ラベル レシピ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル レシピ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年6月16日木曜日

赤のデザート

Framboises qui sont toujours encore un peu plus acides que je ne l'imaginais
Bleu myrtille
Pain d'abeille qui ressemble à des morceaux de soleil
Graines de citrouille
Amandes cassés et noisettes
Fèves de cacao amères et croquantes
Rouge délicat de grenade
Rouge vivant de baies de goji
Couleur sensuelle d'Açai
Mélanger le tout avec une cuillère
Mettre doucement dans la bouche
C'est un bonheur...


”fruits rouges” 赤い果物たち
と、フランス語ではベリー類のことをいう
フランボワーズはいつも想像よりも決まってひとまわり酸っぱい
でもそれは病みつきになる
ブルーベリーの藍色を口に含む
プチっとした触感とともに鼻にぬける甘酸っぱい香り
ビーポレンの琥珀色 ほろ苦い太陽の粒
舌の先にかぼちゃの種をのせてみる
砕いたアーモンドとヘーゼルナッツをキュッと噛む
ほろ苦いカカオニブの食感
クコの実の力強い赤も少々
アサイーの官能の墨色
を、まぶされたザクロの実はいつにも増して頬を赤く染める
にやにやしながらスプーンで混ぜる
掬い上げるその瞬間の楽しみ 凝縮の時間


愛しい日々の連続を♡



2016年5月29日日曜日

愛しのヴィーガンボブン

Bo bun (ボブン): Phoに並び、パリ名物といっても過言ではないくらい、フランス人が大好きなベトナムの麺料理。細い米麺の上に、牛肉、揚げ春巻き、砕いたピーナッツ、野菜などをのせてタレでいただく、汁無しの麺。ベトナム語でBo=牛 Bun=米麺の一種 のこと。
用例:「これがパリで一番のボブン」と自分のお気に入りのボブンの店を張り合うのはパリジャンたちの特色。

ミントとパクチーが盛り盛りで、夜、ベトナム料理屋のテラスで食べるBo bunの美味しさといったら!!
でも噂によると本場ベトナムにはBo bunなんて料理は存在せず、フランスのベトナム料理にしかないらしい。そういえば日本でも食べたことがない。


ニースはもう昼間はノースリーブでうろうろできるほど、日差しが強くなっている。そろそろBo bunが美味しい季節だ。とはいえ、アジア料理はニョクマムやナンプラーなど魚醤が基本なので、ベジタリアンになってからは大好物のBo bunからも遠ざかっていた。
それでもどうにかベジタリアン使用で食べられないかしらと、いつもの食い意地の張った欲望でついに発明したヴィーガンボブン!!

アジア食材店で見つけた玄米の米麺に、
タイニで味付けした胡桃ときのこと茄子のベジタリアンミンチ、
細切り人参の甘酢漬け、
塩もみしたキュウリ、
ビオ食材店で売っているVegan揚げ春巻き、
たっぷりのミントとパクチー、
そして今回発明したとっておきのベジダリアン偽ナンプラーダレは、干し椎茸と昆布だし、砂糖、たっぷりのライム汁、そして秘訣は関西では欠かせない淡口醤油とそれからニュートリショナルイースト。ニョクマムを使わずに驚くほど似たくせのある味をだせたので、ボブン好きのCyrilもびっくり。わたしにやにや♡


愛しい日々の連続を♡





2016年5月19日木曜日

赤黒キヌアとベジタリアンのクスクス

今までずっとキヌアは赤を使っていたけれど、最近ハマっているのが黒キヌア。白<赤<黒で栄養価が高くなる。Quinoa noir(黒いキヌア)もしくはQuinoa sauvage(野生のキヌア)と呼ばれている。

Parisから帰ってきて、早速美味しかったあの店のベジタリアンクスクスを再現してみる。わたしの大得意の”舌の記憶を頼って”料理。付け合わせは、スムールの代わりに赤と黒のキヌアを混ぜて。



