2016年5月14日土曜日

Parisのベジタリアン考①

行きたいバーだのベジタリアンカフェだの古着屋さんだのってチェックしたいことろはいっぱいあったけれど、友達たちからの誘いのSMSでことごとく計画は吹き飛ばされていったので、菜食のお店は10軒以上言ってみたいことろがあったのに、結局行けたのは3軒だけ。バーなんてまったく行けなかったw

とてもよかったのが、11区にあるSoya cantine bio(ソヤ カンティーヌ ビオ)というレストラン。ここには前から来てみたかったので、着いたその日のランチで予約していた。空港からスーツケース引っ張って直行したのだ。


13時、平日だというのにあれよあれよと言う間にどんどんと席が埋まっていく。Cyrilとふたりして迷いに迷って、前菜はふたりともMezze(ひよこ豆のフムスやビーツのペーストなど、パンにつけて食べられるディップと焼き野菜の盛り合わせ)を、メイン料理にはわたしはクスクス、Cyrilはマサラカレーを。


この前菜の驚くほどの美味しさ!!ベジタリアンの前菜というと、結構ひよこ豆のフムスが出てくる率が多いのだけど、ここのフムスは初めての味付け。アニス風味なのだ。それにビーツのペーストはゴマ風味!ご飯、いや、パンがすすむすすむ!それからセロリとパネ(白人参)のペーストはココナッツミルク風味。もうたまらなくツボなハーブとスパイス使い。ふたりしてお皿は舐めたようにパンでソーセしてピカピカにしてしまう。


メインのクスクス。スムールは普通の小麦粉かキノアかを選べる。キノア好きとしては迷わず。ベジタリアンじゃなかった時は子羊や鶏肉、魚介のクスクスを食べてきていたけれど、ベジタリアンになってからはちょっとクスクスからは遠ざかっていた。というのも、野菜だけのクスクスはどこで食べても、スパイス味のスープの域を越さないというか、どこか物足りなさを感じていたからだ。でも、今回思い切ってクスクスを選んでよかった!ここのクスクスは今まで食べたどこの野菜のクスクスよりも美味しい!野菜のエキスたっぷりで、何種類もの野菜がゴロゴロ入っている。敢えてゆうならば、辛さが全くなかったことが残念。付け合わせに手作りのアリッサはもちろんあったのだけど、ニンニクがきつすぎて、生のニンニクが苦手なふたりにはどうしても手が出せなかった。


Cyrilはクスクスよりも、自分が選んだマサラカレーがツボだったらしい。ココナッツミルクペーストで、これもゴロゴロ野菜が入っている。これはもういつも食べてる美味しい美味しい鉄板の味。失敗がない。


ところで、スーツケースを最初に席に通してくれたお店のアジア系のマドマワゼルに預けて、食事をしていた。満席だし場所をとるので店の奥で預かっていてくれるとのこと。しばらくしてメインが終わったあたりでオーナーのマダムが突然わたしたちの席にくる。「あの...スーツケースはおふたりのものですよね?」
そうですよと答えると、さっきのマドモワゼルが安堵の表情でオーナーの後ろから顔を出す。「あーよかった。どのお客さんのだったか忘れてしまっていたから。誰か忘れて帰ってしまったかと思って。もしかして爆弾だったらどうしようってキッチンの人たちと騒いでいたの!」と話しかけてきた。

ああ、そうか、まだあのテロの事件から半年しかたっていないんだ。あれ以来、パリ市民にとってスーツケースの忘れ物ほど怖いものはないみたい。


Soya cantine bio
20 rue de la Pierre Levée
75011 Paris
Tél : 01 48 06 33 02

Parisのベジタリアン②へ続く


2016年5月11日水曜日

番外編:Parisのアフリカ

(Parisに在るもの 後編はこちら) 

サンマルタン運河沿いに歩き、よっぽど注意していないと見逃してしまうその細い路地に入る。そこはまるで秘密基地のようで、ぽっかりと扉が口を開いたように存在している。


サンマルタン運河沿いのリトルアフリカ。Parisにあるアフリカのジャングル。

ずっと来てみたかった、ここはLe comptoir général(ル コントワーr ジェネアル)
 

おそるおそる入ってみると、そこは忘れられた昔のホテルのようなエントランス。ギラギラの頭上のシャンデリアと赤い絨毯の廊下を進む。壁に飾られているのは歴代のアフリカの独裁者たちの肖像。


