2015年9月17日木曜日

目の前にあるもの

わたしの目の前には扉があった。
深い緑のペンキ、朽ちた木の気配。
時間の経過が放つすえた匂い。


南仏の日差しはどんな時間でも正面から照りつける。
ついうっかりサングラスを忘れると、その日一日中日陰を探して歩くことになる。

アパルトマンの建物には共同の小さな中庭がある。
誰がどのような権利で管理をしているのか知らないが、住民が思い思いに持って来た観葉植物が中庭のふちを囲い、真ん中には小さな木が植えられてあり、その脇には椅子とテーブルが置かれている。


誰の趣味か知らないが、この建物のあちらこちらに、海辺で拾ってきたであろう手のひらサイズの色とりどりの石が転がっている。
中庭の木を囲むようにその石が綺麗に並べられているし、共同のごみ捨て場の角にも幾つか並べられている。

このアパルトマンに越して来た日、雨戸を開け部屋から中庭をのぞこうと窓を開けた時にも、窓のふちに並べられた石たちと目が合った。
 

建物には直接陽が入らないので、真夏でもひんやりとしている。薄暗い共同の廊下をひたひたと歩き、正面玄関の思い扉を開けると、突然強い光が目を射す。
越してきて二週間、ここの暮らしにも少しずつ慣れてきている。
ひたひたと廊下を歩きながら鞄をごそごそ。
玄関の扉を開ける前にサングラスをかける。 

今日もわたしの頭上には突き抜ける濃い青があった。

カルダモン、クミン、シナモン、ジンジャー、スパイスで始める朝


フランスで生活を初めて2ヶ月。新しいアパルトマンへ引っ越して2週間。
新しい食べ物や面白い場所に出会って嬉しかったり、
自分のフランス語のレベルにため息をついたり、考えたり感じたりと
体はフル回転でぐったりする時もあるけれど、この街の美しさの匂いと空の青を栄養に、深く呼吸をし始めました。

親友が夢に出て来たので、その朝の朝食はネイティブアメリカン風 

ニース、素敵な街です。
愛しい日々の連続を♡






2015年9月9日水曜日

美しさに宿る力

フランスには必ず公共の場所に芸術作品が置かれている。
これは国の取り組みで、芸術家たちを支援するための政策のひとつなのだそうだ。公共の空間に設置される芸術作品のことを、パブリックアートと呼ばれている。「公共的な芸術」。最近気になることがあるので、ちょっとパブリックアートについて調べてみた。

wikipediaには、
”パブリックアートとは、設置される空間の環境的特性や周辺との関係性において、空間の魅力を高める役割をになう、公共空間を構成する一つの要素と位置づけされる。”と説明されている。

ニース市外の中心に位置するPlace Masséna(マセナ広場)
コートダジュールの空の色と、ニース独特のイタリア建築の建物の色を
開けた空間の中で体感できる場所。

wikipediaの説明をどこまで正しい定義として扱うかということももちろん考えなければいけないけれど、”設置される空間の環境的特性や周辺との関係性において、空間の魅力を高める役割をになう”というところは市民にとって重要なことではないだろうか。

わたしはここフランスで、公共空間に設置されている芸術作品に対して個人的に疑問を持っている。はて、この芸術作品たちはこの自然景観と調和しているのだろうか?「空間の魅力を高める役割」からかけ離れているのではないか?と疑問を感じるのだ。

そのマセナ広場になんか変なものが。
街灯かと思ってよく見ると、

彫刻家ジャウマ・プレンサ(Jaume Plensa)によるパブリックアート
全部で七体

20世紀後半から、芸術は美しさを最大の価値とはしていないのは明らかだ。現代アートは、美しさではなくある種のショック、刺激を鑑賞者に与えるものが多い。あるいは作品を前にして、「これは一体何なのか?」と疑問を鑑賞者に彷彿させるもの。大まかな定義では、現代社会の情勢や問題を反映し、美術史や社会への批評性を感じさせる作品のことを現代アートと呼ぶらしい。現代アートを全面的に否定するつもりはないが、パブリックアートにおいて最近いくつもの問いが頭をめぐるのだ。

長い歴史の中で芸術とは、人間の創造を超えた美しさを表現する、そしてそこに宿る精霊のようなものを伝え残すものではなかっただろうか?
なぜ”美しさ”から距離を置く必要があるのだろうか?たとえ”美しさ”に価値は置かずとも、反対の”醜さ”を氾濫させてるのではないだろうか?

