2015年1月8日木曜日

それから、旅の始まり

あのショコラを口にした瞬間から旅の扉が開かれた。

その扉から続く道を進むと、雨が降ってきた。どこからともなくびゅうと風が吹き、雨はいっそう激しくなった。体が塗れてどんどん体温が奪われていく。早く雨がやみますようにと祈りながら歩いた。それでも風は止まず、次第に雨は雪に変わっていった。雪はわたしの肩にどんどん積もっていく。体は芯まで冷え、手や足の指の感覚はなくなった。辺りは真っ白で、空と空気と地面の境がなくなっていた。わたしは祈ることをやめた。その代わりに、目を閉じ吹きつける風の音を受け入れ、体に雪を纏う(まとう)感覚を持って歩くことにした。
しばらくそのまま黙々と道を進んだ。少しずつ雪はゆっくりとわたしの体温で溶け始めた。いつのまにか風は止み、気がつくと空が晴れていた。少しずつ手の感覚が戻り、踏み出す足の感覚も戻ってきた。
気がつくと隣に恋人がいた。手をつなぎ、ふたりで道を進んだ。つないだ方の手が徐々に暖かくなってきた。ふたりともぎゅっとつなぎあっていたので、手は熱を帯び、とても熱くなった。熱すぎてつないでいられなくなって、手を離した。すると、離したわたしの手の平に何か、こそばいようなごにょにょとした感触を覚えた。手の平を掻いたり、手を何度か閉じたり開いたりを繰り返した。そしてもう一度ゆっくりと閉じてその後にそっと手を開くと、手の中に銀色にきらりと光る指輪が入っていた。驚いて思わず彼の顔をみると、小さな子供のようなそれでいてお爺さんのようななんともいえない顔で嬉しそうににやりと笑った。細かな細工が施された細い指輪で、指にはめるとぴったりのサイズだった。あまりにもその細工が綺麗だったのでわたしは指輪をはめてしばらくの間はめた指に見とれてしまっていた。


ごそごそという音がするので顔をあげると、目の前にきらきらとまぶしく光る2メートルほどの高い壁が現れていた。よく見ると土でできた壁には色とりどりのガラスがびっしりと全面に飾りつけられている。ガラスに光が反射して色とりどりに光っているのだった。音のする方へ壁を伝ってあるくと、壁は曲がり角になり、どうやらそれは大きな正方形の箱になっているようだった。その箱は、これから歩く道の真ん中にどんと置かれている。上の方でごそごそと音がするので見上げると、彼がその箱の壁をよじ登り、箱の中に入ろうとしている。なんとかして彼はその箱の壁の頂上に立った。ずらすように開閉するのか、箱のふたが少しだけずれて、中が開いているようだった。取り残されてはいけないと、急いでわたしもよじ登ろうとすると、頂上に立った彼が「君はちゃんと道を歩いて来ないとだめだよ。僕は先に行って待ってるからね。」と言って微笑むと、箱の中に入り、そのまま箱のふたを中からずりずりと閉めた。ふたが閉まった途端、その箱は小さくなり、最後はピンクの煙をふわりと残して消えた。足元を見ると、道も消えていた。
わたしの周りには何も無かった。何もないところにわたしはただただ立っていた。どうしようもない淋しさがこみ上げてきて、目から涙がぼたりと落ちた。涙は地面に落ちるとすぐにジュワっと蒸発した。あまりにも大きな涙の粒だったので、わたしは両手を受け皿のようにしてそれを受けた。涙が指にはめた指輪の上にぼたりと落ち、その瞬間指輪は蒸発し、指輪の施されていた細工の柄だけがそのまま指に跡のように刻印された。
目を閉じてみた。さっきの箱と同じ色とりどりの光がまばゆく光っている。手を開き、目を閉じたまま刻印をその光にかざしてみる。確かにある。指輪はわたしの体の一部になっている。その光を集めて道を作ってみる。足を踏み出す。大丈夫、進める。



空想なのか夢なのか。幻想なのか現実なのか。
わたしが体験していること。

何かを見つけた人へ。何もかも見失った気分になっている人へ。
何かを探している人へ。旅の途中の人へ。








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