点でなんか四角いボックスのパッケージ、Auba...くらいまで見えて、きゃおっ、もしかして!


ってなって、驚きが確信に変わる瞬間に、パパーン!ってレースの繊細な、黒



...でも広げた瞬間!

あれ、これサイズ大きくない!?って


サイズ表記は、U、 フリーサイズなのに


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で、次の日の夜、試し履き...


これがね...、超最高!


さすが、サイズも計算されてる


といってもやっぱわたしには若干大きかったのだけど、


でも一般的に「どの部分で履くか」ってのがみっちり計算されている、デザイン



                          これ↓

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で、ここからまた、ここからわたしは「デザイン」(ここではファッションの)について思考がシフトするわけで

だいたい今の市場において、ファッションデザインっていうのは
需要に沿ってなされるのがやっぱり多いと認めざるを得ない


でもね、Aubade、履いたらね、なんというか...
デザインにこっちの体が合わさざるを得なくなる
こっちが、どうしても...合わそうとする、
それこそ、欲望に忠実なかたちで

で、今まで、”グッドデザイン”って、外見と機能さを兼ね備えたものだと
認識していたし、それなりにそういう風に習ってた

でも、これ履いてみて、変わった

ファッションに限らず、いいデザインって、多分...、
外見と機能さはもちろん基本として、
使う側がね、自分の体をそのデザインに合わせてしまう
自分の欲望とか願望とか
しかも知らないまに、ぴったりくるように
だからそのデザインは結局自分だけ、唯一のデザインになる

そして、双方が双方になじむ
自分が変わるつもりじゃないのに、素敵な感じで変わってしまう
変えたいわけじゃないのに、自然に変わってる

いいデザインって、それこそ素敵な恋愛みたいだ

それをいちいち一大事にとるかは、個人の自由なわけで
その時だけ楽しんでも、一生大事にしても、どっちでもいい

どっちにしても、素敵なこと


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でもさ、女の人、下着ってきちんと素敵なの、選んでるのかな?

そしてさ、男の人、それをきちんと愛でてから脱がしてるのかな?

Bonne soirée, en tout cas!!




2013年8月18日日曜日

動物的に合う関係

最近、新しく気の合う友達ができた

その人は前にわたしが住んでいた家の近くに住んでいて、その頃はよく道ですれ違ったりして軽く会釈する程度だったのだけど、最近偶然また道でばったり会って、わたしが引っ越したことなどを話したりして初めてお互い自己紹介をし、今度軽く飲みに行こうということになった


その人はイギリス人で、日本に長く住んでいるのでもちろん日本語もけっこう話せる
わたしは英語が話せない 聞くのはまだしも、話そうとすると、単語と発音がフランス語とごっちゃごちゃになって、英語が話せる人たちにはいつも苦笑、というかばかにされる...ので、恥ずかしいので、極力英語は話さない


でも、そのイギリス人の友人はけっこうわたしに英語で話しをしてくれる

もちろん多分スピードをおとして噛み砕いて話してくれているのに違いないけれど、なぜか話がよく理解でき、あんなにいつも出てこない”英語の単語”がすんなり出てきて、自分でもびっくりするほど英語で意思疎通ができていたりする(←というか、思いこんでるだけかもしれないけど)


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で、考えてみると、その友人とは年も離れているけれど、けっこう嗜好や考えることが似ている部分があって、言葉を駆使して伝えなくてもすんなりお互いの言いたいことがわかったりして、だから「英語が通じている」と感じるのかもしれない

もしくは、自分の好きなジャンルの話題の単語はすんなり入ってきたり、すぐ覚えたりできるっていのもあるのかもしれない

とにかく、わたしたちはすぐに打ち解けた


ところで、わたしにはフランスに住んでいる仲がいいフランス人の友達たちがいるが、出会った時はわたしのフランス語は今よりももっとつたなかったので、今考えるとどうやって仲良くなったんだろう、と不思議に思う

その中のひとりの女友達が、わたしにメールをくれたことがある
「変だと思うんだけどね。お互い言語が違うし、あんまり会えないけど、なんでかいつも心の中にいて、わたしたちは感覚が似てるって思う」

