2013年10月28日月曜日

ようこそ、セクトへ♡

★★★以前のところから、ブログを引越ししました♪
アドレスが変更しています★★★


最近、わたしはとっても、へらへらしている
前からわたしはへらへらしているように思われているかもしれないけど、
それならそれで、今は...もっとへらへらしている♡

そして最近、気の合う友人からは、
「その年で悟りをひらきつつあるんじゃない?」、とか、
「いよいよ変な宗教を始める気だね」とか言われたりして、
なんか、ちょっと変な人扱いされたりしている...ような気がする

なぜかというと、最近どんどん自分の考え方を研ぎ澄ましつつあって、
それをとっても楽しんでるからなのだと思う

その考えというのは、まとめて言うといたってシンプルで、
「自分が望んでいるものを自分自身がきちんと認識して理解するってことが、実は一番大事なことなんじゃないか」っていうこと



その自分がほしいもの(欲するもの)は具体的であればあるほどよい
なぜかというと、
「自分が何が欲しいかちゃんとわかってる」ってことは
何が今できるかがわかるってことで、
それがクリアになればなるほど、できることとか進む方向が
ハッキリと見えてくるから
つまり、自分にとっても、周りの人にとっても、
とても楽なことなのだ



自分が悩んだり落ち込んだり気分が沈んだりしてる時というのは、
自分自身が、自分の欲しいものをきちんと理解していないってことに
原因があるような気がする

自分が欲しいものとして認識しているものは
実は表層的なもので、実は奥底にある自分が本当に望んでいるものがわかってなかったりする
その表層的なものにしか目がいっていないから、
「なんか全然思い通りになってない、手に入ってない!」って
イライラしていたりする状態が多い、気がする
でも、それは、実はとても無駄なこと


結局は自分を深く理解すること、つまりそれは自分を愛してあげること
それに辿り着くのではないかと思う

で、そこまでくると、何がいいって、すごく楽!
ほんとに楽なの



そして最近のわたしはもっぱら自分の本当に欲しいものたちの掘り当て
作業に焦点をあてているのだけど、
実は昨日、一番自分が欲しい大事なものが見つかった
ここ何ヶ月かずーっとハッキリしていなくてもやもやしてたのだけど、
ベッドの中でふにゃふにゃしていると、突然にピーンと来て
「あ!そうなんだー!」って超すっきり!


というわけで、わたしは最近、へらへらしている♡(笑)
伝わるかな、この"へらへら"
どう伝えればよいか言葉が見つからないけど(っていうかそもそも伝える必要があるのかがよくわかならいけど)、とにかく、
この感覚はとても楽で、ゆるくて、楽しい

みなさんここらで一緒にへらへら教に入信しません..か♡?





それから、考えてみて、
自分の本当に欲しいものって一体、何?

2013年10月9日水曜日

どこでもドア

「どこでもドア」があったら、なんてよく言うけれど
実はわたしには「どこでもドア」で旅行に行った経験がある


そのドアには、時間の概念も、空間の概念も、ない
ただ、行きたい場所につながっている


そして実際には、世間一般に「ドア」と呼ばれているような扉状のものを開けたりくぐったりするのではなく、ただただまっすぐ時空の無い道を歩いていく感覚だけなのだ

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例えば家の前の道を、例えば職場への道を、いつものようにずんずん歩く
そして、そのうちに気がついたら、「行きたい場所」へついている

知らない間についている


3回目にパリへ行った時に、初めて、この「どこでもドア」体験をした


行きは、家の近くでお蕎麦を食べてカフェのテラスでお茶をしながら彼とぺちゃくちゃお喋りをして、そのまま彼の車に乗ってまっすぐ道を走らせているうちに、着いた
パリに
ストンと着地したのはオルセー美術館の入り口のサイの銅像の前。