アフリカのゲットー(移民系の集合密集住居地区)の文化やアートを集め、紹介している、パリの真ん中でアフリカにいるような気分になれるとっておきの場所。



ここの創設者は幼馴染同士のEtienne Tron と Aurélien Laffon。アフリカの音楽や文化も身近な地域で育ったパリジャン。 DJ、音楽プロデューサーとして活動しているふたりは、レコードレー ベルを立ち上げ、アフリカのクラブミュージックのコンピレーションアルバムをリリースし、注目されることが少なかったり、触れる機会があまりない、アフリカの素晴らしい文化的活動のディレクションをし、発表の場を設けたり、ビジネスに結びつけるようなサポートする非営利組織としてこの場所を創立したそう。平日は、環境問題に取り組む企業や団体に場所の貸し出しも行っている。



この室内の設備はすべて、オーガニックのものを使い、雨水を回収しそれを利用、廃材を再利用したりと、環境への負荷を軽減することを一番に考えられている。



カフェでアフリカ料理や南国ジュースを楽しんだり、2階にはヴィンテージショップやアフリカのヘアスタイルを体験できるバーバーもあるし(!)、夜にはクラブになる。ライブが企画されたり、映画が無料上映される日もある。日曜日は子供向けのワークショップが企画されることもあるそう。


ただ不思議なのは、その日ここにいてひとりもアフリカ系の人たちは見かけなかったってこと。
結局はBoboだけが集まる場所になってしまうんだろうか。それだったら...とても残念だ。


LE COMPTOIR GÉNÉRAL
80 quai de Jemmapes 75010

美味しいベジタリアンレストランについては次回♪




2016年5月8日日曜日

Parisに在るもの 後編

(Parisに在るもの 中編からの続き) 

夜11時過ぎ、セリーヌの家からの帰りはメトロ7番線に乗った。男がひとりで大きな声で話している。いや、イヤホンをつけて誰かと電話で会話をしている風なのだけど、その内容は延々とひとりで継ぎ目もなく卑猥で耳触りな言葉を羅列しているだけ。

夜のメトロでは、日本のような酔っ払いのサラリーマンを見ることはないが、薬漬けになっている人たちを見かけることは少なくない。時々孤独が渦巻く車両に紛れ込んでしまう。


夜12時前、ジルの家からの帰りは5番線に乗った。若い男が大きな声で一人で喋っている。よく聞いてみると喋っているのではなく、ラップで歌詞を歌っている。いや、もしかしからリズムにのせて喋っているだけなのかもしれないが。

”Je ne pense qu'à moi. Je ne pense pas aux autres.”
俺は俺のことしか考えてない。俺は他の奴のことなんて考えない。

こんなことわざわざ音にして言う必要があるのだろうか。もしくはリズムにのせてでしか表現できないのだろうか。向かいに座っている若いマドモワゼルは、心底鬱陶しそうな顔をしている。右隣のムッシュは無関心。携帯に夢中。白々と蛍光灯が光るメトロの中は、孤独だ。ちんけな歌詞をラップで歌う男の声だけが響きわたっている。




セーヌ沿いを歩く。
Cyrilと二人して結局何がしたかったって、”flâner”(フラネ):ぶらぶら歩く。気ままに散歩すること。住んでいた街を観光する。


Parisは観光で来るところ、住むところじゃないよ、とゾエは繰り返す。Parisはそんなに好きじゃない、スイスの山近くに住みたい場所があるんだとジルは話す。
子供ができて部屋数のあるアパルトマンに住まなければならないので郊外に引っ越しを決めた時、セリーヌはParisから出たくないのに、とボヤいていた。




Parisから帰ってきて、わたしの生活は変わった。重くて頑として動かなかった石がコロリとひとりでに移動したように、状況が変化する。ハイハイこっちこっちと突き動かされるように、自分の意思とは関係ないものに引っ張られる。そういう時のわたしの体には妙に根拠のない自信がみなぎっている。もしくは、自分の中に蓄積していた要らない部分がリフレッシュされた感覚。実をいうといつもこうなのだ。Parisから帰るといつもこう。この感覚はこれで4回目。インドに行ったことがないから詳細や真相はわからないが、インドに行くと何かしら自分を取り巻くものがいろいろ変わるとよく聞く。Paris嫌いな人には考えられないかもしれないけれど、なぜかわたしにとってはそれがこの場所なのだ。奇妙だ。もともと最初は、フランスという国の首都、という知識だけで、そもそも特に憧れがあったわけではない。