わたしも同じ気持ちだったのだ

同じ言葉を話す日本人でも、「こいつとは全然話できない、全然通じないな」なんて思う相手がいたりする



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で、この違いはなんなんだろうか、なんて考えてたら、仲がよくなる人との共通点がふと思いうかんだ


それは多分、”美味しいと思う食べ物の味、もしくは嗜好が似ていること”

なんじゃないかと思う

これは全然見当違いかもしれないし、これはわたしだけにしか当てはまらないことかもしれないのだけど、そんな気がしてならない


食べ物の趣味が似ている人といるのは、妙に楽しくて、妙に居心地がよかったりする
これって実は...「食べ物の趣味が似ている」ってことは、考えることとか感覚が似ているってところに通じてるのでは、って思う


反対に、例えばセックスとかしたとしても、その前の食事の時に”あれ?この人と食べ物の趣味合わないかも”って感じたら、その後結局は仲良くならない...極論だけど
(ってか、セックス自体も合わない...w)


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って考えると、案外単純だなーって思う

食べ物が人をつくるってよく聞くし、わたしの母親もよく言ってるけど、
食べることが肉体だけを作ることだけではないって、よくわかる


友達でも恋人でも、胃袋わしづかみは、やっぱり大事なことなのかもしれない(笑)


それにしても、大人になって気のおける友人ができるというのは、やっぱり楽しいこと
そんな人たちと美味しいものを食べたり飲んだりするのは、とっても素敵なことだ

こんなにも動物的につながって、且つ人として気が合うって、なんて愛しいことだろうか


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それでもやっぱり...


その動物的感覚だけじゃ物足りなくて、言語的感覚も共有できる相手となると、それはもう、メロメロなわけで♡
そして個人的には、やっぱり英語よりフランス語が好きなのだ

2013年7月25日木曜日

想像の時間

例えば、もし誰かとふたりでお酒を飲んでいたとして
その夜、すごくいい話、もしくはすごく何か素敵なことがふたりでできたとする

この日、この夜、この場所、このタイミングでしかこの話してなかったよね、とかこういうことふたりでできて嬉しいよね、的なそんな素敵なものをふたりで共有した夜

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で、次の日

実は相手はまったく記憶がなかった
自分には完璧に記憶がある
もしくは反対の状態(自分には記憶が無くて、相手にはある)

そういうのって大いにありえるわけで
その夜自体はもう二度と戻ってこなくて
その時に話したとてもいい話とか、その時に共有した出来事とか、
ひとりには存在するもので、もうひとりにはまったく存在しないもの

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でも、実は物事ってこういうことじゃないか、なんて最近考える

同じ時間、同じ出来事を共有したと思っているけど、
実際肉体はふたりそこに在ったとしても、
相手の意識はそこにいたとは 結局言い切れないわけで
片方には存在していないもの、
もう片方には存在しているものになり得る


じゃあ、もう少しぎゅーっと考えれば、それって、
自分の思ったこと、把握していることしか
現実にはなり得ないということ
それって、実はなんでも自分が想像できるってことだと思う

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なーんて、むずかしくいろいろ考えたりしてみるけど、
誰が覚えていようがいまいが
やば、幸せ♡って自分が思えることが一番だなと思う

ってか最近酔っ払って記憶を無くすことが多々あるからなーww


この日も夜中目が覚めたらテーブルの上がこの状態↓
あれ、いつの間に帰った?あれ、わたし寝てた?

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2013年6月27日木曜日

おいしい時間


家の近くだし、料理も美味しいし、スタッフも気さくで感じがよくて、しかも美味しいティラミスがあるので、お気に入りのレストランがある。何かにつけてはわたしがそこに行きたいというので、ついに「あの店は君のドラッグだね」と言われる始末。

その夜もそこに行った。

ふたりでしっかり締めのエスプレッソまで味わったところで、「ハイ、どうぞ。お店からのサーヴィスです。」と、パッションフルーツとヴァニラアイスがテーブルの上に置かれた。

