この間の休日、昼過ぎから恋人と会うことになった。
お互い午前中にやることがあったので、 昼食はそれぞれ別々にとってから、彼の家で会うことになった。
迎えにきた彼の車にわたしが乗りこむなりそうそう、「全然昼ご飯を食べる時間がなくて、スーパーに寄って何か食材買ってもいいかな」と言うので、ふたりでそのままスーパーへ寄った。
家に戻るやいなや、よほどお腹が空いていたのかすぐさまキッチンへ向かい、買った食材をバンバン作業台に出している。わたしが何か作ろうか?手伝おうか?と言うと、「大丈夫、適当にすぐ食べられるものを自分で作るから。」と言うので、さして注意もせず、バッグから読みかけの本を取って開いた。
2ページも読まないうちに、「よし、できた!一緒にテーブルに来てよ。君も何か飲む?」と彼に呼ばれたので、本を閉じて彼の方へむき、テーブルに座った彼を見て、つい笑ってしまった。
テーブルに置かれているのは、顔ぐらいあるサイズの丸いパンにレタス、トマト、生ハムをはさんだサンドウィッチなのだ。(味付けはマスタードを塗っただけだそう。)笑うわたしをみて、なぜ笑ってるのかと聞いてくる。
「いやー、大きくて。」 と咄嗟に答えたのだけど、実は笑ったのはサンドウィッチが大きかったからだけではない。
あ、やっぱり彼はフランス人なんだど改めて思ったからなのだ。
どうにもお腹が空いてとりあえず早く何かパッと料理をして食べたいとき、この人は丸い大きなパンを買って、ふたつに切って、マスタードを塗って、レタスとトマトとハムをはさむ。
そして、わたしの目の前でそれをかぶりついている。
彼はとても日本語が上手だし、日本の文化もよく知っている。ので、わたしと彼との間で大きな文化の違いを日常で感じることはそんなに頻繁に起こるわけではないけれど、こんなふとした瞬間に「わー、この人やっぱりパンの国の人なんだ」(笑)と。
わたしは小さい頃からパンが大好きで、家族がお米を食べている時にでもひとりパンを食べいてることも少なくなかった。なので、日常でパンを買ってきてサンドウィッチにして食べることも多いのだけど、こんな風に大胆なサンドウィッチは作ったことがなかった。 これはやっぱりパンの国出身の人にしか作れない!
とにかく、彼がすばやく作ったそのサンドウィッチは、マスタードだけの味つけだというのに、なんとも美味しそうに感じられた。 わたしが圧倒されいるうちに、彼はどんどんモグモグ食べていって、あっという間になくなった。 彼のその姿を見ながら、”どかべん”はフランスではサンドウィッチなんなだな、なんて、改めて認識した(笑)
日頃意識なんてしないけれど、例えばこんな風に、わたしの中にも小さい頃からの習慣が残っているのかな、と思うと、きっとひとりひとりの体に小さな文化が宿っているんだなと思う。
そう思うとなぜか、自分を含めて、人が愛おしく思える。
2014年4月1日火曜日
2014年3月7日金曜日
私的 (shiteki) フランス語 1
なんらかのかたちでずっとこの先自分と関わっていくんだろうな~、と思うことのひとつに、”フランス語”がある。
まあちょっとした自分の癖の発見はあったにしろ、今のところけっこう楽しんで読み進められている。
最近はもう一貫してあらゆることに、”どうせ関わるなら、わくわくしながら楽しもう”と思っていて、わくわくの嗅覚だけは研ぎ澄ませている。わくわくできないことには踏み入らない、わくわくできない人とは一緒にいない。シンプルに、いつも自分を何かに楽しめる状態にする。
まあとりあえず...なぜだかよくわからないけれど、あの5年前からわたしは”フランス語”にわくわくされっ放しなのだ♡
5年くらい前、人からすすめられてほんとに超軽い気持ちでフランス語を習い始めた。で、習い始めてからすぐ、フランスに1年住むことが決まったので、ほとんど喋られない状態でフランスに住んで、毎日辞書を持って外に出て歩いて、毎日フランスの野菜とか肉とか果物とかを買って食べて、今思えば、あの時は五感と言葉を連動させて楽しみながら体に吸収していたなと思う。
で、フランスから帰っていろーんなことがあって、今福岡に居て、それでもけっきょく、日常の中でフランス語を話す機会が少なからずあって、フランス語と関わって生活している。ずーっと毎日何かしら、話したり、聞いたり、関わっている。
でも思ってみるとここ2年くらいはまともに机に向かってはフランス語の勉強をしていなかった。
今年に入ってようやく生活のリズムも気持ちも安定して、そうすると、
ストン、とフランス語に向き合う時間が降りてきた。
ストン、とフランス語に向き合う時間が降りてきた。
で、そういえば恋人はその筋の専門家だった、しめしめと、ぐいっと近づいて、勉強方法教えてけろ と脅迫してみた。
そこですすめてくれたのが、読書。
フランス語で本を読むこと。
フランス語で本を読むこと。
実は今までも何回もフランス語で読書を試みたことがあるのだけど、一度も丸一冊読破をしたことがなかった。
とりあえず分からない単語を辞書で調べて、わからない表現を調べて、ってしてたので、ストーリーは頭に入ってこず、時間ばっかりがかかってしまって、途中で断念。読みたい本はたくさんあるので、本がたまるだけ...
