2015年5月7日木曜日

月とアーモンドの隙間

恋人を関空から見送ったあと、ひとり帰りの快速列車に乗っていると、車窓からアーモンドみたいな月が見えた。ただただぼおっとその月のかたちを目でなぞっていると、突如不思議な感覚に包まれた。時間とか空間が滲んできて、それは日が昇ったり沈んだりするみたいにさも当たり前かのようにして、現実ともうひとつの現実が重なったりずれたりする、その間をゆらゆら漂う感覚。またこの感覚だ。


そして、その快速電車の夜からわたしの身体の感覚が少し変わった。なんというか、身体のどこか一部分が、皮膚もなく生の身体がさらされているような、もしくは身体全体の表面の皮膚が一枚ぺろりと剥がれてしまったような感覚。特別嫌な感覚ではない。ただいろんな外からの刺激が皮一枚分自分の身体にダイレクトに届いてしまうのだ。刺激を受けて、すぐに反応が起こる。それは痛いとか熱いとか嬉しいとか悲しいとかとはまったく関係なく、反射的にボロボロと涙が出る、 そんな類の反応。涙がいつでも惜しみなく出るようにとセットされているような、そんな感じ。
空がくっきりと晴れた日差しの強い朝に自転車を漕ぐ。坂を登ったあと、平らな道が続き、ペダルを少しゆるめて街路樹の木陰に入る。生い茂る葉の影の下で景色の色のトーンと温度が少し下がる。サドルを握った自分の手もペダルを漕ぐ太腿も、街路樹の陰の中にまるごと包まれて身体が街路樹に一体になっているような錯覚に落ちる。その瞬間ふわりと風が吹き、 すっと身体を冷やす。そんな時、予期せずボロボロと涙が出る。そんな感じ。それは反応なので、あ!と思ったときにはもう遅い。きっとコントロールすることもできるんだろうけれど、まだこの身体の感覚に慣れていないので、まだうまくできない。思うようにスイッチのオン・オフで切り替えることができたら便利だ ろうなとは思うけれど。まあとくに今は、この反応をあまりコントロールしようとは思っていない。この不思議な身体の感覚を他人ごとのように楽しんでいる。


そういえば、最近改めていいなあと思ったフランス語の表現がある。
”Tu me manque.” 
直訳すると、「君(あなた)が私に欠けている」
英語では”I miss you.”と表現するらしい、つまり「私は君(あなた)がいなくて寂しい。」っていうことを表す言い回し。英語は”私”が主語になる。でもフランス語では相手”君”が主語になる。
「君の不在が私を寂しくさせる。」
綺麗な表現だなと思う。いちいちまどろっこしいと思う人もいるだろうけど(笑)、わたしはいいと思う。
というわけでちょいちょいノロケ。 先に彼がフランスへ帰国しているので、まあそういうふうにスカイプなんかでちちくりあっているわけだけれども、この期間はお互いにとってとても大事な繋ぎ目の時間なんだろうなと思う。とりあえず何ヶ月間か、彼がわたしに欠けている。
そういえば親友とも離れてしまい、彼女ともちちくりあっているので、わたしは今なんだかんだ大事な人たちとちちくりあうのに忙しいのだ。


でもこの空いた時間に、この場所で、この不思議な感覚の身体でいるのもまた特別なことなのだろう。今までわたしは周りに与えられ続けてきたけれど、もしかしたら自分も周りに何かを与えられる、少なくとも与えられたものを分けることができるように少しはなっているかもしれないなんて、考えだしている。周りの人がしているかたちと同じようにはどうしてもうまくできないのだけど、それはそれで自分なりでいいじゃないかと思えるようにもなってきた。
例えば特別なことは何もしないで家の中でいると、突如とてつもなく不安になったりする。自分だけ何も進んでいないように感じて、自分が何かから取り残されて いるような気分になる。そんなときすぐに外に飛び出すのもいいんだけど、一度自分に問うてみる。不安のもとは何か?本当にそれは不安になるべきものなの か?少しずつたぐり寄せていく。たいてい不安の正体はいつも同じ。最近そういうときには、焦らずに、大丈夫。全部よくなるようになっていると、ぐっと腹の下に温かい力をためられるようになってきた。年をとって楽観的になっているせいもあるかもしれないが、少しずつそういうことができるようになってきた。自分にこれから起こることを自分自身で選びとって受け入れる。それから日々の小さくてそれでいて見逃したらもったいないとろりとした甘露みたいなものを楽しむ。満ちたり欠けたりする自分を甘受する。体を愛して旅をする。わたしの何かの感覚を使って、そういう秘訣を少しずつ周りの人たちに分けていければいいなと思う。

月の香りを感じたり、黒色の官能を選んだり、揺れるスカートで現実を少し覆って、ひとりにやりと匂いに潜む秘密の記憶を楽しむ。アーモンドを少し齧る。言い訳の赤色を愛する指でぬぐってもらう。お湯の中に体を沈めて、耳までそっと入れる。目を閉じる。ろうそくの光が滲む水の色を味わう。揺れるリズムに身を委ねる。

満ちているように感じたり欠けているように感じたり、みなさん、愛しい日々の連続を♡






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