「先にパッションフルーツをちょっと食べてみて、よかったらそれからそのヴァニラアイスをパッションフルーツに混ぜてぐるぐるして、食べてみてください。」


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初めて食べるパッションフルーツをそろりと口に運ぶわたしを尻目に、彼はもうすでにヴァニラアイスをスプーンでぐるぐるしている。そしてしきりに、小さい頃に好きだったコメディアンのサイン入りのポスターがそのレストランのトイレに貼ってたと興奮して話している。もちろんiPhoneでそのコメディアンの古い映像を検索し、それをわたしは見させられている。
その映像からちらっと目をはずし、ぐるぐるかき混ぜているその彼の手の様子を見ていたら、突然ふわりと妙に幸せな気持ちになった。

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また別の夜、久しぶりに親友とふたりきりで友人のレストランでご飯を食べていた時。
ワインをひとくち飲んで、偶然居合わせた知り合いに挨拶をしたり、前菜をつまんだり、パンを齧ったりしながら、ワインも2杯目になる頃に、彼女は少なめになったわたしのグラスにワインを注ぎながら、「初めての感じで。だから大切にしようと思って」ってある人のことを話し始める。その妙にくっきりとした、でも柔らかな彼女の口調を耳にしながら、注がれるグラスの中のワインを見ていた時、同じようにふわりと妙に幸せな気持ちになった。


一緒にいたい相手と美味しいものを食べる、そういう時間を共有するほど幸せなことはない、と思う。

足りないものを意識しない時間。もしそれを持続して自分に感じさせる人がいるとしたら、きっとその人は自分にとってとても大切な人なんだろう。

ぐるぐると混ぜるその手を見ながら、ふとそんな風に思った。

口の中でパッションフルーツのまだ若いすっぱさとヴァニラの甘さがふわりと溶けていく

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2013年6月15日土曜日

いい時間 : Un moment agréable





偶然にいい音楽を聴いた


いい時間は、何かのせいにしたくなる



天気がいいから、彼がいるから



この場所だから、彼女が笑うから





本当は、多分

自分が今ここに在るから、




なんだと思うけど









 





この時間のせい?



この天気のせい?



この景色のせい?



この年齢のせい?



訪れた今、いい時間



もしかして今、いい時間?










2013年6月10日月曜日

たわいもない素敵な夜、ピッツァ職人のタトゥー


駅から住宅街の方へ入った通りをただひたすらまっすぐに歩き、いつもこの辺だったかなと少し不安になった頃にそのピッツァリアの明かりが見える。
駅から10分、辺りは一人暮らし用の新しいデザイナーズマンションやファミリータイプのマンションが立ち並ぶ住宅街で、しんとしている。窓から柔らかくもれた店内の光と、外に飾ってある電飾の光を見つけたとき、ここだ、とほっとする。

たいていいつもわたしは特別なことがない限り、予約もせず行き当たりばったりに外食するほうなので、特に土曜日の夜なんかは空腹のまま何軒も回るハメになることが多い。
いつもそんな調子なので、そういうわたしを熟知する彼は最近、わたしが「あ!あそこの店に行こうよ」と思いつくとすぐさま、「はい、予約の電話を入れた方がいいよ」と携帯電話を差し出す。iPhoneで店の番号を探すのにモタつくわたしに、インターネットで探す検索ワードまで指定してきたりする。

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梅雨入り宣言は気のせいだというのを聞いた。テラス好きなわたしたちは、雨の気配もなく湿気もさほど感じない風が心地いい夜なので、電話でテラスを予約しておいた。

今日でこの店にくるのは4回目だが、テラスで食べるのは初めてだ。
ここのテラスはテラスといっても少々風変わりで、鉄格子で囲われて個室のようになっている。(実はテーマは懺悔室なんだそう!テラスは好きだが、懺悔室はわたしの趣味では、ない)

前回ここに来た時、神経質そうな店主とスタッフ間にはピリピリしたムードが漂っていて、カウンターで少し居心地の悪い思いをしたのだが、今日は土曜の夜で忙しくテンションが上がっているのかスタッフ全員が陽気で、何かにつけて変わるがわるテラスの様子をドアから覗いてはいちいちひと言ふた言話しかけてくる。わたしたちはその都度話を中断しては笑い返し、そのスタッフたちの様子がコメディ映画のようで、ちょっとした言い合いからふたりの空気が少し悪くなった時には、そのコメディアンたちはわたしたちを苦笑させ、話題をピッツアに戻させた。