そう彼に訴えると、「やり方を変えればいいんだよ。内容もレベルも複雑じゃないものから初めるべきだね。始めるならこれがいいんじゃない?内容も面白いし。」と、すすめてくれたのは、王道の王道、
Le petit prince 有名な「星の王子様」。
Le petit prince 有名な「星の王子様」。
これ、小学生の時に買ってもらって読んだのは覚えているが、内容はよくわからなかったという印象だけあって、ストーリーはほとんど覚えていない。とにかく”大人”って単語が頻繁にでてきてたので、大人になったらまた読めばいいや、って思った記憶がある。
なので、そっか、そろそろ大人だし、と納得し、じゃあ原語で読み直してみよう!と、読み始めてみた。
まず初めに彼はわたしにルールを説明した。「一から十まで単語を辞書で調べる必要なんてないんだよ。分からないところは置いておく!とりあえずは、何文か読み進めてみること!」
で、やり方を教えてもらいながら、読みすすめていくうちに、自分に意外な癖があることが浮き彫りになった。
”時々、勝手に創作しようとしている”
表現や言い回しが分からない箇所は想像しながら読みすすめていくと、知らず知らずのうちに意訳、というかそれ飛び越して”創作”して、付いていない単語なんかをつけているのだ(笑)
これには彼も苦笑していて、「君がそういうふうに創りたくても、実際にはそんな単語は付いてないんだから。」と注意をうける。
あ、そう?
あ、そう?
まあちょっとした自分の癖の発見はあったにしろ、今のところけっこう楽しんで読み進められている。
最近はもう一貫してあらゆることに、”どうせ関わるなら、わくわくしながら楽しもう”と思っていて、わくわくの嗅覚だけは研ぎ澄ませている。わくわくできないことには踏み入らない、わくわくできない人とは一緒にいない。シンプルに、いつも自分を何かに楽しめる状態にする。
まあとりあえず...なぜだかよくわからないけれど、あの5年前からわたしは”フランス語”にわくわくされっ放しなのだ♡
2014年1月14日火曜日
Je suis là pour toi.
ここ約一年間で本当にいろんなことが頭と心を駆け巡り、
そしてここ半年間でいろんなことが頭と心から拭いさられた。
「拭い去られた」という表現、変だけど、合っている。だって...
これは、”自分自身が” ”自分自身に対して” 行ったことだからだ。
そしてここ半年間でいろんなことが頭と心から拭いさられた。
「拭い去られた」という表現、変だけど、合っている。だって...
これは、”自分自身が” ”自分自身に対して” 行ったことだからだ。
で。自分のなかで、残ったこと。
結局それは、大好きなもの、大好きな人、大好きな存在の事柄。
その”大好き”に対して、自分はどの角度を向いているのだろうか?
”大好き”なのに斜めからだったり、もしかして後ろ向いてたり、
っていうか、もはや目をつぶってたりしてないだろうか?
っていうか、もはや目をつぶってたりしてないだろうか?