夜になるともっと酷い。
街灯の明かりを無視して、ディズニーランド化

美しさや醜さはもちろん個人的な感情、主観に因ってくるので、普遍的な定義はないのだし、両者はそれぞれ個人的主観、社会の構造などで変動することもある...

なんてこむずかしいことは美学やら芸術学やらの専門家の何百枚の論文にまかせるとして、フランスで目にするパブリックアートに本当にいつもがっかりさせられているので、ここで鬱憤をはらしたいだけのことw

フランスでは歴史的なモニュメントや広場、場所で、多く、”醜い”現代アートが設置されているのを目にする。”醜い”というのがわたし個人の感情からくるものなのであれば、言い直す。その場所に居る人に何かしらのショックを与えるもの、設置されている周りの環境から浮き出ている存在のもの。
これらを目にする度、これはもともとの自然景観の美しさを破壊しているのでは?と感じるのだ。もともとそこに在るだけで美しい、例えば何百年も存在する歴史的な建物や広場の前に、ショックを与える奇異な現代アートは必要なんだろうか?それを設置させることで、人々が美に対する考えを知覚し直すための挑戦?そんなこと、少なくともわたしは望んでいないし、もしそうならそんな挑戦個人的に勝手にやってくれと思うのだ。こんな作品、この場所に無い方が景観は美しいと感じるのはわたしだけだろうか? わたしたちの趣味嗜好は十人十色、万別なので、特殊なものや奇異なものは個人の所有空間に設置する、もしくは個人が携帯するだけではだめなのだろうか?

わたしが今のところ見た中で一番ひどいと思うパブリックアートは、マルセイユにある。
道路のロータリーに突如出現する、セザール(Cesar)による巨大な親指

とはいえ、わたしも学生の頃、訳もわからず現代アートかっくいい!なんて思っていたし、あの頃なら、遊びがあっていいんじゃない?なんて公共の場所に出現する変なものもアートだわなんて思っていたに違いない。
年をとっただけなのかもしれない。
それでも最近、物質で溢れる現代社会で、昔からあるさまざまな価値観は徐々に、正反対の意味することを示していっているのではないかと感じるのだ。美しさの価値もそうだと思う。よく昔から、人は内面の美しさが外見に現れると言うけれど、わたしは、美しさには何かスピリチュアルな力があるのではないかと感じている。その美しさの代わりに反対の醜さへ価値を置くことで、そこに宿る力が減少する。人々を散漫させるには、美しさから遠ざけ、醜さや汚さの中に放り込んだら、都合がよさそうだ。偉大なパブリックアートの前を通る時、わたしの頭にはいつも「裸の王様」の寓話がよぎる。

美しさに宿る力を取り戻したいなと感じている。

変な写真ばっかり載せて好きな写真を載せられなかったので、フラストレーションがたまるw ので、最後に全然関係ないけれど、家から5歩歩いたところにある内装が超好みのイタリアンレストランの写真と、最近ハマりまくっているビオスーパーのラビオリ。リコッタとほうれん草だとか、セップとチーズだとか最高の組み合わせがたくさんあり。手抜きが癖になってしまう!




美しさは特別なことをしなくても、多分いつもすぐ目の前に広がっている。
愛しい日々の連続を♡




2015年9月3日木曜日

教会の裏、色の夢


新しいアパルトマンに引っ越してきた。
一筋縄ではいかず、少々騒動ありの引っ越しを終え、ここ何日か朝から掃除や買い出しなど毎日パタパタ動く日々を送っていた。
少し片付けも落ち着いてきたので、ちょっと気分転換に外に散歩に出てみた。

  
新しい土地で、新しい生活、知らない隣人の人たちとのやり取り、近所の散策、心躍るようなことがあったり、少し落ち込んで不安になったり。まだまだ日常の生活することにおいて、感情で左右されるなあなんて、気づくことも多い。ちょっと気分が落ち込んだときなんかは、バスに乗ったり、カフェに行ったりして周りを見渡してみる。