野菜だけのクスクスって味をだすのが結構むずかしいんじゃないかって思っていたけど、作ってみると意外に簡単に成功!
鶏も仔羊も必要ない。野菜だけで本当に美味しい。野菜は好きな野菜をどんどん入れる。2回作ってみて、1回目はとくに出汁をとらなかったのだけど、2回目は前の日にホワイトアスパラを茹でた汁を使って作ってみたら、やっぱりこくが出て美味しかったので、やっぱり野菜のブイヨンで作ると味が深まるなと実感する。(でも市販のブイヨンは全部同じ味になるのであんまりおすすめしません。使うのであれば有機のものがおすすめ。)

<ベジタリアンクスクス> 4人分
玉葱 大1個 (薄切り)
人参 2本(大きめにざく切り)
茄子 中2本(大きめにざく切り)
セロリ 1本
ズッキーニ 2本(大きめにざく切り)
ひよこ豆 100g(煮ておく、もしくは水煮を用意)
トマト 大1個
あればプルーン (種を除いて、半分くらいに切る)
あとは好きな野菜(かぼちゃ、パプリカ、かぶ、インゲン豆、カリフラワー、オクラ...etc)
白ワイン ひと回し
野菜のブイヨン 1.2リットル
パクチー 1束(みじん切り)
塩、胡椒
[必須粉末スパイス]
★パプリカ 小さじ1〜1.5
★クミン  小さじ1〜1.5
★コリアンダー 小さじ1/2
★しょうが 小さじ1/2
カイエンペッパー (辛くなるのでお好みで少々)

[加えると断然美味しくなるスパイス 家にある人はぜひ]
 カルダモン、シナモン、ナツメグ、クローブ、フェヌグリーク、ローズマリー

[お好みで]
アリッサや玉葱のコンフィ、アーモンドスライスなど

深鍋で中火、オリーブオイルで玉葱を炒め、透き通ってきたら★粉末スパイスを加える。 固い野菜から順に炒めていく(ズッキーニや他すぐに火の通る野菜以外)。最後にトマトとプルーンを加えて、白ワインを加え、アルコールを飛ばす。野菜のブイヨンと塩を入れて強火で沸騰させる。沸騰後はズッキーニ(他すぐに火の通る野菜)を加え、蓋をして弱火で20分。ひよこ豆を加えて5分。火からおろし、パクチーを撒き散らし、胡椒をふる。味見をして必要であれば塩も加える。

<付け合わせのキヌア>(もちろんスムールや他の穀物でもOK)
お好みのキヌア 250g(必ず、必ずよく洗うこと)
水 530ml
塩 少々

お好みで出来上がりにドライレーズンを混ぜてもいい。

鍋にキヌアと水と塩を入れ、強火で沸騰させる。沸騰したら弱火にして蓋をして10分(赤、黒の場合は12分ほど)。そのあと、火を止めて蓋をしたまま10分蒸らす。膨れ上がり具合を見て、ざるにあげる。

Bon'app!


出来上がりをすぐに食べてしまうんだけど、これは断然次の日が美味しい。その次の日はもっと美味しい。残っていればw
昔チュニジア系のフランス人の友人が、クスクスは前の日から作って1日中煮込まなければならないって言っていたのを思い出した。なるほどこういうわけかとその意味を知る。

クスクスって、もともとはフランスの料理じゃないのに、フランスの中ではフランス人が大好きな定番の料理。マグレブ領域を植民地として支配していた歴史の名残。植民地支配っていうのはけっして良いことではないけれど、こうやって食文化が混ざり合ったりして、そういうことも歴史に刻まれて国の文化が作られていく。

愛しい日々の連続を♡

2016年4月21日木曜日

愛すべき体の従順な奴隷、無知の罪

ジョギングをして、ヨガをひと通り終えた朝、何を食べようかでわたしの頭の中はいっぱいになる。せっかく体も心もすっきりしたというのに、これじゃあ生理的欲求の虜だ。まあそれも悪くはない。愛すべき体の従順な奴隷であるわたしは、さっと台所に立つ。
朝から台所に立つなんて。物心ついてから朝食を食べるのが苦手でずっと朝食は食べない主義だったわたしには考えられなかった。とはいっても、朝、食べたいのは果物だ。特に調理の必要はない。まだ朝からパンだのクッキーだのをがっつけるほどには朝食は食べられない。(ましてやご飯に味噌汁なんて!)