集中することと、執着することは違う。
執着することと、愛することは、背中合わせ、紙一重だ。
どれだけ手放せて、そのあとに何が残るか。
わたしの概念には、「時間」が存在しない。
同じく、「空間」も存在しない。
もちろん、現実的に社会生活を行う上では、目覚ましをかけて、向かうべき場所に移動する。
残業とか大キライなので、20:05にタイムカードを押す。
他人を意識して、迷惑をかけないように。スムーズに事を運ぶことを考えて、時計を見る。
他人と同じ言語を交わすのと同じ視点で、ツールとして時間を扱っているだけ。
でも、わたしたちは社会のために存在しているわけではない。
何のために?
それは、一番大事な唯一無二の存在のために。 とわたしは考える。
唯一無二の存在とは何か?
それはとってもカンタン、
「自分」のこと。
「自分」のこと。
でもその自分のことをどれだけ知っているか?
どれだけ大事にしているか?
わたしは今、はっきり思うことがある。
この「自分」を知らない人に、他人を大事にすることはできないってこと。
他人と自分の境界は、時間と同じ。概念の問題。
他人と自分の境界は、時間と同じ。概念の問題。
自分を知ったあと、自分を感じたあと、
するべきことはおのずと分かる。っていうか、出てくる、それは
とっても自然なこと。
時間と同じ概念で、言葉にしないと分かにくいことがある。
時間と同じ概念で、言葉にしないと分かにくいことがある。
いろんなことを手放して、自分自身から解放されて
で、結局、こう思う。
わたしは大事なあなたのためにここにいる。
Tu vois?
2014年1月7日火曜日
猫の領域
最近、また新しい感覚、というか新しい領域を発見した。
その彼とわたしの話す言葉は独特で、わたしたちは10歳ほど離れている。
その彼とわたしの話す言葉は独特で、わたしたちは10歳ほど離れている。
どう表現していいのかわからないが、その彼とは生まれ持った不思議な感覚が本当に似ている。
まず、お互い出会った瞬間にわたしたちは、自分たちの関係性をぴったりと把握した。この関係性を言葉で表現するのは非常に難しい。恋人でもない、家族でもない、友達でも親友でもない、でもそのどれにでも近くて、あえていえば兄弟のような、お爺さんとその孫のような...
そんな関係。 を、出会った瞬間にお互いに認めたのだ。
ある意味彼は確実に、わたしの”大切な恋人”よりもわたしを癒すことができる領域を持っている。
彼の腕の中で眠る感覚の心地好さと言ったら、ない!本当の弟とはこうはいかない、まず気色が悪い。ラヴな恋人とは、他に楽しむことがあるし、親友(女性)とはやっぱりこんなかたちで体のぬくもりをダイレクトに使って愛情を伝え合うことはない。
そんな関係。 を、出会った瞬間にお互いに認めたのだ。
あまり頻繁に会えないので、久しぶりに会えたら、わたしたちはお互いの近況の報告をし合う。とりわけそれは、その時置かれている恋愛の報告。その報告に対してふたりで楽しんで分析したり、そこで見つけた癖を言い合ったり、それは何か美味しいものを食べながら、いい音楽を聴きながら、時々はふたりで歌いながら、その時間をたっぷりと楽しむ。
それぞれまったくお互いに執着していないけれど、お互いのことは姉弟みたいにちょっと心配したりなぐさめ合ったりしている。
それぞれまったくお互いに執着していないけれど、お互いのことは姉弟みたいにちょっと心配したりなぐさめ合ったりしている。
1年半ぶりくらいに会えたこの間は、魚の名前が付いた最近お気に入りのバーで、ふたりで音楽を聴きながら歌いながら、ほどよくアルコールを摂取して、仏教とかナイアガラの滝の話とかを挟んで、いいぐらいに酔っ払って店を出て、一緒に帰り着いて、ふたりで小さなベッドでぎゅっと抱き合って眠った。
そして、やっと分かったのだ。
そして、やっと分かったのだ。
わたしたちは、猫みたいだ。お互い、動物に近い感覚でお互いを癒し、一緒に眠ることができる。
ある意味彼は確実に、わたしの”大切な恋人”よりもわたしを癒すことができる領域を持っている。
彼の腕の中で眠る感覚の心地好さと言ったら、ない!本当の弟とはこうはいかない、まず気色が悪い。ラヴな恋人とは、他に楽しむことがあるし、親友(女性)とはやっぱりこんなかたちで体のぬくもりをダイレクトに使って愛情を伝え合うことはない。
わたしとその彼の持つ領域では、お互いを猫にさせることができる。
