2017年8月22日火曜日

月と浮遊感

あんたが山登り?!
山登りをしたとSNSに投稿した写真を見た、昔のわたしを知っている友人たちの揃いも揃っての同じリアクションのコメントに苦笑する。しかも結構な率でコメントの最後に泣きながら笑っている顔の絵文字がついている。笑われるのはいいけど、泣かれるのはいやだw


十年前のわたしは、自然なんてものに全く興味がなかった。7cm以上のヒールの無い履物は靴だと認めなかったし(本気で)、実際に、学生の頃履きつぶしたコンバース以外スニーカーを持っていなかった。中途半端に日焼けして黄色くなるなんてダサい、考えられないと、高校生の頃から徹底的にアンチ日焼けを約十五年くらい守り通していたし、そんなわたしを知っている旧友たちにとっては、今さら山登りなんて何があいつに起こったのだろうと、泣き笑いは自然なリアクションなのかもしれない。あの頃から考えると、わたしは180度といっていいほど変化している。


カフェを経営する友人とワインを飲んでいた時、カフェを売りに出そうと思っているんだとぽつりと言った。その店はわたしにとっては特に思い入れのあるカフェで、それを聞いた時全身に悲しさが込み上げてきた。同じようにその話を聞いた周りの人たちは「そうか...仕方ないね。」と落ち着いた反応をしている。「そんなのすごく悲しい!」とその友人の言葉をひとりだけ受け入れられないわたしは、周りの友人たちやそのカフェを売りに出す張本人にさえ、揃って「セラヴィ。仕方ないよ。」となだめられる。もういい年だというのに、ただひとり大人の中でぐずっている子供みたいだ。


初めての山登り、昔のわたしが見たら卒倒しそうな「運動靴」を履いて、岩しかない頂上に文字通り這いつくばって登った。足元の危うさと高さに足がすくむ思いだった。頂上の風を気持ちいいと感じるのもつかの間、無事に降りられるのかと早速心配になる。ちらりと隣を見ると、昨日まで連日の仕事でぐったりしていたくせにCyrilは水を得た魚、いや、解き放たれたばかりの猿のように嬉々として危うい足場を飛び跳ねながら登り降りしている。自然に囲まれて生まれ育った彼にとっては、ここは「恐さ」とは程遠い場所なのだ。夫婦なのにわたしたちはこうも違うのだと妙な気持ちになった。


あれだけ楽しみにしていた夏まっ盛りを迎えたというのに、途端にわたしは「お願い、お願いだから夏終わらないで」なんていう考えが止まらなくなる。日本にいた時はこんな風に思うことなんてなかったのに、あまりにも南仏の夏が好きになって、執着し始めている。今持っているものを失うのが恐くて先のことを心配して憂鬱になる。これじゃあ何のためにヨガをやっているのかw 全く学びが反映していない。Cyrilといえば、全く執着とは無縁の人で、いつだって足りていることを知っている彼の姿勢はいつもクールで、そんな彼を時々うらめしく思う。

ヴァニラみたいな無花果みたいな甘いいい香りがする花

「わたし海で泳ぐの大好きだし、ここの夏が大好きなんだけどさ、夏を満喫しているうちになんだか無償に秋が恋しくなるの。そうこうしているうちに秋が来て、すごくワクワクするのよ。」と、仲の良い生粋のニソワ(ニースで生まれ育った人のこと)の女友達が海辺でわたしに話した。ここで生まれ育った彼女たちは、新しいブティックやらレストランにももちろん目ざといのだけれど、それ以上に、昔からの行きつけのチーズ屋、食材店、洋品店なんかを大事にしていて、それを嬉しそうにひとつずつ丁寧にわたしに紹介してくれる。「口から耳へ」という言葉を揃って口にし、この小さいニースの街で、いいものは口コミで広がっていくのよと教えてくれる。


ふらっと立ち寄った夏のソルドで、気づいてみれば買い足したのは結局秋物ばかり。なんだかんだ洋服に関しては昔から秋服が大好きで、ゲンキンだけれども、こればっかりは秋の到来を楽しみにさせる。180度変わったと思う反面、1度さえも狂っていない部分も確かにある。

仲のいい友達の誕生日のホームパーティ、パーティも中盤に差し掛かると、主催の友人がジャズからエレクトロに音楽を切り替え最大に鳴響かせ始める。みんながサロンに集まりだす。重低音をガンガンに感じて踊りまくる。こういうのだったらわたしはそれこそ水を得た魚のようになれる。全く恐くない。超楽しい。またちらりと隣を見るとわたしほど魚度は強くないにしても、Cyrilも楽しそうに踊っている。セビアーン(楽しいねー)なんて言ってくる。なんだこいつは。これも楽しんでる。

この日友人宅の真新しい白い壁に赤ワインをバシャッとやってしまう

仲のいい友人たちがバカンスに出てしまって、街の中も地元の人より観光客の割合が多い8月後半。味気ない街を歩いている途中ふとなんだかさみしくなって、道の真ん中で時差も考えず日本の親友にスカイプをしてみる。もちろん応答するわけがない。パリの親友にも連絡する。彼女ももれなくバカンス中だ。それからいいタイミングで女友達からの誘があって飲みに出る。今まで知らなかった分かり合える部分があることを知ってお互い嬉しくなって、帰り道、ひとりなんだかほっとした気分になる。


誰もいなくなった夜の海で、背泳ぎをする。パンパンに膨れあがった満月手前の月があまりにも美しくて、泳ぐのも忘れてただただ見惚れる。なんだかんだ言って、わたしはこの海に浮かぶ感じが一番好きかもしれない、なんてふと思う。昔すり切れるくらいよく聞いたフィッシュマンズのナイトクルージングが、この海の浮遊感にシンクロして頭の中でふいに鳴り始める。ここの夏を堪能しつつも次に来る季節を喜んで受け入れていく秘訣を、いつかわたしも誰かに教えてあげられる日がくればいいな、なんて波に揺られながら考える。

愛しい日々の連続を♡




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