カシスを混ぜ込んだ豆乳ヨーグルトに、思いついた果物をささっと洗って、アーモンドを何粒か、胡桃もひとつかみ。へーゼルナッツも何粒か。ヘーゼルナッツはフランス語で”noisette ノワゼット”という。この単語の語感がなぜか好きで、ノワゼットをついつい買ってしまう。亜麻の種とひまわりの種もひとつかみ、かぼちゃの種の緑色も入れよう。思いついたものをとにかく入れる。今日は特別にココナッツクリームで作ったVegan生クリームを苺に添えてみる。ココナッツ、ビーポレン、カカオニブ、ざくろ、ドライクランベリー、シナモンに、クミンも少々、バラバラパラパラ。最近はボウルに盛らずに、そのままお皿に描くように置くのが気に入っている。最近のテーマは、なんとなくSexyなひと皿になるように(笑)

で、ひと口目、スプーンで端からぐーっと全部を掬いあげるのがなんとも楽しい。あとは思いのまま混ぜたり潰したりして、食べる。
市場には苺、ラズベリー、ブルーベリー、黒すぐりたちが体中キラキラの粒々の目だらけにしてらんらんと並んでいる。春だ。

<Veganココナッツ生クリームの作り方>
1. 漂白剤・乳化剤・酸化防止剤などの添加物が使われていないココナッツミルク缶を用意する。できるだけ脂肪分の高いものがいい。

2. 缶のまま冷蔵庫に数時間入れておく。(ココナッツミルクを液体と脂肪分に分離させるため。)

3. 凝固しているクリーム部分(脂肪分)を取り出す。

4. メープルシロップを自分の好きな甘さになるまで調整しながら入れる。バニラエッセンスも1、2滴。

5. 泡立て器で混ぜる。

Voilà 出来上がり!舐めだしたら美味しくて止まらないので要注意!


4/15、熊本大震災の渦中、参議院で”国民発言禁止法”がするりと可決したようだ。
「サイバーセキュリティー基本法 および情報処理の促進に関する法律の一部を改正する擁立案」、つまり「インターネット監視法」。
「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」、つまり、「自由盗聴法」。
「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律の一部を改正する法律案」、つまり、「中小企業監視法」。
つまりこれはすべてを監視下に置き、言論の自由を奪うことを目的とした法案たち。
想像していた通り。


わたしたちは願わずしもひとりひとりが密告者のような位置になる。個人のSNSやメールへ、警察、つまりは政府が自由にログインできるのだ。 別に見られたって平気、だって、料理の写真しかアップしないし、自分の子供の写真しかアップしないし、自分の活動やお店の宣伝しかしないし、なんてわたしたちは無邪気に言う。もちろん政府は個人の食卓の写真や個人レベルの宣伝なんかに興味はないかもしれない。(反対に、小さな子供の写真はかなり興味あり。だから危険。)でも、そういう簡単な問題ではないのだ。例えばわたしが何か政府に抗議運動をするとする。それを政府は面白くないと感じる。そうするとどうするか。わたしと関係するすべての人のSNSなどを探る。思想、行動、場所。わたしはどこにも隠れることができない。自分のSNSがそういうことに加担するということ。家族や友達のすべてを露わにする。個人のエゴにとりつくのは、個人だけではない。

無邪気さや無関心さ、そして無知からわたしたちは目覚めなければならないと思う。世界の出来事はすべてつながっている。起きている出来事に国境なんてない。つながりを知らないのは、無邪気で無知なわたしたちなのだ。

愛しい日々の連続を。


2016年4月13日水曜日

下品さの定義

あることがきっかけで、ちょっと”下品さ”について考えてみた。
思ってみれば、わたしがこの世でできるだけ遠ざかりたいなあと思っているもののひとつ、それは”下品なこと”かもしれない。
でも、下品と一言でいっても本当にいろんなことがあるわけで、ちょっとインターネットで探ってみても、いろんな人が下品さについて意見を持っている。


下品さっていったい何か。例えば辞書ではこんな風に記されている。
「品格・品性が劣ること。卑しいこと。またはそのさま。」(デジタル大辞泉)