2013年12月23日月曜日
メロメロ考♡
「とても大切な人がいて
相手から離れる必要が無いのに、離れなければならないと認識したり、
その人はわたしにメロメロなのだ」
随分との間、わたしは ”その人からメロメロに愛されているわたし” を受け入れることができなかった
今思うと、初めてその人に出会った瞬間を除いては実際とのころ、一度もそれを受け入れていなかったのだろう
出会ったその瞬間のその愛は、それを認識をするという選択のせいで徐々にそのかたちを変え、その質さえも変化させる
愛というものについてこう考える、
愛の、そのもの本来には、そもそも質は存在しない
形状もない
無色透明 無味無臭 量もない
ゼロ
ゼロだけど、存在している
(それは、矛盾を喚起させる存在、でもあるのだ)
ただ在ることだけを感じる存在
「認識」というものは愛を「執着」、もしくは「固執」というものに
かたちをすり変えさせ、そして質を与え、その上、本来ならば感じえない”量”を与える
かたちをすり変えさせ、そして質を与え、その上、本来ならば感じえない”量”を与える
愛と質は本来無関係なものなのにもかかわらず
重いとか、軽いとか、そういうこととは全然次元が違うのに、認識が勘違いさせる
相手から離れる必要が無いのに、離れなければならないと認識したり、
相手に愛されているのに、そこに自ら不満を発生させたり
(これは本当に滑稽なこと)
とにかく、
その人はわたしのことがとってもとても大切で、その人はわたしをとても愛している
わたしはその人のことがとってもとても大切で、わたしはその人をとても愛している
時間もない、空間もない
在るのは、愛の中に浮かぶ、その感覚だけ
ほら、また宗教みたいなこと言ってる
ほら、もともと変とは勘付いてたけど、いよいよ頭おかしくなったんじゃない?...なんて言われるだろうけど(笑)
もしくは、なんの話やねん!とか(笑)
とにかく、「誰かが自分にメロメロだ」ってこと
自分だって実はその誰かにメロメロなのだ
あ~これってなんて幸せなことなんでしょう~♡、なんて
へらへら考えてたりしたら、あっ!!
という間に年の暮れ!
でもその前に、素敵な素敵なクリスマスを☆
自分だって実はその誰かにメロメロなのだ
あ~これってなんて幸せなことなんでしょう~♡、なんて
へらへら考えてたりしたら、あっ!!
という間に年の暮れ!
でもその前に、素敵な素敵なクリスマスを☆
2013年12月10日火曜日
ビズの問題
フランスには”ビズ”をするという習慣がある。
このビズをする習慣は、わたしがフランスの文化の中でとても好きなことのひとつで、とても素敵な習慣だと思っている。
bise(s) もしくは bisou(s) と書き、これは、親しい人とか信頼する相手と、ほっぺをくっつけ合って、チュッ、チュッ、とするフランス式の挨拶のこと。
その人に会った時、もしくはじゃあねとバイバイする時も、する
何かプレゼントをあげた時も、もらった方は「ありがとう、ビズをさせて」と言って、お礼の印にしたりする。
何かプレゼントをあげた時も、もらった方は「ありがとう、ビズをさせて」と言って、お礼の印にしたりする。
このビズをする習慣は、わたしがフランスの文化の中でとても好きなことのひとつで、とても素敵な習慣だと思っている。
相手への好意の気持ちをお互いに体で伝え合う...って、とてもわかりやすいし、かんたんで、とても愛おしい。
相手と触れ合うって、とても動物的な行為で、とてもシンプルだと思う。
昔、親しくなり始めた女友達と初めてビズを交わしたあと、その友人が「初めてビズをしてくれたねー」と、喜んでくれて、ビズって本当に親愛関係の印なんだって体感して、この習慣ががとても好きになった。
昔、親しくなり始めた女友達と初めてビズを交わしたあと、その友人が「初めてビズをしてくれたねー」と、喜んでくれて、ビズって本当に親愛関係の印なんだって体感して、この習慣ががとても好きになった。
日本にもこんな習慣があったらいいのにな、って思う。慣れると本当に自然な挨拶なので、ないとちょっとさみしかったりする。
酔っ払った帰りとか、ノリで親友(日本人)とビズしたりすると、照れくさいけど、とーってもいいもの!お互い、ビズしなくてもいいけど、したらしたで、なんかけっこういいよね、なんかこれ自然な行為な感じがするよね、って感じる。
ただいくつか小さな問題もあって...