もし、誰か他の人がParis以外でも、自分にとってこんな風になる土地のある人がいるのなら、話を聞いてみたい。どんな感覚なのか、自分と同じなのか違うのか、その土地はどんな場所なのか。


リリシズムと、ウィットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと...、そんなものをParisから除き去ってしまったら。
そんなこと、愚問だった。なぜって、この街にはやっぱりあの力が渦巻いているからだ。何かが張り巡らされている不思議な磁界。ここでどうにか気が狂わずに暮らしていくには、リリシズムと、ウィットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものたちを駆使して生きていかなければならない。
跡に残る美しい歴史ある建物たちは、街を横切る河は、すべてを知っている。



”Paris est la grande salle de lecture d'une bibliothèque que traverse la Saine”
- Walter Bendix Schönflies Benjamin -
「パリはセーヌ河を横断する図書館の大閲覧室 」(拙訳)

ドイツの人、うまいこという。





Parisに在るもの 中編

(続き Parisに在るもの 前編)

二度目にParisの街を訪れた時から、なぜかここの土地を踏むといつも、ああ、やっと帰ってきた、と思う。これについてはただの懐古趣味的センチメンタルかもしれない。Parisには大好きな女友達が二人住んでいる。Cyril以外で、このふたりと会う時だけはわたしはフランス語でも饒舌になれる。

2年半ぶりに会うセリーヌの、初めて会う子供。パパが大好きすぎる2歳。それはもうよく喋る喋る。ママもパパも彼女には何かしらきちんと質問形式に会話をするので、もう受け答えがきちんとできる。Non!は何よりもはっきりと伝える。すでにもう立派なパリジェンヌだ。すでに立派にこまっしゃくれている(笑)

それにしてもなぜ親友という生き物たちは、日本だってフランスだって、揃っていいお母さんになるのだろうか。



わたしが一度目の結婚で離婚を決めた時、酔っぱらっていたかなんかで”わたし離婚する!”と日本から携帯でゾエに連絡したことがあった。「Ayami、酔っぱらってるでしょ。みんなね、離婚しちゃう。フランスなんて半分は離婚するんだよ。それってほんとうに寂しいことだと思う。そんな簡単に離婚したらだめだよ。」とわたしをたしなめた。
わたしはもちろん彼女の忠告を聞かなかったが、そういう彼女も、半年後に離婚したw 自分もやん!って、その時はどれだけ笑いながら彼女をなじったかしれない。
今回、テロのこと、菜食のこと、いろんなことを話して、話して、またゾエのことを好きになった。



この日はCyrilのいとこのジルの家に遊びに。手料理をご馳走してもらう。とはいえ、一人暮らし、仕事バリバリの彼はプライベートも仕事も一緒くた、広いアパルトマンなのに、趣味と仕事のガラクタ(としかわたしには見えない、ごめんw)でギュウギュウで、最先端の料理器具を使いながらピカールの冷凍食品も駆使しながら、それでもちゃんと前菜、サラダ、メイン、デザートって用意してきちんとひとつのコースを用意してくれている。こういう文化は男でも女でもフランス人に自然と根付いているんだろうな〜といつも関心する。始めから終わりまでもうずっと喋りっぱなしで、食べ過ぎでなのか、笑い過ぎでなのかもはやわからないけれど、お腹を抱えながら笑って完食。アペリティフにジルおすすめのシャンパーニュの梅酒割り、初体験。フランス人ってけっこう梅酒好き。
帰り道、ジルにも早くいい人をって、Cyrilは親戚のじじいみたいなことを言っていたw



セリーヌは髪を切ったばかりのわたしに、前のわたしの髪型の写真を見て、「これ、日本人がよくしそうな髪型だからあんまりよくない。今の方が全然個性的でいい!」という。とりあえず憎まれ口をはさみながら、個性的であることを褒める。でもやり過ぎで下品なものはNon!(もしくはBeurk!:げ〜!の意味)と、ぜったいにみとめない。