一歩街に出ると、本当にいろんな肌の色、髪の色、目の色、体系、服装、話し方、歩き方...etc、色々な人がいることに気づく。女性も、特に髪型にいたっては本当に様々。流行なんてものはこの国には存在しないのではないかとさえ感じる。
日本のことを悪く言いたいわけでは決してないけれど、日本では髪を茶色に染めて、モテ雑誌の中の写真と同じようなメイクをして、爪に絵を描いて、ヒラヒラと可愛いファッショに身を包む女性たちを見ることが多かった。個人的に、そういう女性はみんな一緒に見えるなあなんて思っていた。この国では年を重ねた女性も、ベリーショートからロングヘアまで様々で、年をとっているからおばさんらしく短くしなければならないなんて、そういうのはない(笑)
なので女好きのわたしとしては、街を歩いて女性を観察するだけでもほんとに楽しい、うはうは。



この国で改めて生活をし始め、他人との比較ほど意味のないものはないのではないかという思いが強くなってきた。内面はもちろん知性や生活スタイル、外見すべてにおいて、他人と比較するより自分の個性をのばす方がよっぽど効率的で、生産的で、それから楽しい。もちろん奇抜なものがいいというのではない。ひとりだけ目立てばいいとかそういうものも趣味が悪いように感じる。
調和の感覚も大切にしながら、個性をのばす。簡単にすぐにできることではないかもしれないけれど、それでも時間をかけてでもやるべきことなんじゃないかと思う。自分を楽しむこと。



日本から、たくさんの本を荷物に詰めて来た。まだ整理ができていないので、適当にパッと思いついたあるヨギが書いた一冊の本を手にとって、最近読み始めた。その中に、ハッとリンクする文章があった。

比較を落としなさい。あなたは唯一無二の存在なのだ。
...
あなたの唯一無二の個性を尊重しなさい。そして比較を落としなさい。
...
あなたが自分の中の何かを否定するとき、あなたは、それを他人に投影する。”


バスや、カフェや公園のベンチなんかで、外見が様々な人たちがみんなおおいになんだかんだぺちゃくちゃ話をしているのを見て、なんか髪型も服もさまざま、色とりどりの鳥みたいだなと思う。それで、よし、わたしはわたしの個性を楽しもうと勝手に思うのだ。


このアパルトマンは教会の真裏にある。
毎時間ゴーンゴーンと鐘が鳴り響く。
色で溢れている夢をみた。鐘の音が心地よく目が覚める。

みなさんも、色とりどりの素敵な日々を♡







2015年8月26日水曜日

結婚式の一日

結婚式が無事終わった。親族と親しい友人だけの小さな結婚式で、終始アットホームな雰囲気で緊張することなく。

区役所で区長さんのスピーチを聞いて誓いをする。証人とともに婚姻届けにサインをする。区長さんが気の利いた軽いジョークをはさむので、場が和む。
区役所での式が終わった後は、親戚の家に移動してカクテルパーティ。ロゼやシードルなどののお酒を飲んで軽食をつまむ。


わたしはこの日一日で、どれだけの回数のビズをし、どれだけの人に抱きしめてもらっただろうか?とても温かく家族に受け入れてもらったことを本当に感謝する。

家を出発前。まだ時間の余裕ありw

さて、この日朝から晩までフランス人だらけの中に居て、改めて二つのことを発見した。ひとつめは、彼らには「時間を守る」という概念がないわけではなく、「前もって時間を計算する」という概念がないのだということ(笑)
それからふたつめ。彼らのお喋りが時間の遅れにおおいに関わっていること、そしてそのことに誰ひとり一切気づいていないということ。


朝8時ホテル。比較的ゆっくり起きて、彼と一緒に準備をし始める。今日の段取りを彼に尋ねる。「すぐにお義母さんの家へ移動して、ゆっくり朝食をとる。シャワーを浴びる。10時半に花屋さんへブーケを受け取りに行く。その後、11時にナタリー&フランクをホテルまで車で迎えにいく。そこから家で料理をして軽い昼食をとる。ドレスに着替えて身支度をして、13時過ぎに出発する。14時に区役所で全員と待ち合わせだからね。余裕だよね。」
彼はなんとも時間に余裕があるかのようにわたしに話す。
でもかつてフランスで、時間に余裕があったことなんてあっただろうか?


