2015年10月8日木曜日

深い関係、光の重なり、変化

うっかりと本の世界に引き込まれてしまい、あるいは、すっぽりお尻を包み込むひとり掛けのソファとうっかり深い関係になってしまい、気がつくと窓の外はもう薄暗い。思いがけずカフェに長居をしてしまった。急いで勘定を済ませ、外に出た。


ぼってりと空全体を密閉している灰色の雲。肌寒さを感じ、シャツの襟元を寄せる。今にも雨が降りそうで、家路を急ぐ。帰宅時のラッシュだ、あちこちで車のクラクションが鳴り響く。
同じように家路を急いでいるのか、早足で歩く若い男がわたしを追い越した。追い越し際、その男が吸っているタバコの煙がわたしの顔に触れる。
その瞬間、時が止まった。何か強烈な記憶の気配が瞬時に体を包み込んだ。
そしてその感覚の懐かしさに、クラクラした。


曇天の空、肌寒さ、タバコの煙、クラクションの喧噪、灰色のグラデーションに包まれた街。南仏の青の街を沈ませ突如浮き上がったモノクロームの空間。
それは身体に染み込んだParisの記憶。

永遠を感じさせる存在と静けさの音色は、完璧な調和を。
控えめな太陽も妖艶な月も、その軌道をめぐり
光も力もその場所にある。
瞬間、毎時、すべてがそこにある。
光が宿っている。


ここ3日間、自分の中で、何か少しずつの大きな変化を感じている。
大きくバランスが崩れ、自分でもコントロールできない何かが動いた。
自分が今まで克服できなかった内側の固い塊の存在を再認識し、それに面と向かっている。いよいよそれを溶かし始める時、始められる時が、きたのかもしれない。


変えることができないことについては平穏にそれを受け入れる恵を。
変えるべきことについてはそれを変えてゆく勇気を。
そして、その二つを見分ける知恵を。
(The serenity Prayer より引用)

そばにいてくれる愛しい人への愛を。
そして、愛しい日々の連続を♡







2015年10月1日木曜日

イチジクの色気に自由を隠す

フランス人はお喋りだとよく言われるが、よくもまあ次から次へと口が動くことだと今まで何遍思っただろうか。わたしの夫もやっぱり、よく喋る。
喋るとひとことでいっても、内容はたわいない雑談に始まり、政治、哲学、思想、いろいろあるけれど、世間話をする”喋る”というものから始まり、意見を交換する”話す”という類いまで。話す、話す、話す。
もはや今わたしにとっても、それはなくてはならないものになっている。
とにかくわたしたちは、いろんなことを話す。


彼が仕事から帰ってきた夕方。まだ空は明るく夕飯の支度にも早い。ちょっと外を散歩しようかと外に出る。アパートの扉をバタン、鍵をガチャリと締める。短い螺旋階段を静かに降りる。中庭でタバコを吸っている階下に住むリュシアンと挨拶を交わす。大きな緑の扉を開けて外に出る。

そういえば、読んでたインド哲学の本、もう読み終わったの?どうだった?
わたしたちは話し始める。教会の鐘がなる。2つ目の角を左に曲がる。Rue Bonaparte(ボナパルト通り)。フランス人はこの道をナポレオン通りと呼ぶ。夫もそう呼ぶ。この通りに好きなカフェが手前に1件、奥に1件。最近は奥の方が気に入っている。彼のお父さんがくれたいい香りのろうそくについて話ながらテラスに座る。あの香りはもうアパートの部屋から消えないよ。それくらいずっと嗅いでたい香り。
ノワゼットを2つお願いします。


何を話してたんだっけ。そういえば人が何かの意見に狂信的になることについてなんだけどさ...etc
ここのノワゼットには手作りのクッキーがひとかけら付いている。それが美味しい。そのクッキーをノワゼットにひたしながら話を続ける。
デモの代表に学生がいつも使われるという偶然の(!)歴史について、誰が法案を通したいのかについて、自分の憧れの女性が実はそんなに知性が深くなかったと気づいたときどうするかということについて、仏陀とキリストが言ったそれぞれの言葉の表現の違いについて...etc

まだまだ話し足りなくてわたしたちはカフェをお代わりする。
で、何を話してたんだっけ。そうそう、可愛い小物を売るという行為について、消費について、それからおととい買ったイチジクの色気のある甘さについて...etc


4杯分の小銭を置いて、席を立つ。Merci! Bonne journée!
今日履いている靴の色について話しながらまた歩き始める。
電子音だらけのエレガントからかけ離れたファッションショーについて、道でよくすれ違う整形をたくさんしている男性について、ナルシズムと外見と精神の歪みについて、リズム感の無い人の踊りについて、わたしの大いなる偏見と反省について...etc
ここまで話していると随分遠くまで歩くことができる。とくに目的地があったわけではないので折り返す。


先週買った家具の色について、犬の糞に対する法律について、アマデウスについて、決まり事の無意味さに気づくことについて、なぜ世界は現代アートを根付かせたかについて...etc
ちょっとここに寄ってもいい?ズッキーニを買っておきたいから。
あ、パンも買おうよ。香ばしい匂いを抱いて、また歩き始める。
友達から届いたメールの内容について、妄想と現実について、作り込まれた現実について、管理下の世界について、海岸沿いを走る気持ちよさについて...etc


街中は音に溢れかっている。店でもカフェでも通りでも。わたしたちは大きな声で相手に話しかけなければならない。
わたしたちの耳に大きな音で鳴り響く電子音は必要だろうか?
それは本来ある何かをかき消すためのものなんじゃないだろうか?
いろいろな物事の本来が持つ本当の意味を取り戻したい。

気づいたらアパートの建物、緑の扉の前。中庭を通り短い螺旋階段を登る。
リュシアンが中庭でタバコをくゆらせながらワインを飲んでいる。Bonsoir!
鍵を開けて部屋に入る。


窓を閉めカーテンをひく。ろうそくつける。パチュリの香りが広がる。
裸になって布団にもぐりこんでも話している。
ひとりひとりがするべき内側のことについて、場所の空気と自分の肌が混じり合うことについて...etc

わたしたちは話すことを止めない。わたしたちにはまだ話す自由が残っている。
寝て、食べて、それからの続き。
本当の自由のために。愛のために。

愛しい日々の連続を。