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そして、帰りはパリで滞在していたホテルの周りを朝、ひとりでぐるぐる当ても無く散歩して、カフェに入って彼女に携帯でメールに返事を書いて、送信ボタンを押して勘定をテーブルに置いたあたりで、日本の家に戻っていた

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本当にこの体験はやみつきで、一回経験したら、きっとみんながとりこになると思う


時々、時空の感覚を懐かしく思って”ホームシック”になることもあるけれど、
そもそも”ホーム”という場所自体が存在しない


パリの大好きな彼女とさよならのビズをして、何回も名残おしくて抱き合って、
パタンと扉を閉める、その感覚はそこだけに宙に浮いて、存在している

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SFでも、宗教でも、ニューエイジでも、なんでも無い
不思議な出来事でも無い
頭が変だと思われても、それはそれで仕方が無いけれど

でもただこれは、紛れも無い、わたしの本当の体験なのだ

(ちなみに、時空が無いくせに、なぜか時差ボケは、時々する)


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2013年9月5日木曜日

誕生日の下着 からデザイン考

自慢したい♡
純粋にただの自慢!

この間、32歳の誕生日のために、下着をもらった

Aubade♡


わたしの初めてのAubadeは”Boîte à desir (欲望の箱)"シリーズの


黒のタンガ...

これがね...超可愛い...!


バースデーソングと一緒に手渡されて、紙袋から取り出して、


外紙をビリッて破いた時点でなんか四角いボックスのパッケージ、Auba...くらいまで見えて、きゃおっ、もしかして!


ってなって、驚きが確信に変わる瞬間に、パパーン!ってレースの繊細な、黒



...でも広げた瞬間!

あれ、これサイズ大きくない!?って


サイズ表記は、U、 フリーサイズなのに


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で、次の日の夜、試し履き...


これがね...、超最高!


さすが、サイズも計算されてる


といってもやっぱわたしには若干大きかったのだけど、


でも一般的に「どの部分で履くか」ってのがみっちり計算されている、デザイン



                          これ↓

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で、ここからまた、ここからわたしは「デザイン」(ここではファッションの)について思考がシフトするわけで

だいたい今の市場において、ファッションデザインっていうのは
需要に沿ってなされるのがやっぱり多いと認めざるを得ない


でもね、Aubade、履いたらね、なんというか...
デザインにこっちの体が合わさざるを得なくなる
こっちが、どうしても...合わそうとする、
それこそ、欲望に忠実なかたちで

で、今まで、”グッドデザイン”って、外見と機能さを兼ね備えたものだと
認識していたし、それなりにそういう風に習ってた

でも、これ履いてみて、変わった

ファッションに限らず、いいデザインって、多分...、
外見と機能さはもちろん基本として、
使う側がね、自分の体をそのデザインに合わせてしまう
自分の欲望とか願望とか
しかも知らないまに、ぴったりくるように
だからそのデザインは結局自分だけ、唯一のデザインになる

そして、双方が双方になじむ
自分が変わるつもりじゃないのに、素敵な感じで変わってしまう
変えたいわけじゃないのに、自然に変わってる

いいデザインって、それこそ素敵な恋愛みたいだ

それをいちいち一大事にとるかは、個人の自由なわけで
その時だけ楽しんでも、一生大事にしても、どっちでもいい

どっちにしても、素敵なこと


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でもさ、女の人、下着ってきちんと素敵なの、選んでるのかな?

そしてさ、男の人、それをきちんと愛でてから脱がしてるのかな?

Bonne soirée, en tout cas!!