結果、その後の時間の経過はこうだった。
お義母さんがホテルに迎えてに来てくれたのが9時前、家に着いたのは9時半前。そこから朝食をとる。(もちろんたくさんのお喋りとともに。)花屋には10時半の予定じゃなかったっけ?わたしはすでに時間の余裕のなさにそわそわしている。わたしがシャワーを浴びたのは10時。わたしが彼に急がないとと促してようやく彼も時間のなさに気づき始める。彼がシャワーを浴びたのがそのあと。家を出るのは当然10時半。
花屋でブーケを受け取るまでの10分間、お義母さんは、たくさんやることがあるので、車で一旦家に帰って食材屋さんによって、それからもう一度わたしたちを花屋まで迎えにくるという。10分間でそれをする??ぜったいにできないとわたしは心の中で確信する。


案の定、わたしたちは花屋の前で15分ほど待ち、当然ナタリーたちのホテルに着いたのは11時20分。家に戻ってきたのが11時半。
なんとか昼食も、身支度も済ませ、時計を見ると13時過ぎ。
あら、なんだ余裕だわ、なんて思うのも束の間。彼のお姉さんの到着を待つこと30分。
出発13時45分。14時ぎりぎりに区役所に着く。式は14時半からなので、まあ大丈夫、問題はない。初めて合う親戚たちとひとりひとり挨拶を交わす。
14時半、恋人が慌てている。お義父さんがまだ到着していないとのこと。
探し回ってやっとお義父さんを見つけ(実はお義父さんは13時に到着していたのだが、門番とお喋りをしていたらしい)、式は20分遅れで始まる。そう、さして問題はないのだ。


カクテルパーティの後は、16時半頃からスタート。その後の予定は、若い人たちだけで街のレストランで20時に夕食の予約をしているので、時間には余裕がある
...本当に?

現実はこう。
パーティの間、約3時間ひたすら喋り続け、時計を見ると19時半。
そろそろ行く準備をした方がいいんじゃないかと彼を促す。じゃあそろそろ行こうかと言ってすぐに出発できるなんて、 フランスではありえない。ひとりひとりにさよならの挨拶をしなければならない。ビズをして抱きしめあって、それからまたお喋り。やっとこさ、出発しようと玄関まで集まれたのが20時ちょうど。さあ出発だというそのときに、誰かが車の鍵がないなんて言い出す始末。全員で部屋中を探し回り、無事鍵が見つかり、出発したのは20時15分。


朝からお義母さんやお義姉さん、親戚の人たちで準備してくれたカクテルパーティ
ベジタリアンカナッペたちの飾り付けがなんとも好み

街のレストランに着いたのは20時45分。店に入るなり、店員の女の子が私に向かって指差しながら、「Vous êtes super jolie! あなた超綺麗!」とウィンクをする。席に通される。45分遅れは、よかった、問題ないみたい

わたしの友人のナタリーはパリジェンヌ。彼女とは年も近くもう5年以上の付き合いで、親戚みたいに近い大事な友人。彼女は席に着くなりわたしに囁く。「この間Parisで、友達と予約していたレストランに5分遅れたのよ。じゃあサービス係がさ、もう席は他の人に譲ったって、突き返されたの。分かる?たった5分の遅刻で席がなくなってたのよ!それに比べて南仏は最高だね。」


とはいえわたしも実は、もともと日本に居た時からいつも時間に遅れてしまうたち。お喋りで時間に遅れることはないが、時間に余裕ができると要らないことをごちゃごちゃ入れ込もうとしてしまい、結果遅れるタイプ。でも、ここフランスで、はるかに自分を超える時間感覚の持ち主たちの中にきて、さすがにハラハラする。なので、今、これからの自分はどうするべきか、立ち位置に迷う(笑)
自分が引っ張っていけるように、自分の時間の感覚のネジを改めてきつく締めるべきか?
もしくは、郷に入れば郷に従え、この人たちに合わせて自分のネジをもっともっと緩めるべきか?
...きつく締めて自分が引っ張る?!
この自己主張が強いフランス人たちを?
まさかそんなことはできっこない!