例えば回数の問題
はたまた、あんまりこっちはさして好意を抱いていない相手とのビズ、これもまた問題。
勢いよく頬っぺを突き出されると、たいていそんなに拒否できない。
実際に、フランス人の仲良しの女友達に、「ねーねー、やっぱコイツとはビズしたくない、とかあるの?」と聞いたことがあって、「もちろんあるよ!彼のヒゲだったら全然いいのに、このおっさんのヒゲとかうげッ!とか思うことあるよ。」って言っていた。
わたしは幸いに、うげッ、な相手とビズする関係にはなったことがないww
酔っ払った帰りとか、ノリで親友(日本人)とビズしたりすると、照れくさいけど、とーってもいいもの!お互い、ビズしなくてもいいけど、したらしたで、なんかけっこういいよね、なんかこれ自然な行為な感じがするよね、って感じる。
ただいくつか小さな問題もあって...
例えば回数の問題
わたしはパリにいたので、両頬にそれぞれ1回ずつの合計2回が習慣になっているが、これは地方によって違う。友人の南仏の実家に遊びに言った時は、そこは3回の習慣だった。南仏では3回が主流らしい。
地方によっては5回するところもあるらしい(!)
問題は、回数が違うと、片方の人がほっぺた差し出したままだったりして、最初とまどってちょっとだけ気まずいのだ。「え?ああ!もう一回ね」みたいに。
はたまた、あんまりこっちはさして好意を抱いていない相手とのビズ、これもまた問題。
勢いよく頬っぺを突き出されると、たいていそんなに拒否できない。
実際に、フランス人の仲良しの女友達に、「ねーねー、やっぱコイツとはビズしたくない、とかあるの?」と聞いたことがあって、「もちろんあるよ!彼のヒゲだったら全然いいのに、このおっさんのヒゲとかうげッ!とか思うことあるよ。」って言っていた。
わたしは幸いに、うげッ、な相手とビズする関係にはなったことがないww
そして、ボーイフレンドとのビズの場合...
別れ際にビズをする、それが頬ではなく、予期せず唇に降りる。
それは、また別の問題へと発展する。
もしくは、別れ際のビズが、いつからかキスに変わる。
それもまた、素敵な問題。
さて、このビズ問題どうしたものか...
とりあえず引き続きへらへらしておこー♡
2013年10月28日月曜日
ようこそ、セクトへ♡
★★★以前のところから、ブログを引越ししました♪
アドレスが変更しています★★★
最近、わたしはとっても、へらへらしている
前からわたしはへらへらしているように思われているかもしれないけど、
それならそれで、今は...もっとへらへらしている♡
そして最近、気の合う友人からは、
「その年で悟りをひらきつつあるんじゃない?」、とか、
「いよいよ変な宗教を始める気だね」とか言われたりして、
なんか、ちょっと変な人扱いされたりしている...ような気がする
なぜかというと、最近どんどん自分の考え方を研ぎ澄ましつつあって、
それをとっても楽しんでるからなのだと思う
その考えというのは、まとめて言うといたってシンプルで、
「自分が望んでいるものを自分自身がきちんと認識して理解するってことが、実は一番大事なことなんじゃないか」っていうこと
その自分がほしいもの(欲するもの)は具体的であればあるほどよい
なぜかというと、
「自分が何が欲しいかちゃんとわかってる」ってことは
何が今できるかがわかるってことで、
それがクリアになればなるほど、できることとか進む方向が
ハッキリと見えてくるから
つまり、自分にとっても、周りの人にとっても、
とても楽なことなのだ
自分が悩んだり落ち込んだり気分が沈んだりしてる時というのは、
自分自身が、自分の欲しいものをきちんと理解していないってことに
原因があるような気がする
自分が欲しいものとして認識しているものは
実は表層的なもので、実は奥底にある自分が本当に望んでいるものがわかってなかったりする
その表層的なものにしか目がいっていないから、
「なんか全然思い通りになってない、手に入ってない!」って
イライラしていたりする状態が多い、気がする
でも、それは、実はとても無駄なこと
結局は自分を深く理解すること、つまりそれは自分を愛してあげること
それに辿り着くのではないかと思う
で、そこまでくると、何がいいって、すごく楽!