バーだのベジタリアンカフェだの古着屋さんだのといっぱい行きたいところがあったのに、そういう計画は彼らからの誘いのSMSで結局のところ毎日ことごとく吹き飛ばされて、家に遊びに行ったりその辺の適当なカフェに入り浸って何時間も話し込んだりあっと言う間に時間が過ぎる。

こうやって懐古趣味的センチメンタルが育っていく。ナルシズムとロマンチシズムが混じり合った突発的な涙みたいなもの。もっとも、セーヌ河はそれを受け入れ流す寛容さを持ち合わせるほど慈悲深くはない。勝手に湿りたいだけのわたしたちは放っておかれるだけ。

とにかく。リリシズムと、ウィットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと...、そんなものはなから気にせずに、セーヌは流れている。

後編へ続く

Parisに在るもの 前編

"If you are lucky enough to have lived in Paris as a young man, then wherever you go for the rest of your life, it stays with you, for Paris is a moveable feast"

もし幸運にも若者の頃、パリに暮らすことができたなら、
その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。
パリは移動祝祭日だからだ。
E.ヘミングウェイ( 高見浩 訳 新潮文庫『移動祝祭日』より)


4度目のParis、2年半ぶり。といっても前回は2日間だけの弾丸滞在だったから、住んでいた時から数えれば6年ぶくりくらいになる。

昔から何度かここに書いているのだけど、Parisには不思議な磁界がある。と思う。
何か大きな力が街全体に渦巻いている。おそらくここに住んだことがある人の中には、この感覚がわかる人がいるのではないだろうか。長い間わたしは、わたしのこの感覚やParisの街に対する感情を、ただの懐古趣味的センチメンタルなんじゃなかろうかと自問していた。パリ好き症候群のただの戯言なのじゃないのかと。


でもやはり今回も同じものを感じた。その力がそこにあった。よほど敏感な人なら観光で来た人も感じるのかもしれないけれど、とにかくどう伝えればよいのか、奇妙な何か。言葉で無理やり手繰り(たぐり)よせるならば、それは”何かと何かを繋げるもの”。それは人と人かもしれないし、人と物かもしれないし、あるいは人とある出来事かもしれない。そういうものが街全体に糸のように張り巡らされているような感じ。Parisの住民全員がそれを感じているとは思えないが、 もしそれを感じる能力がある人がParisに住んでいるのであれば、それと折り合いをつける何かしらの方法を見つけ出して暮らしていかなければ、果てには気が狂いでもしてしまうんじゃないかと思う。ヘミングウェイだってそうだったんじゃないのかと、わたしは密かに疑っている。


そしてここでは、リリシズムと、ウィットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものだけで生活が成り立つような気さえする。例えばそんなものをParisから除き去ったら跡には何が残るのだろうか。何が在るのだろうか。


中編に続く。


2016年4月24日日曜日

なんでもない日に

この一連の流れを、体の中の温かい集まりを、あなたにどう伝えようか。

愛情を伝えることはまったく禁止されていない。言葉で態度で体の温度で愛情を伝える。想像する。相手が喜ぶ顔を。
誕生日もクリスマスもバレンタインもこのなんでもない日の個性に比べると、とたんに画一的になる。


この一連の流れを、体の中の温かい集まりを、わたしはどうやって伝えたらいいのか。
後ろから羽交い締めにしようか。足首にまとわりついてみようか。
カードに文字をしたためようか。
いや、やっぱり...口から始める何かにしようか。


つぼみは花を咲かせ、時が去り花は枯れる。
そしてその後に残るもの。日常に溶け込み息づかせるもの。

その言葉で、態度で、体で、その表現で、
なんでもない日に色がつく。なんでもない日の香りに気づく。
なんでもない日に愛を。

愛しい日々の連続を♡






2016年4月23日土曜日

Une journée à Aix en Provence

Un jour de beau temps, j'ai flâner dans les petites rues à Aix en Provence.




エクスの街は壁がベージュ色の建物が多く、落ち着いて、またニースの街並みとは別の印象。至る所に噴水があるのもこの街の素敵な特色のひとつ。




市街から車で10分ほど走らせたところに、川が流れ、緑が広がり小さな森のような素敵な場所が。絶好のピクニック日和。









実をいうと、Cyrilとふたりして、海より川派。海岸より森林好き。ニースには悪いけれどw
街から少し足を伸ばすだけで深い自然に触れられるのは、この国の本当にいいところ。

愛しい日々の連続を♡