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ビールで乾杯して、サラダを取り分けて、少し言い合いをして、赤ワインを飲みながら特別に半々で作ってもらったトマトベースのピザと4種類のチーズのピザを切り分けて、
ピッツァに載っているめずらしいちょっとクセのある野菜が美味しくて、うんうん美味しいと言い合い、さっきの言い合いにお互い少し謝りあって、少し冷めた残りのピッツァを全部食べた。


話しながらゆっくり食べたのでけっこう満腹になり、でもデザートは選ぶ。
ふたりともティラミスが大好物なのだが、あいにくその店にはティラミスがない。ないもんだから、ティラミス!、ティハミスゥ!などと調子に乗っていろんな発音で連発し合っていたら、ふたりして本気でデザートにはティラミスしか食べたくなくなり、デザートは断って会計をお願いした。彼はすぐさまiPhoneで”ティラミス、福岡”と検索している。(もちろんどこもひっかかるはずはない)


どうぞと会計を差し出した店主の両腕には、目を見張るほど鮮やかにタトゥーがびっしりと彫り込まれている。

おもわず反射的に「タトゥーはあとは体のどこに入っていないのですか?」と聞いてしまった。

前に来た時には、神経質そうな話方の店主だと思ったが、今日は印象が少し違うように感じ、彼はちょうど海パンを履いた時にあたる部分を指し、「ここのあたりが無地の肌で残っています。」とにこにこしながら答えてくれた。

何かモチーフがあるのかと聞くと、「実は全部ピッツァに関することを彫っているんです」と、ぐいと腕をまくった。左腕にはピッツァを持つ招き猫や、二の腕の裏側にはナポリの守り神やイタリアの道化師など、なるほど、ピッツァやイタリアに関するものが鮮やかに描かれている。

へ~!ほ~!とまじまじと腕を見入っているわたしたちふたりを、彼はやっぱりにこにこと笑いながら見ていた。


ご馳走様でした、また来ますとコメディアン(スタッフの人)たちに手を振り、見送る時にくれた抹茶のビスコッティをふたりしてポリポリ食べながら、夜がすすんで少しだけ冷たくなった風を心地よく感じ、わたしたちはティラミスを目指してその店をあとにした。


M



2013年3月27日水曜日

関係は生き物みたいに


「人との関係」って生き物みたいにぐにゃぐにゃ変化してかたちを変える

今まで全然自分とはジャンル違いだし接点ないな、なんて思って一歩ひいていた相手と、もしくは人たちと、突然ぐん!っと近くなる瞬間があったりして、そこからまた想像もしていなかった関係にかたちが変わる、とか

今まで、もうそれこそあの人との関係は変わんないだろう、なんてあきらめていたかたちが、自分が気づかないうちに徐々に徐々に変化してて、あれ?って気づいた時にはまったく違う、それこそ素敵なかたちに変化しているってこともある

表面だけペラって切り取って見られると、大した関係じゃないな、なんて思われることでも実はそれにどれだけお互い助けられているか、自分とその相手にしかわかんないこともある

でも、実はきっと前から”変えたい”ってやっぱり思ってたりしてて、結局それは自分が働きかけてるんじゃないかって
「関係」はこうだからって、相手の人の気持ちとか状況なんて考えてたら、ほんとにぎゅっと固まって動けなくなってしまうので、そういうのは考えず、けっきょくは自分の気持ちの方を相手にちゃんと伝えたほうがいいって思う

Asperge

なんでこんなこと書いてるのかというと、この1週間くらいの間で、突然3人の人からそういう相談を受けたから、自分の中でもいろなことを考えた

それと、自分でも最近素敵な関係の変化を見つけたこともあって、本当は言葉にして伝えられたらいいんだろうけど、ちょっとむずかしい、というかちょっと気恥ずかしいのでこうやって気をまぎわらしている


桜の季節だからだろうか?
なんだか最近自分のまわりとの関係がいろいろぐにゃぐにゃ変化していっていて、
それを感じている敏感さの中にいるのもとても心地よくて

今年はお花見に行ける機会がなさそうだけど、心地いい間の中にいて、こうやって心の中でも季節を感じることができる

素敵な春の訪れを

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