というわけで、時間に遅れた時のあの、さも重大なことが起きたかのような大げさな言い訳の仕方を、態度を、表情を、この温かい愛すべき家族の中で、これから学んでいこうと思う♡ww

みなさんも言い訳はユーモアでくるみつつww 愛しい日々の連続を♥︎



その他、結婚式の細かな様子は”Ayamiのフランストリコ”にて♪




2015年8月20日木曜日

場所と体とアムールと

不思議なもので、自分の居る場所が変わっただけで、体や気持ちが楽になるということがある。体が変わったり、その人が持つ雰囲気も変わったり、人によっては分かりやすく人相まで変わる。


フランスに来て、なんというか、今まで以上に楽になった。体の面も。気持ちの面も。6年前Parisに住み始めた時も同じように感じたので、フランスの気候なのか、もしくはこの土地の持つ周波数のようなものが自分に合っているのだろう。あるいは湿気のせいなのかなとも考える。わたしは湿気にかなり弱くて、湿気が多いと体調を崩しやすい。気圧の変化にも少し敏感で、一種の低気圧アレルギーのようなところがある。湿気が少ない土地にきて、ただ体が楽になっただけのことかもしれない。

楽になったようなのは恋人も同じようで、日本に居るときの彼はもう少し繊細でどこか少し気むずかしいイメージがわたしの中にあった。3か月ぶりにあった彼は、その気むずかしさは驚くほどなくなっていて、おおらかになって、もともと穏やかで優しい人だけれど、もっと楽しい空気を増した雰囲気を醸し出すようになっていた。彼にとってはフランスが母国なので、もちろん気が楽になるだろうと思う。彼が日本という外国できついことがあった時も知っている。わたしたちはここにきて、今までよりもっとふたりで気持ちを楽にして居られるようになった。


自分自身が精神的に安定すること、精神的な自立がどれだけ大切なことか、ここ2,3年くらいの中で体感した。人は、モノに、人に、環境に依存しやすくて、目を話した隙にすぐに何かに依存しようとしてしまう。精神的に自立するために何が必要なのか、何が不必要なのか、それを探し求めることにことさら集中した時期もあった。
自分が精神的に自立していくにつれ、周りとの関係も変わってきて、どんどん楽になって、いろんなものが自然に流れるようになった。感覚は敏感になるけれど、不安には鈍感になってあんまり一喜一憂しなくなるような感じ。そうなると、精神的に安定しているからその状況になるのか、もしくは安定することを求めているからその状況を選んでいるのかわからなくなるのだけれど、多分そのどちらもそうで、最初からそういうものなのかもしれない。
フランスに来たから自分自身が今まで以上に楽になったのか、もしくは自分が楽になったからフランスに来たのか、おそらくそのどちらでもあるのだろう。


フランス人、この人たちの多くは(全員がそうではないと思うけれど)、いとも自然に言葉で、態度で、表情で、体全体で、気持ちを表現する。もちろん、これはいい意味でも悪い意味でも。(直接的な態度や言葉に慣れていない人にとっては、戸惑うこともあるだろうと思う。)このことはフランスに来て改めてわたしに、恋人はフランス人だったのだと認識させた。
彼は、日常生活の上で、大事な人同士は体の触れ合いが大事だと、日本に居る時からわたしに言い続けてきて、身をもってわたしに教え続けてくれた。恋人同士はもちろん、友達同士や家族で、愛情を言葉でもたっぷりと、それだけではなく、肌でも伝えること。電話で彼はお父さんと、もしくはお母さんや兄弟と話しているとき、何か辛そうなことがあったり安心させたい時があれば必ず”Je t'aime”(ジュ テーム 愛してるよ)と伝えている。それから例えば、相手が辛そうにしている時、肩を撫でたり抱きしめたりする。
相手を大事に思うことを、相手の体に直接伝えること。今までのわたしに不足していたことだった。彼と居るようになり、その感覚を少しずつ取り戻し、体のつながりは子供にだけ必要なわけではなく大人にとってもどれだけ大切かを知った。

わたしがフランスに着いて2日目、彼のお母さんは「大丈夫?長旅で疲れたでしょう?」と後ろからわたしの両方の肩をゆっくり撫でた。
こういうことを自然に大人同士でもし合えるということは、その分やっぱり体が、気持ちが、楽になる。


そして例えば恋人と。些細なことを”話合わなかった”ことで誤解が生じて、そこからお互いのエゴが大きくなって、何かのせいにしたくなって相手を傷つける言葉を使ってしまう、なんてことも起こったりして、恋人がふと「僕たちは全然まだまだ自分自身のエゴにとらわれているね。」なんて言って、ふたりで苦笑する。


精神的な安定のほうへ向かえば向かうほど、わたしはどこまでいっても動物なのだ感じさせられる。体の温もりだとか、元気にする食べ物だとか、その土地の匂いだとかその土地の空気だとか、それらに包まれる心地よさを本能で知っているし、その方向に向かおうとする。それから、エゴが決して敵ではないこともわかるようになる。


