2016年6月30日木曜日

無花果の色、外人の感覚

昔から語感と漢字の並びになぜか惹かれる無花果、最古の果物
アサイーの官能的な墨色と
熱帯の雫を吸い込んだむせるくらい濃いスピリルナの緑、
ブルーベリーの藍、
血のようなザクロの貧血グラデーション、
最後にフランボワーズの無邪気な真っ赤をまぶして、そっと目を瞑る
それからひとおもいにスプーンで混ぜて掬いあげる無花果の化粧色


大阪で生まれ育って20代後半までそこの場所から離れたことがなかったくせに、パリでの一年の生活からその後わたしはなんだか移動を繰り返している。日本に帰って福岡に4年ほど住んでいた時期、大阪よりも福岡は自分に合っていたし本当に楽しくて仕方がなかったのだけど、いい意味でも悪い意味でも”ああ、わたしは外人だなあ”と感じはうっすらと感じ続けていた。顔も話す言葉も同じ日本人だけの中で過ごしているからなのか、福岡という土地なのか、県外出身だからか、わたしの態度や性格からか、それはおそらく全部が混ざっているんだろう。そして、ここニースに来て、初めてフランスがひとつの人種だけで成り立つ国ではないことを実感している。見た目がみんな全然違うし、フランス以外の国で生まれ育った人もうんといてそれぞれ母国語が違うからフランス語のアクセントもみんな様々で、そんなことはもう普通なので、それでわたしが外人だと感じることがない。多分みんな単体意識が強いからなのかもしれない。福岡であれだけ外人という感覚があっただけに(いい意味も悪い意味も両方)、これは本当に不思議で、自然でなんだか悪くない。フランス語さえきちんと話していれば、外人なのに、外人扱いされないのだ。


偶然の出来事から、自分で小さな仕事を始めることになった。この半年ぐうたらしていのとは打って変わって、なんだかあれこれいろいろ動いていることが多くなっている。心底思う、よかった、思う存分ぐうたらしていて(笑)
で、それと同時にいろんな人と出会うことが多くなった。本当の内側の底の底のことなんてもちろんそうそうわかるはずはないけれど、それぞれ生まれ育った国も環境も全然違う人たちばっかりなんだけど、なんだかみんなそれぞれ自分の軸を持ってるなーとすごく感じる。それから、日本のこともなんだかじわっと大切に思う。


このニースにどれだけ住むのかはまったくわからない。これから先ずっとかもしれないし、何年かしたら他の土地に移動するかもしれないし、それはまったくわからないけれど、自分の軸を持って自分のバランスをきちんと保つことがすんごく大事だな、なんて改めて感じている。いろんなタイミングがある。それを享受することの感覚をぐんぐん育てたい。



愛しい日々の連続を♡




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