2013年8月18日日曜日

動物的に合う関係

最近、新しく気の合う友達ができた

その人は前にわたしが住んでいた家の近くに住んでいて、その頃はよく道ですれ違ったりして軽く会釈する程度だったのだけど、最近偶然また道でばったり会って、わたしが引っ越したことなどを話したりして初めてお互い自己紹介をし、今度軽く飲みに行こうということになった


その人はイギリス人で、日本に長く住んでいるのでもちろん日本語もけっこう話せる
わたしは英語が話せない 聞くのはまだしも、話そうとすると、単語と発音がフランス語とごっちゃごちゃになって、英語が話せる人たちにはいつも苦笑、というかばかにされる...ので、恥ずかしいので、極力英語は話さない


でも、そのイギリス人の友人はけっこうわたしに英語で話しをしてくれる

もちろん多分スピードをおとして噛み砕いて話してくれているのに違いないけれど、なぜか話がよく理解でき、あんなにいつも出てこない”英語の単語”がすんなり出てきて、自分でもびっくりするほど英語で意思疎通ができていたりする(←というか、思いこんでるだけかもしれないけど)


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で、考えてみると、その友人とは年も離れているけれど、けっこう嗜好や考えることが似ている部分があって、言葉を駆使して伝えなくてもすんなりお互いの言いたいことがわかったりして、だから「英語が通じている」と感じるのかもしれない

もしくは、自分の好きなジャンルの話題の単語はすんなり入ってきたり、すぐ覚えたりできるっていのもあるのかもしれない

とにかく、わたしたちはすぐに打ち解けた


ところで、わたしにはフランスに住んでいる仲がいいフランス人の友達たちがいるが、出会った時はわたしのフランス語は今よりももっとつたなかったので、今考えるとどうやって仲良くなったんだろう、と不思議に思う

その中のひとりの女友達が、わたしにメールをくれたことがある
「変だと思うんだけどね。お互い言語が違うし、あんまり会えないけど、なんでかいつも心の中にいて、わたしたちは感覚が似てるって思う」

わたしも同じ気持ちだったのだ

同じ言葉を話す日本人でも、「こいつとは全然話できない、全然通じないな」なんて思う相手がいたりする



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で、この違いはなんなんだろうか、なんて考えてたら、仲がよくなる人との共通点がふと思いうかんだ


それは多分、”美味しいと思う食べ物の味、もしくは嗜好が似ていること”

なんじゃないかと思う

これは全然見当違いかもしれないし、これはわたしだけにしか当てはまらないことかもしれないのだけど、そんな気がしてならない


食べ物の趣味が似ている人といるのは、妙に楽しくて、妙に居心地がよかったりする
これって実は...「食べ物の趣味が似ている」ってことは、考えることとか感覚が似ているってところに通じてるのでは、って思う


反対に、例えばセックスとかしたとしても、その前の食事の時に”あれ?この人と食べ物の趣味合わないかも”って感じたら、その後結局は仲良くならない...極論だけど
(ってか、セックス自体も合わない...w)


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って考えると、案外単純だなーって思う

食べ物が人をつくるってよく聞くし、わたしの母親もよく言ってるけど、
食べることが肉体だけを作ることだけではないって、よくわかる


友達でも恋人でも、胃袋わしづかみは、やっぱり大事なことなのかもしれない(笑)


それにしても、大人になって気のおける友人ができるというのは、やっぱり楽しいこと
そんな人たちと美味しいものを食べたり飲んだりするのは、とっても素敵なことだ

こんなにも動物的につながって、且つ人として気が合うって、なんて愛しいことだろうか


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それでもやっぱり...


その動物的感覚だけじゃ物足りなくて、言語的感覚も共有できる相手となると、それはもう、メロメロなわけで♡
そして個人的には、やっぱり英語よりフランス語が好きなのだ

2013年7月25日木曜日

想像の時間

例えば、もし誰かとふたりでお酒を飲んでいたとして
その夜、すごくいい話、もしくはすごく何か素敵なことがふたりでできたとする

この日、この夜、この場所、このタイミングでしかこの話してなかったよね、とかこういうことふたりでできて嬉しいよね、的なそんな素敵なものをふたりで共有した夜

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で、次の日

実は相手はまったく記憶がなかった
自分には完璧に記憶がある
もしくは反対の状態(自分には記憶が無くて、相手にはある)