何を言いたいのかといえば、よくわからない(笑)
ただ、もし例えば体調がよくないとか、何かに不安を抱いているとか、精神的に安定できていないと感じる人がいるなら、少しの間でも例えば自分の居る場所を自分の鼻が利く方へ変えてみるというのもひとつの方法かもしれないな、と、この南仏の深い突き抜ける青と、海の輪郭の色を知って、ふと思った。それから、本当は最終的な優しい場所はいつも自分の中の奥の奥の方にあることを知れたらと思う。


毎日愛しい笑顔で誰かと笑いながら、ひとりの時、今の状況から抜け出せないと不安に沈む夜を抱える大切な友人たちへ。大切なことのためにこれから何かに挑戦しようとしている頼もしい友人たちへ。風にのせてAmourを♡



 ★★★お知らせ★★★
このブログとは別に、フランスの生活を中心にした、見ること、聞くこと、食べること...etc、フランスの魅力をイロトリドリたっぷり紹介するブログができました♡ ほぼ毎日更新しますので、日々の楽しみにしていただけたら嬉しいです。

http://francetrico.blogspot.fr/

↑毎日更新中です♪

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2015年8月6日木曜日

フランス、生活の始まり

フランスに着いてちょうど一週間ぐらい。前に住んでいたので、日本とフランス間のカルチャーショックになることはあまりないのだけど、今回は南仏。Parisと南仏の違いに驚くことが多々ある。

何が全く違うかというと、まず気候。Parisは灰色の曇り空、ときどき空が青い日があると嬉しくてしょうがなくて人々はカフェのテラスで日光浴にいそしむ。夏でも涼しい過ごしやすい日がほとんど。今年は30度を超える日があったみたいだけど。でも、ここ南仏は一言でいうと、”ピーカン”の空がほぼ毎日。

最初に到着した街はマルセイユという港街で、彼のお母さんが住んでいる。マルセイユというとちょっとガラが悪い街というイメージがあったのだけど(よく日本の街では大阪に似ていると言われる。そして、けっこう言い得ていると思う。)、想像を反して自然もたくさんあってカラっとした綺麗な素敵な街だった。マルセイユはミストラルという乾燥した冷たい風が吹くので、本当に街は湿気がほとんど感じられない。この風のせいで雲がなくて滞在中ほんとに毎日ピーカン。30度以上の日が続くのにあのじとーっとした汗はかかないのだ。風が乾いてひやっと冷たいので夕方にはノースリーブだと肌寒く感じることもある。マルセイユは3日間の滞在。

彼のお母さんはサラダのドレッシングにいつも醤油を使う。そして、醤油のことをTAMARI(タマリ)という(笑) 昔はラベルにTAMRIと書いて売っているのが定番だったらしく、けっこう醤油をこう言うフランス人がたくさんいることを初めて知った。ちなみに味は普通の醤油。たまり醤油ではない。


彼のバカンスも終わったので、彼の職場があるVillefranche-sur-Mer(ヴィルフロンシュ スューメール)というNice(ニース)の近くにある小さな町に移動。ここは、わたしはまったく知らなかったけど、観光地としては有名なところみたいで、小さな町だけどバカンスを満喫している人がたくさんいる。ここはマルセイユに比べて、ミストラルがないせいで湿気が少しある。
今滞在しているアパートは彼の職場が探してくれたワンルームで、ふたりではやっぱり何かと手狭なので今新しいいアパートをNiceで探している。小さくて狭くてキッチンも独り暮らし用のどうにも使いづらいものだし、アパートがかなり丘の上にあるので、ちょっと買い物をしようとすると広場まで15分くらい続く長い長い階段を降りていかなければならない。もちろん、帰りは反対に荷物を持って15分階段を登り続けるのだ。なんとも不便!!それでもとってもいいところもある。それは、アパート住人専用の屋外プライベートプールが建物に隣接されていること。日中はみんな働いているのか誰も泳いでいないので、ひとり占めできるのだ。あまりにも気持ちよすぎるので毎朝プールで泳ぐのが日課になってしまった。おかげでたちまち日焼けしている。このままだと結婚式には真っ黒になる。