考えてみると、まず動物には下品さというものは存在しない。
ということはまず、人間にのみ存在すること。

食事作法が悪い人は、下品だと思うことはおそらく一般的だろう。物がまだ口に入っているのに大口開けて話したり笑ったりしたりする人なんかは、世界共通でけっこう一般的に下品と言われることが多いように思う。ただし、国によって食事作法が違うので、下品さはその社会の決まりごとにも関係している。
あと他の人の意見では、お金の使い方とかお金についての話し方、人と知り合うことをすべてビジネスの拡張と考えている、露出が高すぎる服装、他人のプライベートに踏み込みたがる、噂したがる、裏でこそこそと汚いことをする、とかそういうことが一般的に下品なことと言われているようだ。自分の損得しか考えずそれを口に出すことも下品さのひとつだろうか。(地元を悪く言うつもりはないけれど、大阪のおばちゃん(のイメージ)の話し方や振る舞い、服装が下品だと思うことは、おそらく当事者(もしくは大阪人?)以外の共通の認識だろうw)


じゃあわたし個人的にはどうかというと、会話の中での言葉の使い方なんかに下品さを感じてしまうことが多い。中学生の頃(その頃はまだTVを見ていた)、「めちゃめちゃイケてる」というTV番組が流行りだし、瞬く間に「イケてる」という言葉が世間で飛び回った。わたしはこの「イケてる」という言葉がどうしても肌に合わず聞くたびに鳥肌を立てていた。なんて嫌な言葉使いだろうと中学生ながら思っていた。今はもう免疫ができ、「イケてる」と聞いてもなんの体の反応もなくなったが、実は今でもわたしはこの言葉が使えない。「超」とか「ヤバイ」とかも下品な言葉使いだし、流行りだした時の自分の拒否反応も覚えているが、 もう慣れすぎてしまいわたしも時々使ってしまう。そして下品だと思う。
あとは、いい大人なのに幼稚な言葉使いをしている人とか、幼稚な振る舞いが目立つ人なんかは、個人的に「おー、あの人下品だな」と思ってしまう。


礼儀知らずで無作法なことは下品だと言われることは多いが、ただ、これのみが下品さだとは言い切れない。なぜなら、下品さというのは、一言も言葉を発せずとも、何も食べなくても、ただそこに居るだけの立ち振る舞いや服装からも匂うからだ。他人を見る時の視線、笑い方なんかで下品だという判断をくだされることも多い。
おそらく人それぞれが持つ内側にある汚いもの、もしくはエゴを他人や世間に対して見えるように表に出すこと(もしくは隠しれきれないこと)が下品さのキーワードかもしれない。
時と場所、他人の領域なんかを考えず自分のことだけを考えて表に出すことも下品さのひとつ。服装なんかが下品だと言われるのは、これが大きく関係しているだろう。時と場所を考えない奇抜な服装や高い露出は、本人は気づいていないのかもしれないが他人としては、できるだけ見たくないもののひとつで、バシバシその領域を超えてくる。
「わたしは、わたしが、わたしの」が自分の領域を超えて他人のそれに踏み込んでしまっていること。
わたしもSNSを利用しているけれど、そういった意味ではSNSも下品さのひとつと言えるのかもしれない。

他人の領域(物質的にも精神的にも)を知るということは、知性も関係するだろうから、そういう意味で下品さとは知性にも関係するのだろうと考える。
ちなみに、アルコールを多量に摂取している人は普段はそうでもないのに、下品な言動や行動が多くなることが多いのは、アルコールが知性を奪ってしまうからだろうか。わたしもワインが好きで週1、2回飲むけれど、昔は今では考えられないくらいもっと頻繁にもっとたくさんの量を飲んでいた。その時代にわたしがしていたこと、言っていたことと言ったら...!思い返してみるとおおいにわたしは下品だったなあと思うのだw


下品さというものは何か。
なかなか難しいのだけれど、はっきりと言えることはひとつ。下品さというものは、その人以外の周りは感じているけれど、当事者は気づいていないということ。そして、それを本人に伝えるのはよっぽど近しい仲であってもむずかしいということ。

わたしにも下品なところがまだまだあるな、なんてこれを書いていて思い巡らし、改めて反省する。
どんどんどんどん、世界には下品さが蔓延しているように感じるのはわたしだけだろうか。


愛しい日々の連続を♡