ほんとに楽なの
そして最近のわたしはもっぱら自分の本当に欲しいものたちの掘り当て
作業に焦点をあてているのだけど、
実は昨日、一番自分が欲しい大事なものが見つかった
ここ何ヶ月かずーっとハッキリしていなくてもやもやしてたのだけど、
ベッドの中でふにゃふにゃしていると、突然にピーンと来て
「あ!そうなんだー!」って超すっきり!
というわけで、わたしは最近、へらへらしている♡(笑)
伝わるかな、この"へらへら"
どう伝えればよいか言葉が見つからないけど(っていうかそもそも伝える必要があるのかがよくわかならいけど)、とにかく、
この感覚はとても楽で、ゆるくて、楽しい
みなさんここらで一緒にへらへら教に入信しません..か♡?
アドレスが変更しています★★★
最近、わたしはとっても、へらへらしている
前からわたしはへらへらしているように思われているかもしれないけど、
それならそれで、今は...もっとへらへらしている♡
そして最近、気の合う友人からは、
「その年で悟りをひらきつつあるんじゃない?」、とか、
「いよいよ変な宗教を始める気だね」とか言われたりして、
なんか、ちょっと変な人扱いされたりしている...ような気がする
なぜかというと、最近どんどん自分の考え方を研ぎ澄ましつつあって、
それをとっても楽しんでるからなのだと思う
その考えというのは、まとめて言うといたってシンプルで、
「自分が望んでいるものを自分自身がきちんと認識して理解するってことが、実は一番大事なことなんじゃないか」っていうこと
その自分がほしいもの(欲するもの)は具体的であればあるほどよい
なぜかというと、
「自分が何が欲しいかちゃんとわかってる」ってことは
何が今できるかがわかるってことで、
それがクリアになればなるほど、できることとか進む方向が
ハッキリと見えてくるから
つまり、自分にとっても、周りの人にとっても、
とても楽なことなのだ
自分が悩んだり落ち込んだり気分が沈んだりしてる時というのは、
自分自身が、自分の欲しいものをきちんと理解していないってことに
原因があるような気がする
自分が欲しいものとして認識しているものは
実は表層的なもので、実は奥底にある自分が本当に望んでいるものがわかってなかったりする
その表層的なものにしか目がいっていないから、
「なんか全然思い通りになってない、手に入ってない!」って
イライラしていたりする状態が多い、気がする
でも、それは、実はとても無駄なこと
結局は自分を深く理解すること、つまりそれは自分を愛してあげること
それに辿り着くのではないかと思う
で、そこまでくると、何がいいって、すごく楽!
ほんとに楽なの
そして最近のわたしはもっぱら自分の本当に欲しいものたちの掘り当て
作業に焦点をあてているのだけど、
実は昨日、一番自分が欲しい大事なものが見つかった
ここ何ヶ月かずーっとハッキリしていなくてもやもやしてたのだけど、
ベッドの中でふにゃふにゃしていると、突然にピーンと来て
「あ!そうなんだー!」って超すっきり!
というわけで、わたしは最近、へらへらしている♡(笑)
伝わるかな、この"へらへら"
どう伝えればよいか言葉が見つからないけど(っていうかそもそも伝える必要があるのかがよくわかならいけど)、とにかく、
この感覚はとても楽で、ゆるくて、楽しい
みなさんここらで一緒にへらへら教に入信しません..か♡?
それから、考えてみて、
自分の本当に欲しいものって一体、何?
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