コートダジュールの青を体感できる街

で、だいぶの楽しみだった野菜と果物だけど、やっぱり美味しい。同じ野菜でも色も味もギュッと濃くて、簡単にサラダにして生で塩と胡椒だけで、ボリボリカリカリクサクサ食べるのでも本当に満足する。遠くから船で運ばれた果物だけじゃなくて、地元の旬の生の果物を食べたい!というのは日本で渇望していたことだったので、それが実現できてこの上なく嬉しい。それを毎日できることに感謝しようと思う。ビオ(オーガニックのことをフランスではこういう。)のお店も豊富なので、いろいろと目新しいものが増えていて楽しい。実験を重ねようと思う。




フランスでこれから使う新しい携帯を恋人が用意してくれた。わたしの携帯の電話帳には、彼や彼の家族を入れて親しい人の登録は10人にも満たない。なんかシンプルで悪くないなと思う。パリやボルドーには友達たちがいるけれど、この街には恋人以外誰ひとりと知り合いがいない。こんな風に恋人以外誰ひとりと知り合いがいない街で暮らすのは、そういえばわたしの人生これが3度目だ。その度に親しくなる友達ができて、自分もいろいろ変わっていく。
ちょっと1週間いたぐらいで、たとえば今までと着る服が変わったり、食べるものが変わったりするので、そこから体の外身も中身も変わってどんどんどんどん物の見方や価値観も変わっていくんだろうな~と思う。楽しみだ。



毎日暑くて干からびそうになるけれど、みなさんも愛しい日々の連続を




2015年7月23日木曜日

内側の色彩-フランスへ出発

ボロボロ目から涙が次から次へとこぼれて、どうすることもできなかった。それは号泣というのではない。すすり泣きでもない。ただ体が涙を発生させるような感じで、そこに自分のどんな感情が動いているのか分からなかった。なぜ泣いているのだろうかと、頭では冷静に疑問を抱いていたけれど、涙を止めようという気は起こらず、しばらくただただその状態に身を置いていた。

他人に起きた出来事を知って、涙を出す。
そこに物語、例えば感動秘話や悲劇などの心を震わせるストーリーがあるわけではなく、ただただその出来事、事実のみを知っただけというとき。嬉しい出来事なのか悲しい出来事なのか、よくわからず判断ができない。そしてその出来事は他人の人生のもので、自分には関係がない。それなのに、涙が出る。わたしには生まれて初めての経験だった。

それは、その人の”ため”に泣く、その人を思って泣く、という類のものではなかったし、自分がその人だったらと想像して泣くというものでもなかった。その出来事がわたしにとって悲しいわけでも嬉しいわけでも、ましてやそれに感動したわけでもなかった。もともとわたしは他人に干渉するのもされるのも面倒臭いし、他人の出来事にいちいち一喜一憂するほうではない。
やっと涙もおさまり、なんでわたしは泣いたのだろうかと考えてみた。限りなく客観的に観察しようと試みた。それができたのかどうかはわからないけれど、ひとつ思い当たった。それは、「その人自身がその出来事をどんな風に感じて、どんな風に受け止めているのか、どんな感情の中にいるのか、それが全く想像できない、わからない。」からだった。
わたしの身体が涙を流した理由はそれだった。


いくら考えても想像しようとしてもその人の感情はどういうものかわからないし、自分がそれでなぜ涙を流したのかもわからないので、生まれて初めて「考えるのを止める」ということを意識的に努めた。わたしは今まで、寝ることで考えを中断させることはあっても、「考えるのを止める」ということはしたことがなかったのだ。うまいやり方がわからないので、思考をフランスの生活の方向へ持っていく。
フランスへの出発はもう真近。


もともとけっこう単純なので、フランス生活のワクワク感に思考は持っていかれ、この方法は案外うまくいった。

フランスでは日本で食べられなかった野菜や果物が食べられること、野菜や果物は日本よりも安く買える、ってのがあるので、嬉しい。豆腐や納豆が食べられない(あるけど、まずい)のは多いに残念だけど、たくさん野菜や果物を食べられるということが楽しみでしょうがない。食い意地がはっているのだ。




どんどん思考をフランスでいっぱいにする。

作ってみたい料理やデザートなんか調べ出すと、楽しくてしょうがない。ブルーベリーやラズベリー、カシスなんかのベリー類もたくさんあるので、それを使ったデザートもふんだんに作れるし、ハーブやスパイスもたくさんあるので、ここはちょっと本格的に南インド料理の研究に力を入れてみようかなんて考えている。果物や野菜はそれだけで色とりどりで美味しいので、生のまま飾るだけでも美しいし、それだけで美味しい。