そういうのって大いにありえるわけで
その夜自体はもう二度と戻ってこなくて
その時に話したとてもいい話とか、その時に共有した出来事とか、
ひとりには存在するもので、もうひとりにはまったく存在しないもの

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でも、実は物事ってこういうことじゃないか、なんて最近考える

同じ時間、同じ出来事を共有したと思っているけど、
実際肉体はふたりそこに在ったとしても、
相手の意識はそこにいたとは 結局言い切れないわけで
片方には存在していないもの、
もう片方には存在しているものになり得る


じゃあ、もう少しぎゅーっと考えれば、それって、
自分の思ったこと、把握していることしか
現実にはなり得ないということ
それって、実はなんでも自分が想像できるってことだと思う

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なーんて、むずかしくいろいろ考えたりしてみるけど、
誰が覚えていようがいまいが
やば、幸せ♡って自分が思えることが一番だなと思う

ってか最近酔っ払って記憶を無くすことが多々あるからなーww


この日も夜中目が覚めたらテーブルの上がこの状態↓
あれ、いつの間に帰った?あれ、わたし寝てた?

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2013年6月27日木曜日

おいしい時間


家の近くだし、料理も美味しいし、スタッフも気さくで感じがよくて、しかも美味しいティラミスがあるので、お気に入りのレストランがある。何かにつけてはわたしがそこに行きたいというので、ついに「あの店は君のドラッグだね」と言われる始末。

その夜もそこに行った。

ふたりでしっかり締めのエスプレッソまで味わったところで、「ハイ、どうぞ。お店からのサーヴィスです。」と、パッションフルーツとヴァニラアイスがテーブルの上に置かれた。

「先にパッションフルーツをちょっと食べてみて、よかったらそれからそのヴァニラアイスをパッションフルーツに混ぜてぐるぐるして、食べてみてください。」


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初めて食べるパッションフルーツをそろりと口に運ぶわたしを尻目に、彼はもうすでにヴァニラアイスをスプーンでぐるぐるしている。そしてしきりに、小さい頃に好きだったコメディアンのサイン入りのポスターがそのレストランのトイレに貼ってたと興奮して話している。もちろんiPhoneでそのコメディアンの古い映像を検索し、それをわたしは見させられている。
その映像からちらっと目をはずし、ぐるぐるかき混ぜているその彼の手の様子を見ていたら、突然ふわりと妙に幸せな気持ちになった。

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また別の夜、久しぶりに親友とふたりきりで友人のレストランでご飯を食べていた時。
ワインをひとくち飲んで、偶然居合わせた知り合いに挨拶をしたり、前菜をつまんだり、パンを齧ったりしながら、ワインも2杯目になる頃に、彼女は少なめになったわたしのグラスにワインを注ぎながら、「初めての感じで。だから大切にしようと思って」ってある人のことを話し始める。その妙にくっきりとした、でも柔らかな彼女の口調を耳にしながら、注がれるグラスの中のワインを見ていた時、同じようにふわりと妙に幸せな気持ちになった。


一緒にいたい相手と美味しいものを食べる、そういう時間を共有するほど幸せなことはない、と思う。

足りないものを意識しない時間。もしそれを持続して自分に感じさせる人がいるとしたら、きっとその人は自分にとってとても大切な人なんだろう。

ぐるぐると混ぜるその手を見ながら、ふとそんな風に思った。

口の中でパッションフルーツのまだ若いすっぱさとヴァニラの甘さがふわりと溶けていく

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2013年6月15日土曜日

いい時間 : Un moment agréable





偶然にいい音楽を聴いた


いい時間は、何かのせいにしたくなる



天気がいいから、彼がいるから



この場所だから、彼女が笑うから





本当は、多分

自分が今ここに在るから、




なんだと思うけど









 



”



この時間のせい?



この天気のせい?



この景色のせい?



この年齢のせい?



訪れた今、いい時間



もしかして今、いい時間?



”