 
一方で、この3ヶ月間実家で母と祖母が作る和食の家庭料理を食べてきて、和食の美味しさや工夫なんかを毎日目の当たりにして、この日本文化もわたしは大切にしようと思い直した。わたしがベジタリアンで基本はかつお出しもとらないので、祖母と母は、わたしには味噌汁ではなくとろろ昆布のお吸い物を作ってくれたり、野菜でステーキもどきを作ってくれたり、ちらし寿司の寿司酢をブラウンシュガーで作ってくれたりと、いろいろと工夫を重ねてはほぼ毎日菜食の和食を作ってくれた。それで、家庭の和食の彩りも改めていいなと思った。 とろろ昆布のお吸い物なんて、見た目の色が笑うくらいどよんと暗い灰色のグラデーションだし(笑)、母が立てる抹茶の色には単色が持つ清さに背筋が伸びる。祖母の作るちらし寿司の色彩を食したあとで、アメリカだかのヴィーガンの若い人が作った、果物を具として巻いた、ピンクや青に色がついたお米のMAKI-ZUSHIの画像なんかを見て、わたしは祖母が作る和食の落ち着いた色彩感覚もきちんと忘れないでいよう、お米を青色にするのは止めようと心に決めた(笑)
コントラストを持ってしか、その大切さを再認識できない癖はまだまだ直らなさそうだ。




ずっと同じかたちで文化を継承していくのは並大抵のことではないけれど、だからと言って歴史があるいい文化をないがしろにしたり、消滅させたりするのはとても悲しい。ひとつひとつが持つ文化にも興味と敬意を持って、それと同時にいろいろミックスする楽しみをつき進めていけたらなと思う。

ここまで考えてきたあたりで、泣いたあとの身体の反応は落ち着きを取り戻してきた。


落ち着いたけれど、油断すると、またその人の感情を想像しようとしてしまうので、思考をもっともっと心地よい方へ加速させる。
そうそう、ワクワクといえば食べることについてもそうだけど、この3ヶ月間の大阪暮らしのせいなのか、久しぶりに洋服のコーディネートも、色で遊ぶ勘が戻ってきた。昔みたいな色キ○ガイにはならないけれど、色や柄を足したり引いたりする感覚はやっぱり楽しい。

派手すぎると写真をとられた↓
これでも昔より100倍マシだし、派手ではないと思うw



いよいよ日本を発つ。
というわけで、この出発ぎりぎりのところで、また自分の知らなかった身体の反応を知った。今までわたしは、ストーリーに感動したり悲しんだりしたとしても、どこかでいつも冷静で、他人の感情なんて心底想像しようとしたりしたことなんて、本当はおそらくなかった。
...今のわたしはそんなにも他人を理解したくなったのだろうか?

恋人に今回の一連の自分の身体の反応を話した。彼はわたしに言った。
「わからないなら、無理して想像しようとしなくていいよ。その人に素直に聞いてみたらいい。君にとってその人は関係のない他人ではなくて、君はその人を大切に思っているんだよ。だから少しだけ混乱しているんじゃないかな。」

そうだった、わたしはその人のことを大切に思っているんだった。
その人に聞いてみよう。その人がどんな感情の中にいようと、わたしはその人を応援できる自信はある。そうだった。



自分の内側を見つめようとすると、日々いろんなことを発見する。
外側に求めずとも、そこは光と色彩に溢れている。その織り出される彩りに感動し、涙がでることさえある。

これからフランスの生活の中で、ゆっくりでいいから、わたしの身体、心、感覚、感受性を通してできる何かを見つけたいと思う。まだまだ模索中で、かたちになるまで時間がかかるかもしれないけれど、それが愛につながる何かになればいいなと願う。

何かの終わりと豊かなサイクルが始まるのは同じ変化の中にある。光が重なって眩しすぎて目を閉じたくなるけど、それを闇のように錯覚してしまうけれど、その光の中にこわばった身体を解放すると、実はなんともいえない柔らかな何かが自分を包んでいる。

みなさんも、それぞれの色彩で彩られる愛しい日々の連続を♡
それでは今度はフランスから~
À bientôt!